マルコ14:3-9 <ベタニア塗油> 並行マタイ26:6-13、参照ルカ7:36-50、ヨハネ12:1-8
マルコ14 (田川訳)
3そして彼がベタニアで、癩病人シモンの家にいた時に、食卓についていると、一人の女が高価な本物のナルドスの香油の小壺を持って入って来て、壺を割り、彼の頭に注いだ。4何人の者が憤り、互いに(言った)、「何のために香油をこのように無駄にするのか。5この香油を三百デナリ以上で売って、貧しい人たちに施すこともできたではないか」。そして彼女をきつく叱った。6だがイエスは言った、「この人の邪魔をするな。どうしてこの人を煩わすのか。私に良いことをしてくれたのだ。7何故なら、貧しい人はいつでもあなた方自身のところにいるし、そうしたければあなた方はいつでもその人たちに良いことをしてあげられる。だが私はいつもあなた方のもとにいるわけではない。8この人は自分にできることをしてくれた。前もって、埋葬するために私の身体に香油をつけてくれたのだ。9アーメン、あなた方に言う、福音が世界中に宣ベ伝えられるところではどこでも、この人が私にしてくれたこともまた、この人の思い出として語られることであろう」。
マタイ26
6イエスがベタニアに、癩病人シモンの家に来た時に、7一人の女が値段の高い香油の壺を持ってイエスのもとに進み出て、食卓についていたイエスの頭に注いだ。8弟子たちがこれを見て、憤って言った、「何のためにこのような無駄をするのか。9これを高く売って、貧しい人たちに施すこともできたではないか」。10イエスはこれを知って、彼らに言った、「どうしてこの女を煩わすのか。私に対して良いことをしてくれたではないか。11何故なら、貧しい人はいつでもあなた方自身のところに居るけれども、私はいつもあなた方のところに居るわけではない。12彼女がこの香油を私の身体に注いでくれたのは、私を葬るためにしてくれたのである。13アメーン、あなた方に言う、この福音が世界中に宣べ伝えられるところではどこでも、彼女が私にしてくれたこともまた、彼女の思い出として語られることであろう」。
参ルカ7
36あるパリサイ派の者が彼に、一緒に食事をしませんか、とたずねた。そしてそのパリサイ派の家に入り、食卓についた。37そして見よ、町で罪のある女がおり、彼がパリサイ派の者の家で食卓についていると知ると、香油の小壺を持って来た。38そして後ろに立って、彼の足もとで泣き、涙で彼の足をぬらしはじめた。そして自分の髪の毛でぬぐい、彼の足に口づけした。そして香油を注いだ。39彼を招待したパリサイ派の者が見て、自分の中で言って、言った、「もしもこの者が預言者であったら、自分にさわっているこの女が誰で、どういう由来の者であるか、わかったであろうに。この女は罪人なのだ」。40そしてイエスが答えて彼に対して言った、「シモンよ、あなたに申し上げることがある」。彼が言う、「先生、おっしゃって下さい」。41「ある金貸しに借金をしている者が二人いた。一人は五百デナリ、もう一人は五十デナリであった。42二人とも返すことが出来なかったので、金貸しは二人を赦してやった。彼らのうちどちらがその金貸しを愛するだろうか」。43シモンは答えて言った、「より多く赦された者だと思いますが」。彼に言った、「あなたは正しく判断なさった」。44そして女の方をふりむいてから、シモンに言った、「あなたはこの女の人を見ていますか。私があなたの家に入って来た時、あなたは私に足(を洗う)ための水を下さらなかった。彼女は涙で私の足をぬらし、自分の髪の毛でぬぐってくれた。45あなたは私に口づけをしませんでした。彼女は私が入って来た時から、私の足に絶えず口づけをしてくれた。 46あなたは私の頭に油を注いで下さらなかった。彼女は私の足に香油を注いでくれた。 47この故にあなたに申し上げる、彼女の罪は多く赦されたのです。多く愛したのですから。少ししか赦されない者は、少ししか愛さないのです」。48彼女に言った、「あなたの罪は赦された」。49ともに食卓に座していた者たちが自分たちの中で言いはじめた、「罪を赦すなど、この者はどういう者なのだ」。50彼女に対して言った、「あなたの信頼があなたを救った。平安にお行きなさい」。
参ヨハネ12
1それでイエスは過越の六日前にベタニアに来た。イエスが死人の中から甦らせたラザロがいたところである。2それで彼のためにその地で宴会が催された。そしてマルタが仕えた。ラザロはイエスとともに座った者の中の一人だった。3それでマリアムが高価な本物のナルドスの香油を一リトラ持ってきて、イエスの足に塗り、自分の髪の毛で彼の足をぬぐった。家は香油の香りで満ちた。4彼の弟子の一人であるイスカリオテ人ユダが、彼を引き渡そうとしていた者だが、そのユダが言う、 5「何故この香油を三百デナリで売って、貧しい人たちに施さないのか」。6彼がこのことを言ったのは、貧しい人々のことが気になっていたからではなく、自らが盗人であったからである。つまり、物入れをあずかっていたのだが、その中に入れられていたものを横領したのである。7それでイエスが言った、「この人の邪魔をするな。私の埋葬の日のために彼女がこれをとっておけるように。8貧しい人はいつまでもあなた方自身のところにいる。だが私はあなた方のもとにいつもいるわけではない」。
