マルコ15:24-39 <十字架> 並行マタイ27:35-54、ルカ23:32-48
参照ヨハネ19:18-30
マルコ15 (田川訳)
24そして彼を十字架につける。そして彼の衣を分け、誰がどの部分を取るか、籤を引いた。25時は第三時(午前九時)であった。そして彼を十字架につけた。26そして彼の罪状書きは「ユダヤ人の王」と記してあった。27そして彼とともに二人の強盗を十字架につける。一人を右に、一人を左に。28――― 29そして通り過ぎる者たちが彼を侮辱し、頭を振りながら言った、「わあ。神殿を壊して、三日でまた建てるという者よ、30自分で自分を救って、十字架から下りてくるがよい」。31同様に祭司長たちも嘲って、律法学者とともに互いに言った、「他人を救ったけれども、自分を救うこともできない。32イスラエルの王キリストよ、今すぐ十字架から下りてみよ。それを見たら信じてやろう」。そして一緒に十字架につけられた者たちもまた彼を非難した。
33そして第六時(正午)になると全地に暗闇が生じ、第九時(午後三時)にいたった。34そして第九時にイエスは大きな声で叫んだ、「エローイ、エローイ、ラマ、サバクタニ」。これは訳すと、「我が神、我が神、何ゆえ我を見捨て給いき」となる。35そしてそばに立っていた者のうち数名がこれを聞いて言った、「見よ、エリヤを呼んでいる」。36ある者が走って行き、そして海綿を酢で満たし、葦(の先)につけて飲ませ、言った、「待て、エリヤが彼を下ろしに来るかどうか、見てみよう」。37イエスは大きな声を発して、息をひきとった。38そして神殿の幕が二つに、上から下まで裂けた。39向かい側に立っていた百卒長が、このようにして彼が息をひきとったのを見て、言った、「まことにこの人は神の子であった」。
マタイ27
35こうして彼を十字架につけ、その衣を籤を引いて分けた。36そして座って、そこで彼を見張った。37そして彼の頭の上に罪状書きをつけた。そこには「これはユダヤ人の王イエスである」と記してあった。38その時彼とともに二人の強盗が十字架につけられる。一人が右に、一人が左に。39通り過ぎる者たちが彼を侮辱し、頭を振りながら40言った、「神殿を壊して、三日でまた建てるという者よ、神の子だって言うんなら、自分で自分を救って、十字架から下りてくるがよい」。41同様に祭司長たちも律法学者、長老たちとともに嘲って言った、42「他人を救ったけれども、自分を救うこともできない。イスラエルの王だというのなら、今すぐに十字架から下りてみよ。そしたら信じてやろう。43神を信頼しているんだそうだが、それなら、神が欲し給うなら、今こそ救われるがよい。自分は神の子だなどと言っていたのだから」。44同様に、一緒に十字架につけられた強盗たちも彼を非難した。
45第六時(正午)から全地に暗闇が生じ、第九時(午後三時)にいたった。46第九時頃にイエスは大きな声をあげて叫んで言った、「エーリ、エーリ、レマ、サバクタニ」、すなわち「我が神、我が神、なんぞ我を見捨て給いし」と。47そこに立っていた者のうち数名がこれを聞いて言った、「こいつはエリヤを呼んでいる」。48そしてただちに彼らのうちの一人が走って行き、海綿を取って酢で満たし、葦(の先)につけて飲ませた。49だが他の者たちが言った、「待て、エリヤが彼を救いに来るかどうか、見てみよう」。50イエスは再び大きな声で叫んで、息を引き取った。51そして、見よ、神殿の幕が二つに、上から下まで裂けた。また大地が震え、岩が裂け、52墓が開いて、眠っていた聖者たちの多くの身体が甦り、53彼の甦りの後に墓から出て来て、聖なる町に入り、多くの者に顕れた。54百卒長と、その部下たちがイエスを見張っていたのだが、地震やそのほか生じたことを見て、いたく恐れ、言った、「まことにこの者は神の子であった」。
ルカ23
32またほかの二人の悪人も彼とともに死刑にされるために引かれて行った。33そして「しゃれこうべ」と呼ばれる場所に来た時に、そこで彼を十字架につけた。また二人の悪人も一人を右に、一人を左に。34そして彼の衣を分け、籤を引いた。35また民が立って、見ていた。長老たちも鼻をめくって、言った、「他人をお救いになったのだから、御自分もお救いになればよろしい。もしもこの者が選ばれし神のキリストだというのなら」。36兵士たちも彼を嘲り、近寄って、彼に酢をさし出して、37言った、「もしもお前がユダヤ人の王だというのなら、自分で自分を救うがよい」。38また罪状書きが彼の上につけられていた、「この者、ユダヤ人の王なり」と。
39磔にされた悪人の一人が彼を侮辱して言った、「お前はキリストじゃないのか。だったら自分で自分を救い、俺たちも救ってくれよ」。40もう一人が答えて、この者を叱って言った、「同じ裁きを受けているのに、お前は神を恐れぬのか。41我々がこの裁きを受けるのは正しい。自分たちがやったことにふさわしいことを受け入れているのだ。しかしこの方は何も曲がったことをしておられない」。42そして言った、「イエスよ、あなたの御国にいらっしゃったら、私のことを思い出して下さいますように」。43そこで彼に言った、「アメーン、汝に言う、今日汝は我とともにパラダイスに居るであろう」。
44そしてすでに第六時(正午)頃になっていた。そして全地に暗闇が生じ、第九時(午後三時)にいたった。45太陽が隠れたのである。また神殿の幕が真ん中から裂けた。46そしてイエスは大きな声をあげて言った、「父よ、汝の御手に我が霊をゆだねます」。こう言って、息がたえた。47百卒長は起こったことを見て、神に栄光を帰して言った、「本当にこの人は義人であった」。48またこれを見物に集まっていた群衆もみな、起こったことを見て、胸を打ちながら、もどって行った。
参ヨハネ19
18その場所で彼を十字架につけた。そして彼とともにほかに二人も。二人をこちら側とあちら側に、イエスを真ん中に。19さてピラトはまた表示も書いて、十字架の上につけた。「ナザレ人イエス、ユダヤ人の王」、と書いてあった。20それでこの表示を多くのユダヤ人が読んだ。イエスが十字架につけられた場所は町から近かったからである。そしてそれはヘブライ語、ローマ語、ギリシャ語で書かれてあった。21それでピラトに対しユダヤ人の祭司長たちが言った、「ユダヤ人の王などと書くな。この者は自分がユダヤ人の王だと言っていた、と書け」。22ピラトが答えて言った、「余が書いたことは、書いたことだ」。
23それで兵士たちは、イエスを十字架につけた時に、その衣を取って、四つの布片に分けた。それぞれの兵士が一片ずつ。また肌着も取った。だが肌着には縫い目がなく、上からずっと全体を通して織ったものであった。24それで彼らは互いに言った、これを割くのはよそう。籤を引いて、誰のものかを(決めよう)」。これは書物が成就するためである、「彼らは私の衣服を自分たちで分けた。そして私の衣類に籤を引いた」。かくして兵士たちはそのように実行したのである。
