マルコ8:27-33 <ペテロ告白と第一回受難予告> 並行マタイ16:13-23、ルカ9:18-22

 参照マルコ9:31、10:33-34

マルコ8 (田川訳)

27そしてイエスと彼の弟子たちは出て、フィリポスのカイサリア村々へと行った。そして道すがら、彼の弟子たちにたずねて言った、「人々が何者であると言っているのか」。28彼らは彼に言って、言った、「洗礼者ヨハネであとか、他の者たちはエリヤであるとか、また他の者たちは預言者の一人であるとか」。29そして彼は彼らにたずねた、「あなた達自身は私が何者だと言っているのか」。ペテロが答えて、彼に言う、「あなたこそキリストです」。30そして、彼のことについて誰にも言うなと、彼らを叱りつけた

31そして、人の子は多く受難し、長老、祭司長、律法学者によって廃棄され、殺され、三日後に復活することになっている、と彼らを教えはじめた。32そしてこの言葉を公然と語った。そしてペテロが彼を連れだし、叱りつけはじめた。33彼はふり向いて、自分の弟子たちを見、ペテロを叱りつけた。そして言う、「私の後ろにひっこんでいろ、サタンよ。お前は神にかかわることを考えず、人間にかかわることを考えている」。

 

マタイ16

13イエスはフィリポスのカイサリア地方へと来て、弟子たちにたずねて言った、「人々は人の子が何者であると言っているのか」。14彼らは言った、「ある者は洗礼者ヨハネであるとか、他の者たちはエリヤであるとか、またその他の者たちはエレミヤであるとか、預言者の一人であるとか」。15彼らに言う、あなた達自身は私が何者であると言っているのか」。16シモン・ペテロが答えて言った、「あなたこそキリスト、生ける神の子です」。17イエスは答えて彼に言った、「バルヨナ・シモンあなたは幸いである。あなたに(そのことを)啓示したのは血肉はなく、天にいます我が父である。18私もまたあなたに言う、あなたはペテロ(petros)である。そしてこの岩(petra)の上に私の教会を建てよう。また黄泉の門これにち勝つことはできない。19あなたに天の国の鍵を与えよう。あなたが地上にて縛ることは天にても縛られ、地上にて解くことは天にても解かれるであろう」。20その時弟子たちに、彼がキリストであるということを誰にも言わないように、と指示した。

21その時からイエスは弟子たちに、自分はエルサレムへと行き、長老、祭司長、律法学者から多く受難し、殺され、三日目甦るとになっている、と示しはじめた22そしてペテロが彼を連れ出し、叱りつけはじめて言った、「とんでもない、主よ、あなたにそんなことが起こってはなりませぬ」。23彼はふり向き、ペテロに言った、「私の後ろにひっこんでいろ、サタンよ。お前は私にとって躓きとなる。神にかかわることを考えず、人間にかかわることを考えているからだ」。

 

ルカ9

18そして彼が一人で祈っている時に、弟子たちが彼のところに集まって来るということがあった。そして彼らにたずねて言った、「群衆は私が何者であると言っているのか」。19彼らは答えて言った、「洗礼者ヨハネであるとか、他の者たちはエリヤであるとか、また他の者たちは昔の預言者のうちの一人が復活したのだとか」。20彼らに言った、「あなた方自身は私が何者だと言っているのか」。ペテロが答えて言った、「神のキリストです」。21彼は彼らを叱りつけ、このことを誰にも言うなと告げて、22言った、「人の子は多く受難し、長老、祭司長、律法学者によって廃棄され殺され、三日目に甦ることになっている」。

 

参マルコ9

31というのも、彼の弟子たちを教えて、人の子は人々の手に引き渡され、人々は彼を殺し、殺された後彼は三日後に復活するであろう、と言っていたからである。

 

参マルコ10

33「見よ、我々はエルサレムに上って行く。そして人の子は祭司長、律法学者らに引き渡され、彼らは人の子を死刑に断罪し、異邦人に引き渡すであろう。34そして彼らは彼を嘲弄し、つばを吐き、鞭打ち、殺すであろう。そして三日後に復活するであろう」。

 

 

マルコ8 (NWT)