マルコ14 (NWT)
3 そして,[イエス]がベタニヤでらい病人シモンの家にいて,横になって食事をしておられた時であったが,ひとりの女が,雪花石こうの容器に入った香油を携えてやって来た。本物のナルドであり,非常に高価なものであった。彼女は雪花石こうの容器を割って開け,それを彼の頭に注ぎはじめた。4 すると,互いに憤慨した様子を示す者たちがいて,「どうしてこんな香油の無駄づかいをしたのか。5 この香油なら三百デナリ以上で売れたし,そうすれば貧しい人たちに施すこともできたのに!」と[言った]。そして,彼女のことを非常に不快に思っていた。6 しかしイエスは言われた,「彼女をそのままにしておきなさい。なぜあなた方は彼女を困らせようとするのですか。彼女はわたしに対してりっぱな行ないをしたのです。7 あなた方にとって,貧しい人たちは常におり,あなた方はいつでも望む時に彼らに善を行なえますが,わたしは常に共にいるわけではないからです。8 彼女は自分にできることをしました。埋葬を見越してわたしの体に前もって香油を付けようとしたのです。9 あなた方に真実に言いますが,世界中どこでも良いたよりが宣べ伝えられる所では,この女のしたことも,彼女の記念として語られるでしょう」。
マタイ26
6 イエスがちょうどベタニヤでらい病人シモンの家におられた時のことであったが,7 雪花石こうの容器に入った高価な香油を携えた女が近づき,食卓について横になっておられた[イエス]の頭にそれを注ぎはじめた。8 これを見て弟子たちは憤慨し,「なぜこんな無駄なことを。9 これは高く売れたし,そうすれば貧しい人たちに施すこともできたのに」と言った。10 イエスはこれに気づいて彼らに言われた,「なぜあなた方はこの女を困らせようとするのですか。彼女はわたしに対してりっぱな行ないをしたのです。11 あなた方にとって,貧しい人たちは常にいますが,わたしは常にいるわけではないからです。12 この女が,この香油をわたしの体に付けたのは,わたしの埋葬のための準備としてそうしたのです。13 あなた方に真実に言いますが,世界中どこでもこの良いたよりが宣べ伝えられる所では,この女のしたことも,彼女の記念として語られるでしょう」。
参ルカ7
36 さて,パリサイ人のある者が,一緒に食事をするようにとしきりに彼に求めた。そこで[イエス]はそのパリサイ人の家の中に入り,食卓について横になった。37 すると,見よ,その都市で罪人として知られる女であったが,[イエス]がそのパリサイ人の家で食事の席について横になっておられることを知り,雪花石こうの容器に入った香油を携えてやって来た。38 そして,後ろに行ってその足もとに身を置き,泣いて,自分の涙で彼の足をぬらし始め,自分の髪の毛でそれをふき取るのであった。また,彼の足に優しく口づけし,その香油を塗ったのである。39 それを見て,彼を招いたパリサイ人は,自分の中でこう言った。「この人がもし預言者であるなら,自分に触っているのがだれで,どんな女なのか,彼女が罪人だということを知っているだろうに」。40 しかし,イエスは答えて彼に言われた,「シモン,わたしはあなたに言うことがあります」。彼は言った,「師よ,おっしゃってください!」
41 「ある貸し主に対して二人の人が債務者となっていました。一方は五百デナリ借りていましたが,他方は五十デナリでした。42 返すためのものが彼らに何もなかったので,[貸し主]は彼らを二人とも惜しみなく許してやりました。では,ふたりのうちどちらが彼をよけいに愛するようになるでしょうか」。43 シモンは答えて言った,「彼が惜しみなくよけいに許してやったほうの者だと思います」。[イエス]は彼に言われた,「あなたは正しく判断しました」。44 そうして,女のほうに向きながら,シモンにこう言われた。「あなたはこの女を見ていますか。わたしはあなたの家の中に入りましたが,あなたはわたしの足のための水をくれませんでした。しかし,この女は自分の涙でわたしの足をぬらし,自分の髪の毛でそれをふき取りました。45 あなたはわたしに口づけしたりはしませんでしたが,この女は,わたしが入って来た時から,わたしの足に優しく口づけしてやめませんでした。46 あなたはわたしの頭に油を塗りませんでしたが,この女はわたしの足に香油を塗ったのです。47 あなたに言いますが,このことによって,彼女の罪は,多いとはいえ,許されたのです。彼女は多く愛したからです。ところが,わずかしか許されていない者は,わずかしか愛さないのです」。48 それから彼女に言われた,「あなたの罪は許されています」。49 すると,一緒に食卓について横になっていた人々は,自分の中でこう言い始めた。「罪をさえ許すというこの人はどういう人なのだろう」。50 しかし[イエス]は女に言われた,「あなたの信仰があなたを救ったのです。平安のうちに行きなさい」。