25イエスの十字架のところに彼の母と、彼の母の姉妹でありクローパーの(妻?である)マリアと、マグダラのマリアが立っていた。 26それでイエスは母と自分が愛した弟子が立っているのを見て、母に言う、「女よ、見よ、汝の息子」。27それからその弟子に言う、「見よ、汝の母」。そしてその時からその弟子は彼女を自分のところに引き取った。
28この後イエスはすでに一切が成し遂げられたと知って、書物が成し遂げられるためだが、言う、「(のどが)」渇いた」。29酢で満たした器が置いてあった。それで酢をつけた海綿をヒュソプにつけて、彼の口にさし出した。30それでイエスは酢をとると、言った、「なし遂げられた」。そして頭を傾け、霊を引き渡した。
*字数制限のため、NWTの訳はカットしました。
イエスは、左右に二人の囚人とともに、十字架刑に処される。
その際、イエスの衣を分け、籤を引いたことが記されている。
共観福音書は、兵士たちが籤を引いて、イエスの衣を分けたという事実を伝えている口調であるが、ヨハネではそれが単なる事実ではなく、旧約の成就であるとしている。
マルコ15
24そして彼を十字架につける。そして彼の衣を分け、誰がどの部分を取るか、籤を引いた。25時は第三時(午前九時)であった。そして彼を十字架につけた。26そして彼の罪状書きは「ユダヤ人の王」と記してあった。27そして彼とともに二人の強盗を十字架につける。一人を右に、一人を左に。28――― 29そして通り過ぎる者たちが彼を侮辱し、頭を振りながら言った、「わあ。神殿を壊して、三日でまた建てるという者よ、30自分で自分を救って、十字架から下りてくるがよい」。31同様に祭司長たちも嘲って、律法学者とともに互いに言った、「他人を救ったけれども、自分を救うこともできない。32イスラエルの王キリストよ、今すぐ十字架から下りてみよ。それを見たら信じてやろう」。そして一緒に十字架につけられた者たちもまた彼を非難した。
マタイ27
35こうして彼を十字架につけ、その衣を籤を引いて分けた。36そして座って、そこで彼を見張った。37そして彼の頭の上に罪状書きをつけた。そこには「これはユダヤ人の王イエスである」と記してあった。38その時彼とともに二人の強盗が十字架につけられる。一人が右に、一人が左に。39通り過ぎる者たちが彼を侮辱し、頭を振りながら40言った、「神殿を壊して、三日でまた建てるという者よ、神の子だって言うんなら、自分で自分を救って、十字架から下りてくるがよい」。41同様に祭司長たちも律法学者、長老たちとともに嘲って言った、42「他人を救ったけれども、自分を救うこともできない。イスラエルの王だというのなら、今すぐに十字架から下りてみよ。そしたら信じてやろう。43神を信頼しているんだそうだが、それなら、神が欲し給うなら、今こそ救われるがよい。自分は神の子だなどと言っていたのだから」。44同様に、一緒に十字架につけられた強盗たちも彼を非難した。
ルカ23
32またほかの二人の悪人も彼とともに死刑にされるために引かれて行った。33そして「しゃれこうべ」と呼ばれる場所に来た時に、そこで彼を十字架につけた。また二人の悪人も一人を右に、一人を左に。34そして彼の衣を分け、籤を引いた。35また民が立って、見ていた。長老たちも鼻をめくって、言った、「他人をお救いになったのだから、御自分もお救いになればよろしい。もしもこの者が選ばれし神のキリストだというのなら」。36兵士たちも彼を嘲り、近寄って、彼に酢をさし出して、37言った、「もしもお前がユダヤ人の王だというのなら、自分で自分を救うがよい」。38また罪状書きが彼の上につけられていた、「この者、ユダヤ人の王なり」と。
39磔にされた悪人の一人が彼を侮辱して言った、……
参ヨハネ19
18その場所で彼を十字架につけた。そして彼とともにほかに二人も。二人をこちら側とあちら側に、イエスを真ん中に。19さてピラトはまた表示も書いて、十字架の上につけた。「ナザレ人イエス、ユダヤ人の王」、と書いてあった。20それでこの表示を多くのユダヤ人が読んだ。イエスが十字架につけられた場所は町から近かったからである。そしてそれはヘブライ語、ローマ語、ギリシャ語で書かれてあった。21それでピラトに対しユダヤ人の祭司長たちが言った、「ユダヤ人の王などと書くな。この者は自分がユダヤ人の王だと言っていた、と書け」。22ピラトが答えて言った、「余が書いたことは、書いたことだ」。
23それで兵士たちは、イエスを十字架につけた時に、その衣を取って、四つの布片に分けた。それぞれの兵士が一片ずつ。また肌着も取った。だが肌着には縫い目がなく、上からずっと全体を通して織ったものであった。24それで彼らは互いに言った、これを割くのはよそう。籤を引いて、誰のものかを(決めよう)」。これは書物が成就するためである、「彼らは私の衣服を自分たちで分けた。そして私の衣類に籤を引いた」。かくして兵士たちはそのように実行したのである。
イエスと共に十字架刑に処された二人に関して、マルコとマタイは「強盗」(lEstas)、ルカは「悪人」(kakourgoi)としている。
ヨハネには、バラバを「強盗」とする記述(18:40)はあるが、イエスと共に十字架刑となった二人の罪状については触れられていない。
しかしながら、ユダヤ人がユダヤ人の律法に従がってユダヤ人を裁き、「死刑」判決が下されたのであるから、「命には命」(出エ21:23、レビ24:18、申命19:21)の原則からして、「死に値する罪」を犯したのであろう。
マルコでは、「彼を十字架につける」という表現が24,25で二回繰り返されている。
24「そして彼を十字架につける」(kai staurOsantes auton)は、kai+動詞の現在形で始めており、マルコが物語のはじめに使う、口癖の表現。
25「そして彼を十字架につけた」(kai estaurOsan auton)は、同じ動詞のアオリスト形。
マタイは、マルコの二番目の「彼を十字架につけた」とするアオリスト表現の句を削除し、「その時彼とともに二人の強盗が十字架につけられる」と一文に修正している。
おそらく無駄な重複と考えたのであろう。
ルカは、マルコの最初の「十字架につける」(stauroO)という現在形表現の動詞を変え、「死刑にされる」(anaireOの受身)としている。
原義はana(上に)+ireiO(持つ、あげる)であるが、普通は「取り去る」という意味に用いられた。さらに転じて、「殺す」「死なせる」という意味にも用いられることが多いという。
ルカは、マルコの二番目のアオリスト形の動詞も、「磔にされた」(kremannymi)というマルコとは別の動詞を用いている。
新約で「十字架にかける」という時は、普通「磔の木」(stauros)を動詞化したstauroOという動詞を用いる。