27 イエスと弟子たちは次にカエサレア・フィリピの村々に向かわれた。そして,その途中で,[イエス]は弟子たちに質問しはじめ,「人々はわたしのことをだれだと言っていますか」と言われた。28 彼らは言った,「バプテストのヨハネ,ほかの者は,エリヤ,さらにほかの者は,預言者の一人,と」。29 すると[イエス]は彼らに質問された,「だが,あなた方は,わたしのことをだれであると言いますか」。ペテロが答えて言った,「あなたはキリストです」。30 すると[イエス]は,ご自分のことをだれにも告げないようにと彼らに厳重に言い渡された。

31 また,人のが必ず多くの苦しみに遭い,年長者・祭司長・書士たちに退けられて殺され,三日後によみがえることを,彼らに教え始められた。32 実際,[イエス]ははっきりとそのことを言っておられた。ところが,ペテロは彼をわきに連れて行って叱り始めた。33 [イエス]は向きを変え,弟子たちのほうを見ながらペテロを叱り,「わたしの後ろに下がれ,サタンよ。あなたは,の考えではなく,人間の考えを抱いているからです」と言われた。

 

マタイ16

13 さて,カエサレア・フィリピ地方に来ておられた時,イエスは,「人々は人ののことをだれだと言っていますか」と弟子たちに尋ねはじめられた。14 彼らは言った,「ある者はバプテストのヨハネ,他の者はエリヤ,さらに他の者はエレミヤまたは預言者の一人と言っています」。15 [イエス]は彼らに言われた,「だが,あなた方は,わたしのことをだれであると言いますか」。16 シモン・ペテロが答えて言った,「あなたはキリスト,生けるです」17 イエスはそれにこたえて言われた,「ヨナの子シモンよ,あなたは幸福です。肉と血があなたに[これを]啓示したのではなく,天におられるわたしのがそうなさったからです。18 また,あなたに言いますが,あなたはペテロであり,この岩塊の上にわたしは自分の会衆を建てます。ハデスの門はそれに打ち勝たないでしょう。19 わたしはあなたに天の王国のかぎを与えます。何でもあなたが地上で縛るものは天において縛られたものであり,何でもあなたが地上で解くものは天において解かれたものです」。20 それから[イエス]は,ご自分がキリストであることをだれにも言わないようにと弟子たちに厳しく言い渡された。

21 その時以後,イエス・キリストは,ご自分がエルサレムに行って年長者・祭司長・書士たちから多くの苦しみを受け,かつ殺され,三日目によみがえらされねばならないことを弟子たちに示し始められた。22 すると,ペテロは彼をわきに連れて行き,「よ,ご自分を大切になさってください。あなたは決してそのような[運命]にはならないでしょう」と言って叱り始めた。23 しかし,[イエス]はペテロに背を向けて言われた,「わたしの後ろに下がれ,サタンよ! あなたはわたしをつまずかせるものです。あなたは,の考えではなく,人間の考えを抱いているからです」。

 

ルカ9

18 後に,[イエス]がひとりで祈りをしておられると,弟子たちがそのもとに集まって来た。そこで[イエス]は彼らに質問して,こう言われた。「群衆はわたしのことをだれであると言っていますか」。19 彼らは答えて言った,「バプテストのヨハネ,しかしほかの者はエリヤ,さらにほかの者は,古代の預言者の一人がよみがえったのだと[言っています]」。20 すると[イエス]は彼らに言われた,「だが,あなた方は,わたしのことをだれであると言いますか」。ペテロは答えて言った,「のキリストです」。21 すると[イエス]は彼らに厳しいことばで語り,このことをだれにも話さないようにと指示され,22 またこう言われた。「人のは必ず多くの苦しみに遭い,年長者・祭司長・書士たちに退けられ,かつ殺され,三日目によみがえらされるのです」。

 

参マルコ9

31 弟子たちに教えて,こう話しておられたからである。「人のは人々の手に引き渡されます。そして人々は彼を殺しますが,殺されても,三日後に彼はよみがえるでしょう」。

 

参マルコ10

33 「さあ,わたしたちはエルサレムに上って行きます。そして,人のは祭司長と書士たちのもとに引き渡され,彼らはこれを死罪に定めて諸国[の人々]に引き渡します。

 