参ヨハネ12
1それに対して,イエスは過ぎ越しの六日前にベタニヤに到着された。そこには,イエスが死人の中からよみがえらせたラザロがいた。2 それで人々は[イエス]のためにそこで晩さんを設けた。そして,マルタは給仕していたが,ラザロのほうは彼と一緒に食卓について横になっている者の一人であった。3 そこでマリアは,香油一ポンド,本物のナルドで非常に高価なものを取り,[それを]イエスの両足に塗り,ついで自分の髪の毛で彼の両足をふいて乾かした。家は香油の香りでいっぱいになった。4 しかし,弟子の一人で,彼をまさに裏切ろうとしていたユダ・イスカリオテが,5 「どうしてこの香油を三百デナリで売って,貧しい人々に施さなかったのか」と言った。6 だが,彼がそう言ったのは,貧しい人たちのことを気にかけていたためではなく,彼が盗人であり,金箱を持っていたが,そこに入れられる金を常々くすねていたからであった。7 そこでイエスは言われた,「彼女をそのままにしておきなさい。わたしの埋葬の日を見越して彼女がこの習わしを守れるようにするためです。8 あなた方にとって,貧しい人たちは常にいますが,わたしは常にはいないからです」。
四つの福音書がそれぞれ「香油の塗油」伝承を取り上げているが、大元はおそらく同じ話だったのだろう。
マタイはマルコを基にいくつか表現を変えているものと考えられるが、ルカの話はマルコとは別伝承によるものであろう。
ルカの話はマルコ・マタイのものとかなり異なっているし、置かれている位置も、マルコ・マタイでは受難物語のはじめであるが、ルカでは7章に置かれており、かなり以前の出来事とされている。
ヨハネは、マルコと同じく、「塗油」伝承を受難物語の初めにおいており、他にもマルコと重なる部分もあり、マルコを知って書いているものと思われる。
ただし、マルコと異なる箇所のすべてがヨハネの創作とは考え難い。
ルカと重なる部分もあり、マルコ以外の塗油伝承も加味しているのだろう。
マルコは「ナルド油」の注ぎを、ベタニア(BEthania)での出来事としている。
マルコ14
3そして彼がベタニアで、癩病人シモンの家にいた時に、食卓についていると、一人の女が高価な本物のナルドスの香油の小壺を持って入って来て、壺を割り、彼の頭に注いだ。
マタイ26
6イエスがベタニアに、癩病人シモンの家に来た時に、7一人の女が値段の高い香油の壺を持ってイエスのもとに進み出て、食卓についていたイエスの頭に注いだ。
参ルカ7
36あるパリサイ派の者が彼に、一緒に食事をしませんか、とたずねた。そしてそのパリサイ派の家に入り、食卓についた。37そして見よ、町で罪のある女がおり、彼がパリサイ派の者の家で食卓についていると知ると、香油の小壺を持って来た。38そして後ろに立って、彼の足もとで泣き、涙で彼の足をぬらしはじめた。そして自分の髪の毛でぬぐい、彼の足に口づけした。そして香油を注いだ。
参ヨハネ12
1それでイエスは過越の六日前にベタニアに来た。イエスが死人の中から甦らせたラザロがいたところである。2それで彼のためにその地で宴会が催された。そしてマルタが仕えた。ラザロはイエスとともに座った者の中の一人だった。3それでマリアムが高価な本物のナルドスの香油を一リトラ持ってきて、イエスの足に塗り、自分の髪の毛で彼の足をぬぐった。家は香油の香りで満ちた。
マルコ・マタイでは、前段の「イエス殺害の陰謀」の続きであり、「過越祭」の二日前という設定であるが、ヨハネでは「六日前」という設定となっている。
いずれも「ベタニア」における「塗油」伝承としている。
ルカの受難物語には「ベタニア塗油」伝承は出て来ない。
その代わりに、受難物語が始まるかなり以前の箇所に、似たような「香油注ぎ」伝承が「シモンの家」での話という設定で収められている。
マルコ・マタイも「シモンの家」での話であるが、ルカのシモンは「パリサイ派の者」であり、マルコ・マタイのシモンは「癩病人」と設定されている。
ヨハネでは、この女性がラザロの姉妹のマリアムであるとしているが、マルコ・マタイでは「一人の女」(gynE)とあるだけで、名前には言及していない。
参ルカでも、「町で罪ある女」(gynE en tE polei hEria En hamartOlos)とされているが、名前に関しては何も述べてはいない。
おそらくルカに届いた時点で「罪ある女」の伝承とされていたのであろうが、「町で」(en tE polei)は「罪ある」にかかるから、この女性は「町で罪ある」と認識されていたということであり、「売春していた女」の伝承として衆知されていたのであろう。
ルカのキリスト教は、「罪の赦し」と「悔い改め」が主要なテーマである。