ルカは、どちらも別の動詞を用いている。
マルコの重複表現を見て、自分の方が、語彙が豊富であることを見せたかったのであろう。
マルコとしては、最初のkai+現在形は、おそらく表題のつもりで、これから「イエスの十字架」の話が始まります、と言っているのであろう。
二度目のアオリスト形(過去)の個所は、第三時にイエスは「十字架に架けられた」、という事実を記しているのであろう。
同じような表現が繰り返されているが、意図は十分伝わる。
イエスの十字架に際し、マルコは24「彼の衣を分け、誰がどの部分を取るか、籤を引いた」(diemerizon ta himatia autou ballontes klEron tis ti arE)とある。
マタイは、35「衣を籤を引いて分けた」(diemerisanto ta himatia autou ballontes klEron)としている。
ルカも34「彼の衣を分け、籤を引いた」(diamerizomenoi de ta himatia autou ebalon klEron)としている。
しかし、NWTルカ23:34は、その前の冒頭に[[ ]]付きで、「しかしイエスはこう言われるのであった。「父よ、彼らをお許しください。自分たちが何をしているのか知らないのですから」。」という句が挿入されている。
憐れみ深いキリストなるイエス様の有難い説教であるが、重要な諸写本に、この句は載っていない。
載っているのは、数は多いがほぼ全く価値のないいわゆるビザンチン系写本とシナイ、C、L、Ψなど。
載せていないのは、P75、B、D、W、Θとシナイの第一修正。
lectio difficiliorの原則からしても、ないのが原文。
もしもこの句が原文に入っていたのであれば、後世の敬虔な写本家たちがわざわざ削るはずもない。
この句を本文に組み込んでいることに対するWTの説明。
*** 近 第29章 297ページ 「キリストの愛を知る」 ***
古代の幾つかの写本では,ルカ 23章34節の前半が省かれています。しかし,この言葉は他の多くの権威ある写本に出ているので,「新世界訳」をはじめとする多数の翻訳はこの言葉を含めています。イエスは,ご自分を杭につけたローマの兵士たちのことを述べておられたようです。それらの兵士たちは,自分たちが何をしているのか知りませんでした。イエスが実際にはどんな方であるかに気づいていなかったのです。言うまでもなく,その処刑をたくらんだ宗教指導者たちははるかに厳しくとがめられるべきでした。それと知りつつ,悪意をもって行動したからです。その多くは,許しを得ることなどできませんでした。―ヨハネ 11:45‐53。
NWTは[[ ]]の説明を、巻末の「聖書各書の一覧表」の最後に置いており、二重の角かっこ[[ ]]は、その部分が原文への書き入れ語句である可能性を示唆しています、と説明している。
後代の付加である「可能性を示唆」しているだけで、「原文」である可能性もあるとしている。
通常、凡例の説明は、読者が誤解しないように、巻頭に置くのが常識である。
RNWTに至っては、[[ ]]も付けずに、本文に組み込んでいる。
WTは、初めから、原文にイエスの有難いお説教が書かれていた、と読ませたいのであろう。
少なくても銀色の改訂版NWT(RNWT)は、原文に忠実な聖書ではない。
それと知りつつ、悪意をもって、原文にはない句を本文に組み込んでいる聖書を刊行した宗教指導者たちが許しを得ることができるのだろうか。
主な和訳聖書すべてに、この句が組み込まれているが、[ ]も付けずに、RNWTと同じく、原文であるかのように詐読させようとしているのは、カトリック教会御用達の「フランシスコ会訳」、プロテスタントの福音派御用達の「新改訳」、聖書協会の「口語訳」、「文語訳」、キリスト教系出版社の「living Bible」、個人訳では「前田訳」、「塚本訳」。
[ ]を付けているのが、「共同訳」、「新共同訳」、「岩波訳」。
完全に削除しているのは、「田川訳」だけである。
閑話休題。
共観福音書では、籤を引いて分けられたのが「衣」(himatia)であると記している。
ヨハネでは、「その衣を取って、四つの布片に分けた」とあるだけで、「衣」(himatia)を分けた、とはしているが、衣を分けるのに「籤を引いた」とはしていない。
ヨハネにおいて、「籤を引いた」のは「肌着」(chitOn)であり、イエスが着ていた「衣」(himatia)とは別の語を使っている。
キリスト教において、「イエスの衣が籤によって分けられた」とする出来事は、イエスに関する数多くある旧約預言の成就を示す出来事の一つであり、イエスや弟子たちがコントロールできる行為ではない。
しかも、預言成就に関係したのはイエスの弟子たちではなく、イエスの処刑に立ち会ったローマ兵たちである。
彼らは、ユダヤ教にも旧約預言にもイエスの教えにもまったく無関心な異邦人である。
イエスをキリストと認めているわけでも、キリスト教信者でもなく、十字架刑の職務を果たしているだけである。
ユダヤ教ともキリスト教とも無関係の異邦人によって預言が成就しているのであり、聖書予言の確かさと、イエスが神から遣わされたメシアあるいはキリスト、また神の子であることの証拠の一つであると解説される。
しかし、この出来事における共観福音書とヨハネ書の相違を分析してみると、キリスト教が旧約預言の成就によって成立した神の是認を受けた宗教であるとするキリスト教ドグマに関して、別の視点を提供する糸口を与えてくれている。
「籤を引いて、衣を分ける」ことが預言されているとする詩篇22:19について、マルコの「彼の衣を分け、誰がどの部分を取るか、籤を引いた」(diemerizon ta himatia autou ballontes klEron ep auta tis ti arE)という表現は詩篇22:19と趣旨は同じであるが、七十人訳ともヘブライ語本文とは言葉遣いが異なっており、まったく一致しているわけではない。
マルコ自身も、旧約預言の成就としているわけではない。
マルコ15:28を田川訳もNWTも後代の付加として削除しているが、Textus Recceptusには、「そして、彼はまた不法の者の一人に数えられた、と言っている書物が成就した」とする句が付加されていた。
この句が付加されているのは、カイサリア系と多数のビザンチン系及びラテン語訳写本。
アレクサンドリア系のすべてと西方系の主な写本にはこの句がない。
マルコにおけるカイサリア系の写本が含まれているから、一応考慮する必要があるが、内容的に、「書物が成就した」とするキリスト教ドグマを裏付けしようとするものであり、lectio diffiliciorの原則からして、原文にはなかったことは確実。
削除されている句はイザヤ53:12を旧約の預言成就と解釈するもので、ルカは22:37でイエスの受難に成就するとしている。