 

 

 

<ペテロ告白>と<第一回受難予告>は別々の段落として解説されることが多い。

確かに、場面的には異っているとも言えるが、内容的には一つの物語となっている。

 

続く<十字架を負って>伝承も、内容的には「受難予告」の続きであり、マルコとしては本来三部構成の物語として編集したものだろう。

 

 

ただし、マタイとルカは、マルコの<ペテロ告白と受難予告>伝承をマルコとは異なる方向に大幅に修正している。

 

 

マルコでは、ペテロの「キリスト告白」に対するイエスの返答として「受難予告」が「彼らに」対してなされたという構図であり、一つの連続した物語である。

 

ただし、マルコのイエスは、ペテロの「キリスト告白」を完全否定するのであるが、マタイやルカではいわゆる「キリスト告白」を叱るのであるが、イエスは「キリスト」告白そのものを否定してはいない。

 

 

マルコのイエスは、「キリスト」告白すること自体を叱りつけ、弟子たちが当時のユダヤ教の宗教ドグマでイエスを解釈すること自体を厳しく叱っているのである。

 

マルコの「ペテロ告白」は、いわゆる「メシアの秘密」なるキリスト教ドグマとも無関係であり、むしろキリストの秘密主義に対して極めて批判的である。

 

 

 

まずマルコとマタイを節ごとに順に比較してみる。

ルカまで交えると複雑になるので、ルカの節ごとの比較は後でまとめて検討することにする。

 

マルコ8 

27そしてイエスと彼の弟子たちは出て、フィリポスのカイサリア村々へと行った。

マタイ16

13イエスはフィリポスのカイサリア地方へと来て、弟子たちにたずねて言った…

 

 

マルコの「フィリポスのカイサリアの村々」に対し、マタイは「フィリポスのカイサリア地方」。

 

「カイサリア」(Kaisareia:ギ語)と呼ばれる町は、新約中に二箇所登場する。

 

ヘロデ大王が地中海岸に新しく築いた港町で、通常は単に「カイサリア」と呼ばれる。

使徒行伝にも数多く登場する。(8:40、10:1、18:22他)

他の「カイサリア」と区別するために「カイサリア・マリティマ」(Caesarea Maritima:ラ語)、つまり、「海のカイサリア」とも呼ばれた。

 

もう一つは、ここに登場する「フィリポスのカイサリア」。

「カイサリア・フィリピ」(Caesarea Phillipi:ラ語)と呼ばれたダマスカス近くの都市。

マルコ6:17に登場するヘロデ・アンティパスの弟フィリポスが領主の町。

ガリラヤ湖から60kmほど北に位置し、もともとはパネアス(Paneas)と呼ばれていた町をフィリッポスが作り変えた。(ヨセフス『古代史』18・28)

 

「カイサリア」(Kaisareia:ギ語、Caesarea:ラ語)の字義は「カエサルの」であり、カエサル・アウグストゥスに由来する。

 

他にも、「カエサレア・マザカ」(Caesarea Mazaca)と呼ばれたカッパドキアの都市。トルコ中央部に位置する現在のカイセリ(Kayseri)。

 

「カイサレア・ヨル」(Caesarea Iol)と呼ばれたアルジェリア北西部の地中海沿岸の都市。現在のシャルシャール(Chaerchel)。

 

 

聖書の理解とは直接関係はないが、現在のイスラエル共和国の「カイサリア」とは、古代の港湾都市の「カイサリア」であり、聖書の中で単に「カイサリア」、古代文献でも「海のカイサリア」と呼ばれた歴史的な町である。

 

世界中で最も有名な「カイサリア」の町は、現在、陰謀論やイルミナティ、DSとしても有名なユダヤ系大富豪一族のロスチャイルド家の「私有都市」となっている。

 

 

マルコの「村々」を、マタイは「地方」としている。

 

「村々」ではどこの場所か漠然としているので、マタイは意味が通るように修正してくれた。

マルコとしてもその「地方」という趣旨で「村々」と言っているものと思われる。

マタイもそう解したのだろう。

 