ルカは、非マルコ伝承の方をこの個所に採用し、マルコの受難物語における「ベタニア塗油」伝承は削除したのであろう。
マルコでは、イエスが「ベタニア」で癩病人シモンの家に招かれた時の出来事とされているのを読んだヨハネは、「ベタニア」と言えばマルタとマリアムがいる村であると考え、この「女性」(gynE)をマリアムと設定したのであろう。
おそらくヨハネは、マルタ・マリア姉妹のことを直接知っていたものと思われる。(11:11,12、18参照)
しかし、マルコはイエスがエルサレム滞在時にはベタニアの知人宅に泊っていたということは知っていたのかもしれないが、それがマルタ・マリア姉妹の家であることは知らなかったと思われる。
ルカはマルタ・マリアに関する伝承(10:38以下)を非マルコ資料がまとめられている中間部分(9:51-18:14)で取り上げているが、定冠詞なしの「ある村」(kOmEn)としている。
参ルカ7の「罪ある女の塗油」物語では、「ある町」(tE polie)としている。
おそらくルカはマルタ・マリア姉妹がベタニアに住んでいたことは知らなかったものと思われる。
マルコとマタイでは、ナルド油は「頭に」(tEs kephalEs)注がれているが、ルカとヨハネでは、「足に」(tois podas)注がれている。
ルカとヨハネが参照した伝承では、「足に注いだ」とあったのだろうが、ヨハネは「足」なら「注ぐ」(katecheen)ではなく、「塗る」(hEleupsen)ものだろうと思い、変えたのであろう。
WTはルカの「シモン」とマルコ・マタイの「シモン」は「別人」であり、異なる出来事と解説している。
またマルコ・マタイの塗油した女性はヨハネと同じ人物のマリアであると解説している。
*** 洞‐1 1103ページ シモン,II ***
5. パリサイ人の一人。イエスはこの人の家で食事をしました。一人の罪深い女がイエスに多大の親切と敬意を示し,イエスの足に香油を塗ったのはそこでのことでした。―ルカ 7:36‐50。
6. ベタニヤの住人で,「らい病人」と言われている人(イエスがいやした人かもしれない)。キリストとその弟子たち,および復活させられたラザロとその姉妹のマリアとマルタはこの人の家で食事をしました。マリアはそこでイエスに高価な香油を注ぎました。―マタ 26:6‐13; マル 14:3‐9; ヨハ 12:2‐8。
参ヨハネには、「その地」(ekei=there)(NWT「そこで」)とあるだけで、「癩病人シモン」の家でのベタニア塗油とはされていない。「シモン」の名も登場しない。
むしろ、宴会が催された目的がラザロの復活と関連しており、「それで」(oun)マリアが香油を「持ってきた」(labousa)のだから、マルタとマリアの家での出来事のように読める。
例のごとく聖書霊感説信仰を前提とした護教主義的解釈。
マルコの「ベタニア塗油」伝承は、マルコにしては珍しい構文で始められている。
14:3の主動詞は最後に出て来る「注いだ」(katecheen)。
他の動詞の「いた時に」(ontos)「食卓についている」(katakeimenou)「持って」(echousa)割り」(syntripsasa)は、すべて分詞。
分詞構文を重ねる文体はギリシャ語としては珍しくないが、マルコでは、一つの文に分詞を重ねて使う構文はめったに出て来ない。
ギリシャ語で語られた伝承をそのまま写していると思われる時だけに限られる。(5:25,33参照)
マルコの「食卓についている」(katakeimai)の原義は「横たわる、よりかかる」。
ご存知の方も多いと思うが、ギリシャ・ローマの食事時の風習で長椅子に横たわることや椅子によりかかる姿勢から生まれた語で、「食事をする」という意味で使われる。
マタイの「食卓についている」(anakeimai)は、マルコの「食卓についている」(katakeimai)とは接頭語が異なる語を使っている。
kata=under, ana=upの違いであるが、どちらも全く同義に「食事をする」という意味で使われる。
マタイは、マルコがkata-としたので、敢えてana-としたのであろうし、マルコがana-としていたら、マタイはkata-に変えたであろう。
参ルカの36「食卓についた」(kateklithE)はマルコと同じ動詞を使っているが、分詞ではなく主動詞。
次節の37「食卓についた」(anakeiitai)は、マタイと同じく接頭語がana-。
同じ言葉の繰返しを避けただけで、同義として使っているのだろう。
マルコとルカで単語が一致するのは、「食卓につく」(katakeimai)「女」(gynE)「シモン」(simOn)「香油の小壺」(alabastron murou)ぐらい。
つまり、もともとは、イエスが「シモン」という人物の家で「食卓について」いたところに「女」が入って来て、「香油の小壺」からイエスに油を注いだ、という話にいろいろな脚色が施されて、マルコとルカのところにそれぞれ異なる形で届いたということだろう。
