「年の瀬や水の流れと人の身は?」
と問いかけられて、どう応えますか?
かの忠臣蔵の一節です。
古来より、正確には平安時代より和歌をもって和歌で返す風流が
日本の文化にありました。
言葉遊びなのでしょうが、意味深な言葉を選んで5・7・5にまとめないといけません。
俳諧師の宝井其角(たからい そのかく芭蕉一門の10傑の一人)とその弟子である赤穂浪士の大高源吾が両国橋で交わした歌。
討ち入り前夜、煤払竹売りに扮していた源吾は、両国橋で其角とばったり出会う。
そして別れ際に
「年の瀬や 水の流れと 人の身は」
と上の句を読んだ其角に応え
「明日またるる その宝船」
と、源吾が返して立ち去り、歌に込められた意味を其角は士官の道でも決まったのか?と想像します。
しかしその後其角は、はっとするのでした。
明日の12月14日は月こそ違うが、源吾の亡き主君の命日。
仇討の決行だと・・・
さて。そんな印象深い場面の歌。
大高源吾の返歌は明日の討ち入りを不退転の決意で成就する
ということを宝船と表現したのです。
私の締めの言葉に「あすはいいひだ。」にもまじない的な意味が含まれてます。
所以は内緒です。この言葉にたどり着くまでの経緯は実に長い時間がかかりました。
いよいよ年の瀬です。
みなさんの宝船は何ですか?
と問いかけられて、どう応えますか?
かの忠臣蔵の一節です。
古来より、正確には平安時代より和歌をもって和歌で返す風流が
日本の文化にありました。
言葉遊びなのでしょうが、意味深な言葉を選んで5・7・5にまとめないといけません。
俳諧師の宝井其角(たからい そのかく芭蕉一門の10傑の一人)とその弟子である赤穂浪士の大高源吾が両国橋で交わした歌。
討ち入り前夜、煤払竹売りに扮していた源吾は、両国橋で其角とばったり出会う。
そして別れ際に
「年の瀬や 水の流れと 人の身は」
と上の句を読んだ其角に応え
「明日またるる その宝船」
と、源吾が返して立ち去り、歌に込められた意味を其角は士官の道でも決まったのか?と想像します。
しかしその後其角は、はっとするのでした。
明日の12月14日は月こそ違うが、源吾の亡き主君の命日。
仇討の決行だと・・・
さて。そんな印象深い場面の歌。
大高源吾の返歌は明日の討ち入りを不退転の決意で成就する
ということを宝船と表現したのです。
私の締めの言葉に「あすはいいひだ。」にもまじない的な意味が含まれてます。
所以は内緒です。この言葉にたどり着くまでの経緯は実に長い時間がかかりました。
いよいよ年の瀬です。
みなさんの宝船は何ですか?