フィリポスの支配領域には「カイサリア」以外にそれほど大きな町は存在しない。

聖書では有名な町であるベツサイダもフィリポスの領域であるが、都市化されてはいたが、その支配領域の村々はほぼすべてが「カイサリアの支配する村々」であったのだろう。

 

マルコのこの表現は、イエスが活動の拠点としていたガリラヤ地方を離れて、ユダヤ人支配領域の最北の中心都市である「フィリポ・カイサリアの村々」、つまり「ガリラヤ湖よりも北の地方」に行った、ということを言いたかったのであろう。

 

マルコのイエスの「受難の旅」は、イスラエルの最北から始まり、ユダヤの中心であるエルサレムへと向かうのである。

 

マルコのイエスは<ペテロ告白・第一回受難予告>をもって、「エルサレムへの旅」を始める。

 

「フィリポス・カイサリア」を最初として、受難予告をする度に、イエスはエルサレムに近づくのである。

 

決して後ろに下がらず、横道にそれることはない。

マタイやルカとは違ってジクザグなコースをたどることもない。

まっすぐに、一歩一歩確実にエルサレムに近づいて行くのである。

 

ここのフィリポス・カイサリア以降に登場するマルコの地名を全部、地図上に並べてみるとそのことがはっきりと理解できる。

 

フィリポス・カイサリア(8:27)→ガリラヤとカファルナウム(9:30,33)→エルサレムに向かう途中(10:32)→エリコ(10:46)→ベトパゲとベタニア(11:1)→エルサレム入城(11:11)

(太字はマルコのイエスが受難予告をした場所)

 

イエスがエルサレムに向かうのは、受難を覚悟してのことである。

死出の旅立ちであり、生涯でただ一度のエルサレムへの旅である。

それ以外の目的はマルコのイエスには存在しない。

 

マルコのイエスにとってのエルサレムは、マタイのイエスとは異なり、ダビデの都市でもユダヤ人の聖都(マタイ5:35)でもない。

 

ルカが描くような最初のキリスト教会誕生の地でもない。(使徒2章)

 

マルコのイエスは、エルサレムで夜を過ごすこともしない。

昼間エルサレムで論争して、夜になるとベタニアに戻るのである。

マルコのイエスはエルサレムで滞在することはしないのである。

 

マルコのイエスがエルサレムで過ごす唯一の夜は、逮捕され裁かれ死刑を宣告される夜だけである。

 

そして、マルコのイエスはエルサレムでは、病人の癒しをはじめとして、いかなる奇跡も行なうことはしない。

 

マタイやルカとは異なり、マルコのイエスのエルサレムの旅は、イエスが「キリスト」となるための旅ではない。

 

マルコにとってのエルサレムはあくまでもイエスを殺害した町なのである。

 

マルコのイエスの受難の旅は、敵たちから殺されるために、エルサレムへと向かう死出の旅なのである。

 

 

 

マルコ8

27…そして道すがら、彼の弟子たちにたずねて言った、「人々が何者であると言っているのか」。28彼らは彼に言って、言った、「洗礼者ヨハネであるとか、他の者たちはエリヤであるか、また他の者たちは預言者の一人であるとか」。

 

マタイ16

13…弟子たちにたずねて言った、「人々は人の子が何者であると言っているのか」。14彼らは言った、「ある者は洗礼者ヨハネであるとか、他の者たちはエリヤであるとか、またその他の者たちはエレミヤであるとか、預言者の一人であるとか」。

 

 

マルコのイエスは、弟子たちに、まず「人々は私が何者であるとっていますか」と尋ねる。

人々が語るイエスについての噂を、マルコのイエスは弟子たちに尋ねたのである。

 

それに対する弟子たちの答えは、「洗礼者ヨハネ」「エリヤ」「預言者の一人」という、ユダヤ教終末論に基づいたメシア信仰の答えをする。

 

 

マタイのイエスは、「人々は人の子が何者であると言っているのか」と尋ねる。

マルコの「私」を「人の子」に変えた。

 

イエスを終末論的黙示文学に登場する「人の子」と同一視するキリスト教ドグマを織り込もうとしているのである。

 

「人の子」信仰については、後に詳述する。

 