「香油の小壺」の「小壺」(alabastron)は、エジプトの町の名前に由来する語。
紀元前11世紀ごろの古代エジプトの町の名前だそうだが、その地で産出された石材を指す語にもなった。
透明感のある白濁色の大理石の仲間。食器や壺やランプシェードなどに加工された。
現代でもアラバスターで加工された製品はエジプト土産として人気がある。
イエス当時は特に香油を入れるための球状の小壺に加工されて普及したので、この時代のギリシャ語ではその「小壺」そのものを指す語となった。
NWTは石材の名前である「雪花石こう」と訳しているが、「小壺」ではなく「容器」。
おそらくヨハネには「一リトラ」(NWT「一ポンド」)とあるので、香水瓶のような「小壺」では小さ過ぎるで、ヨハネとの整合性を図ったのであろう。
「ナルドス」は、インド原産のヒマラヤ山脈に見られる芳香性の直物で、茎と根から赤みがかった薄い色の香油が作られたそうだ。(洞-II「甘松」参照)
マルコは「高価な本物の」(polytelous pistikEs)ナルドスの香油としているが、マタイは「値段が高い」(barytimou)香油としている。
「本物の」(pistikEs)はpistikosの属格で、pistosにもう一度形容詞語尾-kosを重ねたもの。
新約以前には用例がなく、新約でもマルコのこの個所と参ヨハネ12:3にしか出て来ない。
pistos「信実な、信頼できる」を繰り返し強調したもので「非常に信頼できる」という趣旨。
ほとんどの和訳聖書が「純粋な」か「混ぜ物のない」と訳している。
マタイはマルコの「高価な」(polytelous<polytelEs)を「値段の高い」(barytimou<barytimos)に変えた。
polyは「多くの」、barysは「重い」、timosは「価値のある」であるから、両者に大きな意味の違いはないが、マタイの組み合わせの合成語はめったに出て来ないという。
マタイは敢えてマルコと異なる珍しい語にしたのか、価値の高さを特に強調したかったのか。
マルコでは、「ある女性」(gynE)が「入って来て」(Elthen)、普通にイエスに近づくのであるが、マタイでは、おずおずとそのもとに「進み出て」(prosElthen)、近づかなければならない。
マタイのイエスが、キリスト様に神格化されているのはいつものことである。
イエスに塗油する女性の行動を見て、憤りを示す者たちがいた。
マルコ14
4何人の者が憤り、互いに(言った)、「何のために香油をこのように無駄にするのか。5この香油を三百デナリ以上で売って、貧しい人たちに施すこともできたではないか」。そして彼女をきつく叱った。
マタイ26
8弟子たちがこれを見て、憤って言った、「何のためにこのような無駄をするのか。9これを高く売って、貧しい人たちに施すこともできたではないか」。
参ルカ7
39彼を招待したパリサイ派の者が見て、自分の中で言って、言った、「もしもこの者が預言者であったら、自分にさわっているこの女が誰で、どういう由来の者であるか、わかったであろうに。この女は罪人なのだ」。
参ヨハネ12
4彼の弟子の一人であるイスカリオテ人ユダが、彼を引き渡そうとしていた者だが、そのユダが言う、 5「何故この香油を三百デナリで売って、貧しい人たちに施さないのか」。6彼がこのことを言ったのは、貧しい人々のことが気になっていたからではなく、自らが盗人であったからである。つまり、物入れをあずかっていたのだが、その中に入れられていたものを横領したのである。
自分の所有物を誰のためにどのように使おうが所有者の自由だと思うのだが、イエスの弟子たちはそれを許さないようである。
マルコでは「憤り」(aganaktountes)を示したのは、「何人の者」(tines=some)と不特定の数が主語であるが、マタイは複数の「弟子たち」(hoi mathEtai)が「憤って」(EganaktEsan)いる。
後に続く会話からして、「弟子たち」以外に考えられないが…。
ヨハネは、その「弟子」をユダ・イスカリオテただ一人にした。
ルカでは、女性の行動に不満を抱いたのは、イエスを食事に招いた家の主人「シモン」である。
ルカの「シモン」は、マルコ・マタイとは異なり「癩病人」ではなく、「パリサイ派の者」である。
またルカのシモンは、言葉に出してイエスに疑問や疑念を発したのではなく、「自分の中で言って、言った」。
しかし、ルカのイエス様は「預言者」(prophEtEs)様でもあるから、シモンの心の声を正確に聞き分けることが出来るらしく、譬えを用いた説教を始めるのである。
ルカのイエスもマタイと同じく、神格化が進んでいる。
マルコの「何人の者」(弟子たち)は、彼女を「きつく叱る」(enebrimOnto)のである。
「きつく叱る」(enebrimOnto)の原義は、en+brimaomaiで馬が怒った時の鼻息の中にあるという意味。
