またしても山口県で凶悪な殺人事件。

地元人間だからその悲惨な事件の数々を覚えてる。

県民性なのでしょう。

人は平成の八つ墓村と言ってますが、こうした事件が起こる背景や歴史が必ず

あります。

大人たちの教育、家族関係、近隣付き合い。




「八つ墓村」のモデルとなった津山事件に代表される日本の大量殺人事件の典型的なパターンだ。大都会ではなく、
のどかな田舎でなぜこんな事件が、と思うかもしれない。

しかし、殺人事件の件数は都会が多いが、人口1万人あたりの発生比率は郊外が多い。

 農村では、濃厚な人間関係が助け合いの社会を生む。

だが、1度関係がこじれ、そこから逃れられないと、やっかいだ。

人間の心は嫌なことがあると、そのことを考えないようにする働きがある。

だが、嫌なことのあった相手と毎日顔を合わせなければならない環境では「考えない」ことができない。恨みは考えれば考えるほど深まる。

田舎に限らず、人数の少ない学校、会社、都市部でも濃厚な人間関係がある地域なら起こり得る。

大量殺人犯は恐ろしい加害者だが、本人は「自分は不当に虐げられた被害者だ」と思っている。

感情が積もり積もった時、最後の最後に「すべて終わりにしてやる」「孤独な被害者がついに立ち上がり、正義の鉄ついを下す」という発想で事件を起こす。

津山事件の犯人は自殺し、池田小事件の犯人は死刑を望んだ。

日常生活に戻ろうと思っていないのが特徴。

保見容疑者は6日目に発見されたが、山で靴すらはいておらず、あっさり自供した。

山に死に場所を求めただけだろう。

窓に「つけびして煙喜ぶ田舎者」という張り紙を張り、近所の人に怒鳴り、マネキンや監視カメラを設置した。

表面的には「オレは怒っている」と見えるが、裏を返せば「傷ついている」というSOSだ。

しかし、表現が不器用で理解されず、さらに孤立が深まる。

2年前の正月に、集落での孤立を警察に相談したというが、正月に悩みを話せる
相手が警察しかいないところまで、孤立が進んでしまっていたということだ。