後代の写本家が、ルカをマルコに持ち込んだものであろう。
マルコはイエスの「衣」(himatia)に関して、籤が引かれ、ローマ兵たちによって分けられたことを事実として紹介しているだけで、七十人訳の言葉遣いに合わせている様子はない。
つまり、「十字架」伝承の作者はともかく、マルコ自身は旧約の成就とする意識は、なかったと思われる。
それに対し、この出来事を旧預言の成就としているヨハネの24「彼らは私の衣服を自分たちで分けた。そして私の衣類に籤を引いた」(diemerisanto ta himatia mou heautois kai epi ton himatismon mou ebalon klEron)は、七十人訳詩篇22:19(NWT22:18)とぴったり一致している。
ヨハネの23a「その衣を取って、四つの布片に分けた」とする「衣」(himatia)はマルコの「衣」(himatia)と同じ語であり、七十人訳詩篇22:19の一行目に出て来る「衣服」(himatia)と同じ語を使っている。
それに対し、ヨハネが、「籤を引いて」一人の兵士のものとなったとしている二行目の「衣類」(himatismos)については、23b-24aで「肌着」(chitOna)を指していると解釈し、旧約の預言成就としている。
マルコ(マタイ・ルカ)において、籤が引かれ、分けられた「衣」(himatia)とヨハネにおいて籤が引かれた「衣類」(himatismos)とは異なる語であり、ヨハネでは、「分けない」ために「籤が引かれ」ている。
旧約の預言成就とみなすためには、「衣類」(himatismos)とは「肌着」(chitOna)を指すものでなければならない。
ヨハネは、「衣」(himatia)に関しては、マルコと同じく「衣が分けられた」としながら、なぜ「籤を引かれた」のは、詩編22:19の二行目にある「衣類」(himatismos)の方にし、それを「肌着」(chitOn)としたのか。
言葉の原義として、himatiaはhimation(衣)の複数形であるが、複数形で「衣服一般」を指す。
himatiaはどちらかと言うと上着を指すが、短い上着ではなく、長衣を指すのが普通。
複数形は、どんな「衣類」であっても「着るもの」を指すのが普通。
NWTはマルコ・マタイ・ヨハネでは「外衣」、ルカでは「衣」と訳している。
RNWTは、マルコ・マタイでは「外衣」、ルカ・ヨハネでは「服」。ルカとヨハネの訳を変えている。
himatismosは単数形であるが、単数形で「衣服一般」を指す。
himatismosは、単数形であるが、集合名詞的に「衣類全体」を指す。
単数形だからと言って、この語だけで限定的に一枚の「肌着」を指すことはない。
NWTは、chitOnを「内衣」、himatismosを「着衣」と訳している。」
RNWTは、それぞれ「内衣」はそのままであるが、himatismosを「衣服」に変えている。
ヨハネが、旧約預言の成就としている詩篇22:19(NWT22:18)は、ヘブライ語の詩文であるから、二肢並行である。
つまり、旧約では、一行目の「彼らは私の衣服を自分たちで分けた」(diemerisanto ta himatia mou heautois)と二行目の「私の衣類に籤を引いた」 (epi ton himatismon mou ebalon klEron)とは、kaiで繋いでいるだけで、表現を変えながら同義反復の意味で使っていることになる。
しかし、ヨハネは一行目と二行目を別々の意味に読んでいる。
詩編の七十人訳ギリシャ語のhimatiaとhimatismonは、ヘブライ語本文に対応し、同義であるとして訳している。
しかし、ヨハネは24bではhimatiaとhimatismosが同義ではなく、ローマ兵たちが分けたのは、himatiaであったのであるが、籤を引いて分けたのはhimatismosの方だ、と解釈し、旧約の預言成就としているのである。
ヨハネは、23aで「四つの布片に分けた」とする「衣」(himatia)に関しては、七十人訳詩編一行目の「衣服」(himatia)と同じ語を用い、預言成就としている。
これは旧約成就とはしていないマルコの「衣」(himatia)と同じ語である。
そして、23bで「籤を引いた」とする「衣類」(himatismos)に関しては、「肌着」(chitOn)という別の語を用いて、預言成就としているのである。
マルコが「籤を引いた」としているのは「衣」(himatia)であるが、マルコ自身は預言成就とはしていない。
つまり、旧約詩篇では、「衣服」(himatia)と「衣類」(himatismos)を同義に使っているにもかかわらず、ヨハネは「衣服」(himatia)を「上着」の意味に解し、「衣類」(himatismos)を「肌着」(chitOn)の意味に解して、旧約預言の成就としているのである。
マルコに届いた受難物語の作者は、詩篇22編を十分意識しているが、「彼の衣を分け、誰がどの部分を取るか、籤を引いた」とあるだけで、「籤が引かれた」のは「衣」(himatia)だけである。
マルコの句に「衣類」(himatismos)という語はなく、ヨハネのようにイエスの「衣」を「衣」と「肌着」とに区別してはいない。(NWT:「外衣」と「内衣」)
死刑執行を担当させられたローマ兵士たちは、いわば役得として、死刑囚の衣を手に入れることは慣習であった。
ハドリアヌス帝(在位117-138)の勅令やローマ法を集めた法令集(Digesta)に載っているという。(ラグランジュ)
当時、布類は高価であり、貴重品であったから、受刑囚の衣といえども、廃棄処分にはされなかったのだろう。
ヨハネが「衣類」(himatismos)という集合名詞の単数形を預言成就とする「肌着」(chitOn)には、23b で、「縫い目がなく」(araphos)という形容詞が付いている。
否定辞のa-+raphoO(縫う)という動詞から派生した形容詞で、新約ではここだけ。
ヨセフスが『古代史』3・161(七・四)で大祭司の衣服を説明する際、「その肌着は、二つの布で肩のところと腹部で「縫い目」(rhaptos)がない」と説明している。
そのような肌着は、特別に贅沢なもので、大祭司の公式な衣服は肌着まで豪華な品を身につけていたと説明している。
ガリラヤの大工であったイエスが現実にそのような特別仕立ての飛び切り高価な肌着を身につけていた可能性はない。
可能性があると考えるのは、イエスを大祭司やキリスト、または王とする信仰を読み込むからであろう。
あるいは、イエスをキリストと認めた裕福なキリスト信者からの贈り物だったと考える人もいるかもしれない。
しかし、キリスト教が誕生する以前の話であり、イエス自身が、生前自分がキリストであることを否定している。
ペテロに対して、そのようなことは誰にも言うな、と厳しく叱っている(マルコ8:29-30)のだから、ありえない話である。