繰り返すが、自分の所有物をどのように使おうが他人が鼻を膨らまして憤る権利は無いと思うのだが…
しかも彼女はイエスの弟子から教えを受けて、キリスト教信者となっていたわけではない。
そもそもキリスト教自体まだ存在していないし、彼女はイエスを信頼して近づいただけだと思われる。
マルコはこの「きつく叱る」(enebrimOnto)という語を1:43の「癩病人の癒し」でも、「もしもお望みなら…」と近づき癒しを求めた癩病人に対して、癒した後のイエスに語らせている。
そこでは、イエスが彼の「イエスの治癒能力に対する信頼の欠如」に対する「怒り」を示したものと思われるが、ここでは「弟子たち」が「彼女」に対して、「怒り」を示している。
弟子たちは、「自分たちが香油を売って貧しい人たちに施す」という善行の機会を奪い、「弟子たちに対する彼女の信頼の欠如」に対して「怒り」を示したのだろう。
しかし、続く場面からすると、マルコは「この女性のイエスに対する信頼」と「弟子たちのイエスに対する信頼の欠如」を比較して、イエスに「きつく叱られる」べきなのは、「弟子たち」の方ではないか、という批判と皮肉を込めて、「きつく叱った」と言わせたのかもしれない。
マタイは、「弟子たちが彼女をきつく叱った」、とする文をまるまる削除している。
マルコのイエスは、弟子たちが彼女に対してきつく叱ったことに対して、反論する。
マルコ14
6だがイエスは言った、「この人の邪魔をするな。どうしてこの人を煩わすのか。私に良いことをしてくれたのだ。7何故なら、貧しい人はいつでもあなた方自身のところにいるし、そうしたければあなた方はいつでもその人たちに良いことをしてあげられる。だが私はいつもあなた方のもとにいるわけではない。8この人は自分にできることをしてくれた。前もって、埋葬するために私の身体に香油をつけてくれたのだ。
マタイ26
10イエスはこれを知って、彼らに言った、「どうしてこの女を煩わすのか。私に対して良いことをしてくれたではないか。11何故なら、貧しい人はいつでもあなた方自身のところに居るけれども、私はいつもあなた方のところに居るわけではない。12彼女がこの香油を私の身体に注いでくれたのは、私を葬るためにしてくれたのである。
参ルカ7
40そしてイエスが答えて彼に対して言った、「シモンよ、あなたに申し上げることがある」。彼が言う、「先生、おっしゃって下さい」。41「ある金貸しに借金をしている者が二人いた。一人は五百デナリ、もう一人は五十デナリであった。42二人とも返すことが出来なかったので、金貸しは二人を赦してやった。彼らのうちどちらがその金貸しを愛するだろうか」。43シモンは答えて言った、「より多く赦された者だと思いますが」。彼に言った、「あなたは正しく判断なさった」。44そして女の方をふりむいてから、シモンに言った、「あなたはこの女の人を見ていますか。私があなたの家に入って来た時、あなたは私に足(を洗う)ための水を下さらなかった。彼女は涙で私の足をぬらし、自分の髪の毛でぬぐってくれた。45あなたは私に口づけをしませんでした。彼女は私が入って来た時から、私の足に絶えず口づけをしてくれた。 46あなたは私の頭に油を注いで下さらなかった。彼女は私の足に香油を注いでくれた。 47この故にあなたに申し上げる、彼女の罪は多く赦されたのです。多く愛したのですから。少ししか赦されない者は、少ししか愛さないのです」。
参ヨハネ12
7それでイエスが言った、「この人の邪魔をするな。私の埋葬の日のために彼女がこれをとっておけるように。8貧しい人はいつまでもあなた方自身のところにいる。だが私はあなた方のもとにいつもいるわけではない」。
マルコのイエスは、彼女を「きつく叱った」弟子たちに対して、「この人の邪魔をするな。どうしてこの人を煩わすのか」(aphete autEn ti aute kopouus parechete)と逆に弟子たちをきつく叱るのである。
それに対しマタイのイエスは、憤って彼女に言った弟子たちに対して、マルコの「この人の邪魔をするな」(aphete autEn)を削除し、「どうしてこの女を煩わすのか」(ti kopous parechete tE gynaiki)とマルコの「この人」(aute)を「この女」(tE gynaiki)に変えて、弟子たちの方を優しく諭すのである。
マルコの「この人」(autEn,aute)は、人称代名詞の三人称単数女性形。
マタイの「この女」(tE gynaiki)は、定冠詞付き「女」の与格単数女性形。「女」というものは、というニュアンス。
マルコのイエスには彼女を擁護する気持ちが強く示されているが、マタイのイエスには彼女に対して見下している感情が込められている。
マルコのイエスは、彼女の香油注ぎに対して、「前もって、埋葬するために」(proelaben…eis ton entaphiasmon)、自分に出来ることをしてくれたのだ、と彼女の「イエスに対する信頼と愛情」を高く評価していることを弟子たちに対して伝えている。
