●山上の垂訓②誰に対して語ったのか?
まず、誰に語って山上の垂訓を話したのか、マタイには混乱がある。
マタイ5:1ー2
「群衆を見て、彼は山に上った。そして、座ると彼の弟子たちが進み出た。そして・・・彼らを教えて言った。」(田川訳)
「その群衆をご覧になった時、[イエス]は山に上られた。そして、腰を下ろされると、弟子たちがそのもとに来た。それから・・・・彼らを教えはじめ、こう言われた。」(NWT)
田川訳では、「群衆」を見るだけで、群衆はイエスと共に山に上っていはいない。原文の「上った」は単数形であり、主語はイエス個人を指しており、群衆は含まれていない。つまりイエスが教えた「彼ら」とは、弟子たちだけを指している。
NWTでは、「上った」の主語イエスを[ ]でくくって、意味上補った言葉としているので、イエスが群衆を無視して一人で山に上ったとは考えにくい。イエスが「群衆」を見たのは、彼らに愛情を感じ、彼らを教えるために山に上ったかの印象になる。それから「弟子たち」がイエスのもとに来たので、「弟子たち」も群衆と一緒にイエスと共に山に上って来たように読める。つまりイエスが教えた「彼ら」とは、「群衆と弟子」との両方を意味するようにも、読めるのである。
一方、並行記述のルカの方は明確である。
ルカ6:20
「そして彼自身は眼を弟子たちの方にあげて言った」(田川訳)
「そうして[イエス]は弟子たちの方に目を上げて、こう言い始められた」(NWT)
ルカは山上の垂訓を、明確に「弟子たち」だけに対して語られたものとしている。
マルコのイエスは「群衆」に寄り添うが、マタイのイエスは「弟子たち」に寄り添うが、「群衆」には基本的に冷たい。どのようなイエス像を前提に読むかで、聖句の意味が異なる意味を持つこともある。それぞれの著者が描くイエスは同じではない。
マタイは山上の垂訓を福音書に導入する際、マルコの枠組みを半分だけ利用して、「群衆を見て」と書いた。並べて比べるとわかる。
マタイ5:1-2
「群衆を見て、彼は山に上った。そして、座ると彼の弟子たちが進み出た。そして口を開き、彼らを教えて言った。」(田川訳)
「その群衆をご覧になった時、[イエス]は山に上られた。そして、腰を下ろされると、弟子たちがそのもとに来た。それから[イエス]は口を開いて彼らを教えはじめ、こう言われた。」(NWT)
マルコ3:7-8
「そしてイエスは弟子たちと共に海辺へと退いた。そして非常に多くの者がガリラヤから従ってきた。またユダヤから。・・・非常に多くの者が彼のなしていることを聞いて、彼のもとにやって来た。」(田川訳)
「しかし、イエスは弟子たちと共に海に退かれた。するとガリラヤおよびユダヤから来た非常に大勢の人がそのあとに従った。・・・非常に大勢の人が、[イエス]の行なっている多くのことについて聞き、そのもとにやって来た。」(NWT)
マルコ3:13
「そして山に登り、彼自身の望むものを呼びよせる。」(田川訳)
「それから[イエス]は山に上り、ご自分の望む者たちを呼び寄せられた。」(NWT)
マルコはガリラヤの人間に対してしか、「従った」というギリシャ語を用いていない。NWTは原文の順番を変えて、「ガリラヤおよびユダヤから」が、まとめて一緒に「従う」に掛かるように訳しているので解り難いが、それ以外の人たちに対しては、単に「やって来た」という表現を用いている。ガリラヤ人以外に対して「従う」というギリシャ語を用いているマルコの写本はすべて後代の改竄。(田川マルコ3:7-8註解参照)
マタイはマルコの「非常に大勢の人が従った」「非常に大勢の人がやって来た」という情景に続けて、山上の垂訓を語ろうとした。それで続けて、「イエスは群衆が大勢集まったのを見て、」と書き始めたのだが、群衆が集まって来たので話し始めたのか、群衆を避けるために山に上ったのか、曖昧になってしまった。
前半の場面では、群衆がいかにイエスを好んで集まって来たのかというマルコの動機を受け継ぎながら、後半の山上の垂訓の場面では、弟子たちに教えを垂れたという体裁にしたかったものだから、話がずれてしまったのである。この混乱は最後まで尾を引くことになる。
山上の垂訓の導入部でははっきりと「弟子たち」に対して話をしたとの設定をしておきながら、山上の垂訓の結び(7:28)には、はっきりと「群衆」に対して語られたものとしてしまったのである。
マタイ7:28
「イエスがこれらの言葉を終えた時に、群衆は彼の教えに驚嘆したのであった。」(田川訳)
「さて、イエスがこれらの言葉を[語り]終えられると、群衆はその教え方に驚き入っていた。」(NWT)
ちなみのこの混乱に関するWTの見解は、すぐ近くに3人の弟子たちがいて、背景に大勢の群衆がいると言う絵になっている。弟子たちに語ったことは群衆にも語ったことだとしている。
ルカの場合には、明確に「弟子たちに語った」とされているので、別の機会にしなければ、辻褄が合わなくなってしまうのである。並行記述であることは認めているのに、である。
*** 塔86 9/15 9ページ 最も有名な垂訓 ***
山上の垂訓に関するマタイの記述は,ルカの記述のおよそ4倍の長さがあります。さらにルカは,マタイの記録のある部分をイエスの宣教の別の時に語られたものとしています。それは,マタイ 6章9節から13節とルカ 11章1節から4節,またマタイ 6章25節から34節とルカ 12章22節から31節を比較すれば分かります。しかし,これは驚くべきことではありません。イエスが同じことを繰り返して教えられたことは明らかです。ルカは異なる状況のもとでなされたその教えを記録することにしたのです。
一見、矛盾を解決しているようにも思えるかもしれないが、マタイとルカの違いを無理に埋め合わせようとすると、聖書のどこにも書かれていない新たな福音書を前提にマタイとルカはその一部を書いたものにすぎないと主張していることになる。その解釈自体が書かれていることを超えたものであることは明白である。