街ににクリスマスツリーのイルミネーションが輝いています。
 

谷川俊太郎の詩「大きなクリスマスツリーが立った」を紹介します。

 キラキラ光っていて
 この世じゃないみたいにきれいだけど
 これも人間がつくったものだよ
 夜のあいだに大いそぎで
 ビニールテープを巻いたりして
 時々ビリッと感電したりして
 つくった人は寒くて寒くて
 きれいかどうかも分らなかったよ

 キラキラときれいにきらめいているクリスマスツリーの電飾。
 私の職場のそばの通りは今、ツリーの明かりがとても夢幻的で美しいのです。もともとこの通りの両側の歩道には背の高い街路樹が並んでいます。そこに電飾が巻かれ、根元にはトナカイやサンタのソリの飾りまで光っています。ディズニーランドのエレクトリカルパレードみたいにね。
 うちの教会の付属幼稚園の中庭にも、大きな木があって、そこに電飾の電球が巻かれています。青年の方が木によじ登ったり、幼稚園のベランダから身を乗り出して、飾りつけてくれました。テープを巻いたり、それはもうたいへん。

 キラキラ光っていて
 永久に消えないみたいにまぶしいけど
 いつかはこわしてしまうんだよ
 すぐに新しい年がやってきて
 これもあっという間に古くなる
 きれいなもののいのちは短いのさ
 ほんのちょっとにぎやかな気分になって
 あとは夢のように忘れてしまうんだ

 クリスマスも始まるまでは、まだ二週間前なのに、いや、一ヶ月も前からきれいに飾りつけられて、商店街やデパートではセールが始まったりします。
 でも、終わるとあっという間に、次の日には飾りがとり払われてしまいますね。欧米の場合は、新年まで残っていて「メリークリスマス・アンド・ハッピーニューイヤー」となるそうですが、日本は翌日から突然、年の瀬、大晦日という和風の雰囲気に変わりますね。
 その変化に、いつも戸惑ったりしてしまいます。
 でもね、もともと花の命は短い。人も華やかな時はいっときに過ぎないんですね。そんなはかなさや無常をも、ちょっと思い起こしてしまいます。

 キラキラ光っているものは
 どうしてもどこかに影をつくる
 影しか見えない人だっているんだよ
 影のほうがいいとすねてる人だっているんだ
 そんな人にかぎってほんとうは
 もっともっとキラキラと明るいものに
 それが何かはよく分らないくせに
 もう泣きたくなるほどこがれているのさ

 光あるところに、影がある。
 その影しか見えない人がいる、あるいは、影のほうがいいという人がいる。そう谷川さんが言う意味は、決して電飾の光と影というだけではないのでしょう。
 それは、人の心の光と影、ではないのかしら。
 心の闇しか見えない人、精神の暗部にしかすもうとしない人もいる。ダークサイドにひかれてしまう人、罪にむかってしまう人、悲しみばかり思う人。
 でも、実は誰でもみんな、ほんとうは光を求めているのではないかしら。はっきりと意識していなくても、人の心はいつの間にか、理想を、夢を、善を、永遠を、そして、救いを求めているのではないかしら。木の芽や草の花が、いつか光に向かって、伸びたり咲いたりするように

 光は闇の中に輝いている。そして、
 闇はこれに勝たなかった。(ヨハネ1:5)