「弟子たち」の「香油を売れば、貧しい人たちに施すこともできた」とする彼女への評価に対しては、「貧しい人はいつでもあなた方自身のところにはいるのだから、そうしたければいつでもすればよい」と彼女の行為に対する弟子たちの批判を不当なものと評価するのである。
マタイのイエスは、彼女の香油注ぎに対して、「私を葬るために」(pros to entaphiasai)した「良いこと」(ergon gar kalon)であることを認めているが、「弟子たち」の怒りを宥めるための説得の言葉としている。
「弟子たち」は、彼女の香油注ぎに対して、「このような無駄」(he apOleia hatE)をする行為であり、「高く売って、貧しい人たちに施すこともできた」のだから、「何のため」にもならない行為である、と評価する。
その評価に対してイエスは弟子たちに、「貧しい人たちはいつでもあなた方自身のところにはいるけど、私はいつまでもあなた方のところにいるわけではない」と言う。
マタイのイエスは、確かに「この女」は無駄なことをしたのかもしれないが、「私はいつまでもあなた方のところにいるわけではない」し、「この女」は、「私のために良いことをしてくれた」のだから、そんなに憤るな、と弟子たちを宥めるのである。
マルコの「私に良いことをしてくれた」(kalon ergon eirgasato en emoi)の「私に」(en emoi)には、前置詞enがついており、私のためを思って、「良いこと」をしてくれた、というニュアンスがある。
一方、マタイの「私に対して良いことをしてくれた」(ergon gar kalon eirgasato eis eme)の「私に対して」には前置詞eisがついており、garという理由を意味する接続小辞で文をつないでいる。
マタイの文には、ほかならぬ「私に対して」、良いことをしたという理由があるのだから、というニュアンスになる。
マタイには、イエスに対する彼女の行為が「前もって」(proelaben)示した「信頼と愛情の証」と評価するようなマルコの言葉は、付いていない。
ルカでは、「ある女」(gynE)が香油を注ぐ前に、イエスの「足もとで泣き、涙で足をぬらし、自分の髪の毛でぬぐう」。
主人が招待客を歓迎する時に「足を洗う」愛情を示す行為であり、ルカの大好きな「罪を悔い改め」る行為をイエスに対して示すのである。
そして、「彼の足に口づけ」をして、イエス様に対して、恭順と崇拝の行為を示すのである。
ルカでは、彼女の香油注ぎが、イエスの埋葬を見越したイエスに対する信頼と愛情から生まれた行為とはされていない。
ルカのキリスト教の主題である「罪の悔い改め」と「罪の赦し」と「愛情」の関係に沿って、イエスは「金貸しに借金している者の譬」をパリサイ派のシモンに説教するのである。
ヨハネでは、マリアムの香油注ぎに対して、裏切り者のユダが「何故売って貧しい人たちに施さないのか」と批判したとしている。
その動機は、金銭に対する欲望からであり、横領したかったからであるとしている。
ユダはイエスを「引き渡した」(paradidOmi)ために「裏切り者」とされただけでなく、ヨハネによって常々横領していた「盗人」にまでされてしまったのである。
共観福音書には、ユダがイエスを「引き渡した」(paradidOmi)ことは共通している。
マルコをベースにしているから当たり前であるが、ユダが盗人であり金箱を管理していたなどとは何処にも記されていない。
一度「悪人」のレッテルが貼られてしまうと、謂れ無き「悪事」まで背負わされてしまうのはどの社会でも世の常なのであろう。
ヨハネのイエスは、ユダに対して「この人の邪魔をするな。私の埋葬の日のために彼女がこれをとっておけるように」とマルコのイエスと同じような言葉を口にする。
しかしながら、彼女の香油注ぎの動機に言及しているわけではない。
マルコの「この人の邪魔をするな」(aphete autEn)とヨハネの「この人の邪魔をするな」(aphes autEn)の違いは、マルコが二人称複数命令形に対して、ヨハネの命令形が単数であるだけのこと。
直訳は「彼女を許せ」。
この「許す」とは何か悪いことをしたのを「許す」と言う意味ではなく、どちらも「なすがままにさせておく」という意味。
しかしマルコのイエスは「前もって、埋葬するために私の身体に香油をつけてくれたのだ」と彼女の塗油行為の動機を弁明したのであり、「私の埋葬の日のために彼女がこれをとっておけるように」などとは言っていない。
ヨハネのイエスのユダに対するこの言葉は、どういう意味なのか。
「これ」(auto)とは中性単数であり、「一リトラ」(litran)を指す。
ヨハネには「香油ナルドス」(murou nardou)という語は出て来るが、「小壺」(alabastron)という語は出て来ない。
もしも、香油の小壺を埋葬の日のために保存しておけるようにするのであれば、ここで香油を使うわけにはいかないであろう。