イエスの「衣」は、ヨハネ書が指摘するように、本当に「上着」と「肌着」に分けられ、「上着」は縫い目ごとに分けられ、「肌着」は縫い目がなかったので、籤で引かれたのだろうか。
言語的にも、旧約詩篇の解釈からしても、himatiaとhimtismosとは、同義であり、どちらにも一枚の「肌着」と解釈できる理由は見当たらない。
実際のイエスが、大祭司が身につけるような縫い目のない「肌着」を身につけていたと考えるのも現実的ではない。
ヨハネはなぜ「衣」(himatia)に関しては「四つの布片に分けた」とマルコと同じ「衣」(himatia)という語を用いながら、「衣類」(himatismos)に関しては、旧約預言とは厳密には一致しない預言成就の適用を施し、「肌着」(chitOn)と同義に解釈し、こちらの方だけ「籤を引いた」ことにしたのだろうか。
むしろ、詩編二行目の「衣類」(himatismos)を「肌着」(chitOn)と解釈して、旧約預言の成就とするために、「籤を引いた」のは「衣服」(himatia)ではなく、「衣類」(himatismos)である、と後付けした適用のように思える。
旧約預言の成就とすることに主眼があるのであれば、「衣服」(himatia)と「衣類」(himatismos)とは、同義であるのだから、分けてそれぞれの行に対応する預言成就とする必要はなかったはずである。
マルコのように、「彼の衣を分け、誰がどの部分を取るか、籤を引いた」というのが、詩編22:19(NWT22:18)の二肢並行とする記述の趣旨である。
「ローマ兵がイエスの衣を、籤を引いて分けた」とするマルコとヨハネにおける詩篇22:19適用の違いから、初期キリスト教ドグマの構築過程が見えて来る。
マルコにおける受難物語のイエスの十字架場面には、旧約の預言成就とはしていないものの、詩編22編に対応する場面が三個所も登場する。
ローマ兵たちがイエスの衣に関して、24「彼の衣を分け、誰がどの部分を取るか、籤を引いた」(マルコ15:24)は、「また私の着ものを分かち合い、私の衣服の上でくじを引いた」(詩篇22:19(NWT22:18))に対応している。
通りがかりの者がイエスを嘲笑する場面と彼らが言った言葉である29「そして通りすぎる者たちが彼を侮辱し、頭を振りながら言った、『わあ。神殿を壊して、三日でまた建てるという者よ、自分で自分を救って、十字架から降りて来るがよい』。同様に祭司長たちも嘲って、律法学者とともに互いに言った、『他人を救ったけれども、自分を救うことができない』(マルコ15:29-31)は、「私を見る者は皆私をあざけり、私に向かって大口をあけ、その頭を振る。『彼はヤハヴェにまかせているから救われるさ。お気に入りだから助かるさ』と」(詩篇22:8-9(NWT7-8))に対応する。
イエス自身の慟哭の叫び34「我が神、我が神、何ゆえ我を見捨て給いき」(マルコ15:34)は、「私の神、私の神、なぜあなたは私をお捨てになったのですか」(詩篇22:1)に対応している。
受難物語の作者が詩篇22編を意識していることは明らかであるが、マルコ自身はいずれも、旧約の預言成就とはしていない。
マタイはイエスに関する出来事を旧約預言の成就とする定型引用を11か所も施しているが、受難物語においては、マルコを写しながら並行である「十字架」伝承に関しては、定型引用とはしていない。
ルカもマタイと同様である。
マルコの受難物語を写しつつも、「十字架」伝承に関して、マルコと同じく旧約の預言成就としてはいない。
おそらく、マルコに届いた受難物語以外の受難物語が存在していた可能性はないものと思われる。
ヨハネの受難物語も、話の流れは、基本的にマルコと同じである。
そして、詩篇22編を、受難物語における「十字架」物語を旧約の預言成就としているのは、ヨハネだけ、ということになる。
またヨハネにしても、詩編22編の適用に関して、マルコとは異なっており、「書物が成就するため」とする適用は旧約の趣旨を無視した後付けの解釈であると思われる。
しかしながら、「分けた」とする「衣」(himatia)という語は、マルコもヨハネも同じ語を使っている。
とすれば、ヨハネにおける「その衣を取って、四つの布片に分けた」とする文は、マルコの「彼の衣を分け、誰がどの部分を取るか、籤を引いた」という文を元にしていると考えられる。
ヨハネ書の原著者は、イエスに関する出来事を旧約の預言成就と解釈するキリスト教ドグマを持っていない。
原著者の文をキリスト教ドグマとして再評価しようとして、書き加えているのは、教会的編集者である。
ヨハネの文は、マルコにおける「籤が引かれた」とする「衣」(himatia)に関する記述を、旧約の預言成就としながら、「衣」(himatia)ではなく、「衣類」(himatismos)に適用し、それが「肌着」(chitOn)であると旧約の趣旨を無視して解釈している。
つまり、23節の前半の文はマルコを元に書かれており、後半の文は詩篇22編を旧約預言の成就と考える人物によって書かれていると考えられる。
ヨハネ書の「その衣(himatia)を取って、四つの布片に分けた」とする23aの部分は、マルコの文を元にした原著者の文であり、「衣類」(himatismos)と「肌着」(chitOn)を同義とみなして、「籤が引かれて」、誰のものかに決められた、と書かれている23b「それぞれの兵士が一片づつ…かくして兵士たちはそのように実行したのである」までの文は、教会的編集者の文ということになろう。
繰り返しになるが、マルコにおける「十字架」伝承には、詩編22編に対応する三つの場面が登場する。
「十字架」におけるイエスの末期の慟哭である「エローイ、エローイ、ラマ、サバクタニ」というアラム語は、おそらく実際にイエスが発した言葉であろう。
もちろん、イエス自身が旧約預言を意識して、慟哭の叫びとしたわけではなく、イエス自身の本心からの訴えだったのであろう。
そうすると、このイエスの言葉をきっかけとして、受難物語が作成され、伝承され、伝承者たちによって、旧約詩篇22:19が意識されるようになった。
その結果、さらに詩編22編の要素が受難物語に加味され、波及されていったものと考えられる。
つまり、通りすぎる者たちがイエスを侮辱して語ったとする伝承は、実際の出来事というより、詩篇22編を意識した後付けの適用のように思われる。
マルコでは「通りすぎる者たち」、「同様に祭司長たち」「律法学者」「一緒に十字架につけられた者たち」も、としており、マタイはそれに「長老たち」を付加し、ほぼマルコを写しているだけである。
ルカでは、「長老たち」と「兵士たち」と「磔にされた悪人の一人」だけが侮辱したとしている。
詩篇22編を適用しようとする点では同じであるが、旧約の文言を適用しようとする対象が異なっている。