しかし、彼女はイエスの足に塗って、「家は香油の香りで満ちた」という。
ヨハネでは「高価な本物のナルド香油」をマルコのように「小壺」ではなく、「1リットル」持ってきた、とある。
とすれば、今は少ししか使わず、残りをイエスの埋葬の日のために残して「とっておける」(tetErEken auto)ように、という意味であろう。
ヨハネのイエスは続けて、「貧しい人はいつまでもあなた方自身のところにいる。だが私はあなた方のもとにいつもいるわけではない」とマルコのイエスと同じ言葉を言う。
ユダにも、「貧しい人はあなた方自身のところにはいつでもいるのだから、貧しい人たちに施したければ、いつでもすれば良いではないか」と言うのである。
続いて「だが私はあなた方のもとにいつもいるわけではない」とマルコのイエスと同じ言葉をユダに告げる。
しかし、彼女の塗油行為が「良いこと」であるとも「前もって」の行為であるという説明は、マルコにはあるがヨハネにはない。
おそらくヨハネは、マルコの個所を見てそのまま写しているのだろう。
マルコのイエスは彼女の塗油を高く評価し、もう一つ保証の言葉を付け加える。
マルコ14
9アーメン、あなた方に言う、福音が世界中に宣ベ伝えられるところではどこでも、この人が私にしてくれたこともまた、この人の思い出として語られることであろう」。
マタイ26
13アメーン、あなた方に言う、この福音が世界中に宣べ伝えられるところではどこでも、彼女が私にしてくれたこともまた、彼女の思い出として語られることであろう」。
参ルカ7
48彼女に言った、「あなたの罪は赦された」。49ともに食卓に座していた者たちが自分たちの中で言いはじめた、「罪を赦すなど、この者はどういう者なのだ」。50彼女に対して言った、「あなたの信頼があなたを救った。平安にお行きなさい」。
マルコの「福音」(to euangelion)は、単に定冠詞付き「福音」であるが、マタイの「この福音」(to euangelion touto)には、「この」という指示代名詞が付いている。
マルコの定冠詞付き「福音」は、基本的に「イエスの活動全体」、「イエスの生き方そのもの」を指す。
この個所の定冠詞付き「福音」もその意味に取れなくもないが、「世界中に宣ベ伝えられる」ことを前提としている「福音」であり、弟子たちによって宣教されている「福音」=「キリスト教」を指して使っているのだろう。
つまり、弟子たちが宣教する「福音」と一緒に、彼女がイエスに対してしたことも、彼女のものとして、語られるであろう、とマルコのイエスは保証するのである。
マルコとしては、弟子たちが「彼女をきつく叱り」、「彼女の邪魔をした」ことをイエスが批判したことも、彼女の行為に対して「自分にできることをして、私に良いことをしてくれた」と高く評価したことも、「福音」とともに「世界中へと」(eis holon ton kosmon)語られてゆくであろう、と言っている。
ギリシャ語が第一言語のマタイにとって、「福音」(euangelion)というギリシャ語に定冠詞をつけ絶対用法として用いることには違和感を持っており、「福音」の内容を示す形容詞が欲しいところ。
それで、マルコをそのまま写す場合を除いて、必ず「御国の」(tEs basileias)という形容詞を付け、「神の国」を告げ知らせる「福音」=「良い知らせ」という意味で用いている。
この個所でも、同じ意味で用いているのだろうが、「この」(touto)という指示代名詞だけにしている。
マルコの内容からして、彼女個人に関する話なので、「御国の」(tEs basileias)という形容詞を付けることが出来なかったのであろう。
マルコもマタイも、「この人の思い出として」(eis mnEmosynon autEs)として、「語られる」とあるが、イエスが行なったことの「思い出」として語られる、というのではなく、「彼女自身の思い出」として語られる、という意味。
後の時代、マルコとマタイの「この女性」は、ヨハネのマリアと同一視され、「マリアの思い出」として、JWの間では語られている。
ルカの「この女性」も、別の「マリアの思い出」として、世界中で広く語られている。
ルカの「罪ある女」がヨハネから「マリア」という名前だけ貰い受け、別の「マリア」だとされた。共観福音書にはイエスの遺体に香油を準備した女性の中にマグダラのマリアがいたとある。(マルコ15:47,16:1-2、マタイ28:1、ルカ23:55-56,24:1)
カトリックでは、それらが融合され(591年 グレゴリウス一世)、ルカの「罪ある女」がマグダラのマリアと同一視され、かつて遊女だったが悔い改め、イエスに従がった女性とされ、さらに伝承化されていった。
この解釈は、西方教会のみに支持され、プロテスタント、聖公会、及び東方教会では受け入れられずに終わっている。
どちらも、聖書霊感説信仰を前提とした、護教主義から生まれた創作物語である。