しかも、マルコもマタイもルカも、旧約の預言成就とはしておらず、イエスを嘲笑する出来事が生じたとしているだけである。
旧約の預言成就と解釈する試みにも、いくつかのバリエーションがあったのだろう。
しかしながら、ローマ兵がイエスの衣がもらい受けた、というのは当時の習慣からして、事実であろう。
「十字架」伝承は、詩編22編を意識して、「籤を引いて、分けられた」とマルコに届いており、史実的に「分けられた」ことは確かであろうが、「籤を引いて、分けられた」のかどうかは定かではない。
詩篇22編を意識して、「籤が引かれた」と伝承された可能性もある。
受難物語を端に、イエスの出来事を預言成就と解釈できる旧約の個所を探すことが、ユダヤ人キリスト信者によって初期のキリスト教会で熱心になされ、各地に伝承されていったのであろう。
マルコの時代から「十字架」伝承に関して詩篇22編が意識されていたのであるから、教会的編集者の時代には、すでに受難物語の「十字架」伝承を詩篇22:19の預言成就とするキリスト教ドグマが広く流布され、信じられていたと思われる。
教会的編集者は、原著者の文を読んで、旧約の解釈を無視してまで、詩編22:19を旧約の預言成就とするキリスト教ドグマを挿入している。
もしかしたら、ヨハネ書における23a「その衣を取って、四つの布片に分けた」という原著者の文にはマルコと同じく「籤を引いて」とあったのかもしれない。
原著者の文に、「籤を引いて」とあったので、教会的編集者が詩篇22:19の二行目を預言適用とするキリスト教ドグマを織り込むために、削除したのかもしれない。
しかし、残されている文から、付加されているかどうかを分析することは可能であるが、消されてしまった文を正確に復元することは不可能である。
もともと、原著者の文に「籤を引いて」という句がなかったのかもしれないし、あったものを教会的編集者が削ったのかもしれない。
ただし、現存するヨハネ23aに「籤を引いて」とある写本は存在しないし、ヨハネ書の原文に「籤を引いて」という句がないことは確かである。
マルコとマタイでは、一緒に十字架につけられた者たちもイエスを非難する。
しかし、ルカでは、一人はイエスを侮辱するが、もう一人は侮辱した囚人を叱り、イエスをキリストと認め、神の国に信仰を示す。
ヨハネには、イエスとともに十字架刑となった囚人が、イエスを非難する話も登場しない。
マルコ15
32イスラエルの王キリストよ、今すぐ十字架から下りてみよ。それを見たら信じてやろう」。そして一緒に十字架につけられた者たちもまた彼を非難した。
マタイ27
43神を信頼しているんだそうだが、それなら、神が欲し給うなら、今こそ救われるがよい。自分は神の子だなどと言っていたのだから」。44同様に、一緒に十字架につけられた強盗たちも彼を非難した。
ルカ23
39磔にされた悪人の一人が彼を侮辱して言った、「お前はキリストじゃないのか。だったら自分で自分を救い、俺たちも救ってくれよ」。40もう一人が答えて、この者を叱って言った、「同じ裁きを受けているのに、お前は神を恐れぬのか。41我々がこの裁きを受けるのは正しい。自分たちがやったことにふさわしいことを受け入れているのだ。しかしこの方は何も曲がったことをしておられない」。42そして言った、「イエスよ、あなたの御国にいらっしゃったら、私のことを思い出して下さいますように」。43そこで彼に言った、「アメーン、汝に言う、今日汝は我とともにパラダイスに居るであろう」。
マルコでは、32「一緒に十字架につけられた者たち」(hoi synestaurOmenoi)であるが、マタイは32「一緒に十字架につけられた強盗たち」(hoi lEstai hoi systaurOthentesi)と、彼らが「強盗」だったことを付加している。
マルコは27「彼とともに二人の強盗を十字架につける」(syn auto staurousin duo lEstas)と二人が強盗であることを先に記している。
マタイがマルコの拙い文を修正して整えてくれるのはいつものこと。
整った文をわざわざ拙い文に書き変える人はいない。
つまり、マタイがマルコより先に書かれたと教えるWTの仮説はありえない話である。
ルカは彼らが「磔にされた悪人」(tOn kremasthentOn kakourgOn)とマルコ・マタイの「磔の木」(stauros)に由来する動詞(stauroO)ではなく、単に「掛ける、木にかける」(kremannymi)という動詞を用いている。
ルカには、二人の悪人の会話と、イエスの説教が付加されている。
ルカにおけるこの物語は、一人の悪人による、「おまえはキリストじゃないのか。だったら自分で自分を救い、俺たちも救ってくれよ」という発言によって、展開されてゆく。
イエスが「キリスト」であり、「ユダヤ人の王」であることを前提としているイエスの発言であり、十字架上のイエスによる実際の発言ではありえない。
もちろん、マルコにも、マタイにも、ヨハネにも、ルカにあるイエスと一緒に十字架刑となった囚人がイエスに信仰を示したとする話は登場しない。
ルカにおける悪人の発言は、マルコの「十字架」伝承で登場する詩編22:8,9を意識した31「他人を救ったけれども、自分を救うこともできない。32イスラエルの王キリストよ、今すぐ十字架から下りてみよ。それを見たら信じてやろう」という句に着想を得たものであろう。
ルカの時代になると、イエスに関する聖者伝説的、説教的挿話がいくつも創作され、いわゆる偽典文学が興隆して来ている。
ルカ自身の創作というよりも、ルカの周辺で信じられていたキリスト伝承の一つをここに組み込んだものであろう。
クリスマス譚となるマタイやルカのイエス誕生物語や十二歳のイエスに関する神童物語などもその一つであろう。
WTは、イエスをキリストと認め、信仰を示した悪人に言ったとされる「今日あなたに真実に言いますが、あなたはわたしと共にパラダイスにいるでしょう」(NWT)という言葉を根拠の一つとして、イエスが神の王国の王となり、地上に楽園を実現させる、と本気で信じている。
*** 塔10 12/1 25ページ 聖書の言うパラダイスは,どこにあるのですか ***
■ ある男性が死ぬ間際に,勇気を出してイエスに対する信仰を表明した時,イエスはその人に,「あなたはわたしと共にパラダイスにいるでしょう」と約束しました。(ルカ 23:43)その人がいることになると言われたパラダイスは,どこにあるのでしょうか。天ですか。地上ですか。それともその中間の,人間が裁きを待つ場所ですか。
わたしたちの先祖はかつてパラダイスに住んでいました。聖書にはこう記録されています。「エホバ神はエデンに,その東のほうに園を設け,ご自分が形造った人をそこに置かれた。それからエホバ神は人を取ってエデンの園に住ませ,それを耕させ,またその世話をさせた」。(創世記 2:8,15)これらの言葉がギリシャ語に翻訳された時,「園」という語はパラデイソスと訳されました。「パラダイス」という語はこのギリシャ語に由来します。
夫婦が子どもの増加に伴って家を増築する場合と同じように,人間の最初の二親は,家族の増加に伴って,パラダイスをエデンの境界外へと拡大してゆくことになっていました。神は二人に,「地に満ちて,それを従わせよ」とお告げになったからです。―創世記 1:28。
ですから,創造者の目的は,人間がこの地上のパラダイスに住んで,子どもをもうけることでした。二人は庭園となる地上で永遠に生きることになっており,墓地など必要ありませんでした。地は全人類の恒久的な住まいとなることになっていました。この地球の自然界の様々な特色に,わたしたちが大きな喜びを感じるのも,不思議ではありません。わたしたちは美しい地上で生きるように造られたのです。
神の目的は変わったのでしょうか。いいえ,変わっていません。エホバがこう保証しておられるからです。『わたしの口から出て行くわたしの言葉は,そのとおりになる。それは成果を収めずにわたしのもとに帰って来ることはない。それは必ずわたしの喜びとしたことを行なう』。(イザヤ 55:11)人間が創造されてから3,000年余りたった時でも,聖書筆者は,「地を形造られた方,それを造られた方」に関して,「それをいたずらに創造せず,人が住むために形造られた」と述べました。(イザヤ 45:18)神のご意志は変わっていません。この地球はいずれ楽園となるのです。
興味深いことに,聖書中のパラダイスについての記述の多くは,地上での生活しか描いていません。例えば,イザヤの預言には,「彼らは必ず家を建てて住み,必ずぶどう園を設けてその実を食べる」とあります。(イザヤ 65:21)どこで家を建て,ぶどう園を設け,その実を食べるのでしょうか。もちろん,この地上です。箴言 2章21節にも,『廉直な者たちが地に住む』とはっきり述べられています。
同様にイエスは,地上のパラダイスについて語りました。確かに,天のパラダイスについても約束しましたが,そこに入るのは,選ばれた少数の人たちだけです。(ルカ 12:32)それらの人は死後,天のパラダイスに復活し,キリストと一緒に地上のパラダイスを治めます。(啓示 5:10; 14:1‐3)それら天にいる共同支配者たちは,地上のパラダイスが確実に神の規準に従って正しく統治され維持されるようにします。
イエスはそれが地に対する神のご意志であることを知っていました。エデンの園が創造された時,み父と一緒に天にいたからです。今日信仰を働かせる人すべてには,将来楽園となる地上で生きる見込みがあります。(ヨハネ 3:16)イエスはそのような人たちに対して,「あなたはわたしと共にパラダイスにいるでしょう」と約束しているのです。―ルカ 23:43。
キリスト教の宗派により、ルカ23:43の「共にパラダイスにいる」というイエスの約束は、いくつかの異なる意味に解釈されている。
しかしながら、ルカにおけるこの「悪人とイエスとの会話」が、当時の偽典文学を反影させた創作物語であるとしたら、「楽園の成就」を真剣に議論する価値はどれほどあるのだろうか。
「聖書は神の言葉」であるから、書かれている聖書の言葉が必ず成就することを前提に、聖書を解釈しようとすることに、どれほどの意味があるのだろうか。
信仰は自由ですので、他の人の信仰も自由であることを認めた上で、自己責任でご自由にどうぞ。
共観福音書では、「十字架刑」の進行中に、暗闇が生じたとしている。
ヨハネに暗闇が生じたとする記述はない。
マルコ15
33そして第六時(正午)になると全地に暗闇が生じ、第九時(午後三時)にいたった。34そして第九時にイエスは大きな声で叫んだ、「エローイ、エローイ、ラマ、サバクタニ」。これは訳すと、「我が神、我が神、何ゆえ我を見捨て給いき」となる。35そしてそばに立っていた者のうち数名がこれを聞いて言った、「見よ、エリヤを呼んでいる」。36ある者が走って行き、そして海綿を酢で満たし、葦(の先)につけて飲ませ、言った、「待て、エリヤが彼を下ろしに来るかどうか、見てみよう」。37イエスは大きな声を発して、息をひきとった。38そして神殿の幕が二つに、上から下まで裂けた。39向かい側に立っていた百卒長が、このようにして彼が息をひきとったのを見て、言った、「まことにこの人は神の子であった」。
マタイ27
45第六時(正午)から全地に暗闇が生じ、第九時(午後三時)にいたった。46第九時頃にイエスは大きな声をあげて叫んで言った、「エーリ、エーリ、レマ、サバクタニ」、すなわち「我が神、我が神、なんぞ我を見捨て給いし」と。47そこに立っていた者のうち数名がこれを聞いて言った、「こいつはエリヤを呼んでいる」。48そしてただちに彼らのうちの一人が走って行き、海綿を取って酢で満たし、葦(の先)につけて飲ませた。49だが他の者たちが言った、「待て、エリヤが彼を救いに来るかどうか、見てみよう」。50イエスは再び大きな声で叫んで、息を引き取った。51そして、見よ、神殿の幕が二つに、上から下まで裂けた。また大地が震え、岩が裂け、52墓が開いて、眠っていた聖者たちの多くの身体が甦り、53彼の甦りの後に墓から出て来て、聖なる町に入り、多くの者に顕れた。54百卒長と、その部下たちがイエスを見張っていたのだが、地震やそのほか生じたことを見て、いたく恐れ、言った、「まことにこの者は神の子であった」。
ルカ23
44そしてすでに第六時(正午)頃になっていた。そして全地に暗闇が生じ、第九時(午後三時)にいたった。45太陽が隠れたのである。また神殿の幕が真ん中から裂けた。46そしてイエスは大きな声をあげて言った、「父よ、汝の御手に我が霊をゆだねます」。こう言って、息がたえた。47百卒長は起こったことを見て、神に栄光を帰して言った、「本当にこの人は義人であった」。48またこれを見物に集まっていた群衆もみな、起こったことを見て、胸を打ちながら、もどって行った。
参ヨハネ19
25イエスの十字架のところに彼の母と、彼の母の姉妹でありクローパーの(妻?である)マリアと、マグダラのマリアが立っていた。 26それでイエスは母と自分が愛した弟子が立っているのを見て、母に言う、「女よ、見よ、汝の息子」。27それからその弟子に言う、「見よ、汝の母」。そしてその時からその弟子は彼女を自分のところに引き取った。
28この後イエスはすでに一切が成し遂げられたと知って、書物が成し遂げられるためだが、言う、「(のどが)」渇いた」。29酢で満たした器が置いてあった。それで酢をつけた海綿をヒュソプにつけて、彼の口にさし出した。30それでイエスは酢をとると、言った、「なし遂げられた」。そして頭を傾け、霊を引き渡した。
マルコは、第六時(正午)に暗闇が生じ、第九時(午後三時)まで続いた、としている。
マタイもルカもマルコをそのまま写している。
マルコとマタイは、神殿の幕が真ん中から裂けたのは、イエスが息を引き取った時であるとしているが、ルカはその暗闇が「太陽が隠れた」ことによると説明し、神殿の幕が真ん中から裂けるのを見届けてから、イエスが息を引き取ったとしている。
マタイは、地震が生じ、埋葬された人が露わになる出来事が生じたことを付加している。
マルコのイエスの末期の言葉は、「エローイ、エローイ、ラマ、サバクタニ」(elOi, elOi, lama sabachthani)。
アラム語の、elAhi, elAhi, lemA shebaktaniをギリシャ語綴りとしたもので、マルコ自身がギリシャ語で訳を付けているように、「我が神、我が神、何ゆえに、我を見捨て給いき」。
マタイのイエスは、「 エーリ、エーリ、レマ、サバクタニ」(Eli, Eli, lema sabachthani)。
マルコの「エーロイ」(elOi)を「エーリ」(Eli)に、「ラマ」(lama)を「レマ」(lema)に変えている。
マタイの「エーリ」と「レマ」は、詩編22:2のヘブライ語テキストと一致している。
マルコの諸写本も、マタイの諸写本も、混乱している。
アラム語やヘブライ語を知らない写本家には、書き間違いが生じるであろうし、知っている写本家は修正したであろうし、マルコの写本でlama(B、Θ、059など)をlema(シナイ、C、L,D、Ψnなど)としているもの。D写本は、sabachthaniをzaphathaniとヘブライ語に合わせている。
同様にマタイの写本にも、Eliをeloiとするものやlemaをlamaとしているものや、zaphthaniとしているものがある。
NWTはマルコもマタイも「エリ、エリ、ラマ サバクタニ」に統一している。
イエスの十字架の下にいた者たちが、イエスの叫び声を、「エリヤを呼んでいる」と勘違いしている。
とすれば、彼らには「エリヤ、エリヤ…」と聞こえたことになる。
「エリヤ」はEliAもしくはEliAhuである。
ユダヤ人であれば、「エローイ」を「エリーヤー」と聞き間違えることは考え難いが、聞いていたのは見張りのローマ兵である。
「エリー」と叫んだのであれば、「エリーヤー」の最後は気息音であるから、「エリーヤー」と聞き間違えることはありうることであろう。
イエスの絶望の慟哭であり、発音も定かではない叫び声である。
ユダヤ教にさほど知識のないローマ兵たちが、どこかで聞きかじったユダヤ教の知識に基づいて、イエスの叫びを「預言者エリヤを呼んでいる」と勘違いしたとしても、不思議はなかろう。
イエスの十字架上の叫びを、マルコは「我が神、我が神、何ゆえに我を見捨て給いき」という意味の慟哭であった、と訳してくれている。
ところが、ルカはこのイエスの絶望の叫びを全部削除している。
その代わり、「父よ、汝の御手に我が霊をゆだねます」と大きな声をあげて、息がたえた、としている。
ルカにおけるイエスの最期は、敬虔なキリスト信者の教祖様にふさわしい、神に対する全幅の信頼を死に至るまで揺るがず抱き続ける、見事な最期である。
まるで、キリスト信者たる者は死に際して、かくあるべし、という宗教心を煽る説教を体現しているかのようなイエスの死に方である。
しかし、これも、イエスを神格化しており、現実感を伴なわない発言である。
キリスト教によりイエスのキリスト化が進んで行った過程で生まれた教祖様に対するルカ周辺の聖者神話であろう。
ルカの時代には、マルコ以上にイエスのキリスト化、聖者化が進み、キリスト伝承、聖者伝承が創作されていたことが想像できる。
ルカにおける「十字架」伝承の最後に出て来る、ローマ兵の「百卒長」が「神に栄光を帰し」、イエスを「義人」として祭り上げる話や、猛り立ち、イエスを「十字架につけろ」と要求した「群衆」が「胸を打ちながら」、戻って行くことなども現実にはありえない話である。
これも、イエスを神格化し、イエスを間近に直面した異邦人も、イエスを「義人」と認めざるを得ない存在であるし、イエスの十字架に加担したユダヤ人も後悔の念を抱かざるを得なかった、というイエス像を作るためのルカの創作であろう。
キリスト教は、偶像崇拝禁止であるが、イエスを偶像化することは、敬虔なキリスト教信者に求められる重要な要素となっているようである。
護教的キリスト教では、マルコ、マタイの句も、ルカと同じく、イエスの絶望の慟哭を敬虔な神信仰を表現したものだ、と読もうとする。
神の子イエス・キリストは死ぬ間際まで経験に神に対する従順な信仰を示し、「我が神、我が神、何ゆえ我を見捨て給いき」と口にしたのだ、と解説する。
その理由として、詩篇22(七十人訳21篇)の冒頭の句と一致する、という事実が指摘される。
この詩の三分の二は不当な弾圧、極端な困難を強いられた者の絶望にも近い悲鳴が書かれているのに、最後の部分では一転して神賛美が並ぶ。
不当極まりない弾圧の結果、無実のイエスが大祭司らの妬みにより十字架に処されたイエスが、詩篇22篇最後にある神賛美を主張するために、冒頭の絶望の叫びを最期の言葉としたのだと解説する。
田川先生は、「この種の、絶対ありえないような屁理屈を並べて、これは神様に対する正しい信仰の表現なのです、などと何とかして言い張ろうとする神学者という種族のおぞましさに、我々は吐き気をもよおさざるをえない。臆面もない嘘をつくなよ」、と大層ご立腹である。(『訳と註』1、p477)
イエスが、アラム語で、詩篇22編冒頭の言葉を発したことは確かであろう。
イエスがこのセリフを覚えたのは、おそらく幼い頃からのユダヤ教教育で、詩篇などの有名なセリフを大量に、しかも断片的に、嫌と言うほど暗記させられて、頭に入っていた、ということだろう。
生まれた時から敬虔なJW一世に育てられた宗教二世の方なら、ご理解いただけると思うが、様々な聖句や聖書の出来事が頭の中にこびり付いているものである。
イエスがこのセリフを頭に思い浮かべたのは、十字架上で息絶える直前のことではないと思われる。
おそらく、ユダヤ教との対立を意識しはじめてから、漠然とではあれ、このまま権力者たちとの衝突が進んで行けば、詩篇22編の冒頭のような絶望的な死を迎えざるをえない、と覚悟していたのであろう。
おそらく、何百何千と繰り返していたセリフだからこそ、最期にそれが口に出た、ということなのだろう。
ヨハネにおけるイエスの最期の言葉は、30「成し遂げられた」であるとしている。
これも、ルカと同じく、イエスを護教的キリスト教の姿に偶像化するものであり、十字架上のイエスの言葉ではありえない。
イエスが「愛した弟子」に「マリア」を委ねた、とする話も、他の福音書には登場しない。
もしかすると、弟子たちの誰か一人がイエスの母を引き取ったのは事実かもしれないが、「マリア」という名前の女性がいささか、神格化されている。
原著者の可能性もあるが、教会的編集者が、母親に対するイエスの愛情を示すために創作した可能性も高い。