マタイのイエスの質問に対して、マタイの弟子たちは、ユダヤ教終末信仰論の三要素に加えて、「エレミヤ」の再臨という要素も付加する。

 

新約正典では、エレミヤの終末論的な再臨は知られていない。

唯一第四エズラ書2:17-18に登場する。

第四エズラ書自体はユダヤ教文書であるが、エレミヤの登場する部分はキリスト教の著者により二世紀ごろに付加されたものとされる。

 

新約正典で、イエスとエレミヤが結びつけて語られているのはマタイだけ。(2:17.16:13,27:9:26:61「神の神殿」の異読シナイ、AB他「エレミヤの神殿)

 

つまりマタイの「エレミヤ」に関する記述はマタイによる付加というよりも、マタイ派キリスト教会の著者による付加の可能性が高い。

 

おそらくマタイの時代から、イエスをユダヤ教終末論の三要素に加えて、「エレミヤの再臨」と解する終末論的信仰も存在していたのであろう。

 

 

マルコ8

29そして彼は彼らにたずねた、「あなた達自身は私が何者だと言っているのか」。ペテロが答えて、彼に言う、「あなたこそキリストです」。30そして、彼のことについて誰にも言うなと、彼らを叱りつけた

 

マタイ16

15彼らに言う、あなた達自身は私が何者であると言っているのか」。16シモン・ペテロが答えて言った、「あなたこそキリスト、生ける神の子です」。17イエスは答えて彼に言った、「バルヨナ・シモンあなたは幸いである。あなたに(そのことを)啓示したのは血肉はなく、天にいます我が父である。18私もまたあなたに言う、あなたはペテロ(petros)である。そしてこの岩(petra)の上に私の教会を建てよう。また黄泉の門これにち勝つことはできない。19あなたに天の国の鍵を与えよう。あなたが地上にて縛ることは天にても縛られ、地上にて解くことは天にても解かれるであろう」。20その時弟子たちに、彼がキリストであるということを誰にも言わないように、と指示した。

 

 

次いで、マルコのイエスは弟子たちに「あなた達自身は私が何者だ言っているのか」、尋ねる。

しかし、これは「あなた方は私のことを何者だと思っているのか」と尋ねているのではない。

 

 

マタイのイエスも弟子たちに、「人々は人の子が何者だと言っているか」と尋ねた後、「あなた達自身は私が何者だと言っているのか」と尋ねる。

 

マタイのイエスの問いに対して、筆頭弟子のペテロが、「あなたこそキリスト、生ける神の子」と答える。

 

弟子たちが「イエスについて何者だ、と言っているのか」というマルコのイエスの問いが、マタイでは「あなた方は私が何者だと思っているのか」、「イエスを何者だと信じているのか」という趣旨の問いになったのである。

そしてマタイのペテロは「キリスト」=「神の子」というキリスト教ドグマを答えるのである。

 

しかし、マルコのイエスは弟子たちにマタイのイエスと同じ趣旨のことを尋ねているのではない。

 

マルコのイエスが尋ねたのは、ペテロをはじめとする弟子たちに対して、「弟子たちが人々に対してどのように言っているのか」、ということである。

 

それに対してペテロたちは、「あなたこそキリスト」と答える。

 

つまり、弟子たちは、「イエスはキリストである」と言っていたと答えたのである。

 

ペテロたちは誰に対して言っていたのか。

「弟子たち」に対してではない。

イエスは「弟子たち」の信仰を尋ねているのではない。

 

イエスは弟子たちに「人々」は何者だと言っているのか、と尋ねた後、「あなた方」は何者だと言っているのか、と尋ねたのである。

その答えが、「あなたこそキリストです」という答えだったのである。

 

つまり、ペテロを筆頭として弟子たちは、ユダヤ教終末信仰論者が、イエスを「洗礼者ヨハネの甦り」、預言者「エリヤ」の臨在、あるいは「預言者の一人」である、と人々に吹聴していた、のと同様に「イエスはキリストである」と人々に吹聴していた、と答えたのである。

 

マルコにおけるペテロの信仰告白は、マルコのイエスに対する「キリスト信仰の吹聴」の告白として描かれているのである。

 

 

マルコでは、「あなたこそキリストである」というペテロの答えを受けて、イエスは「自分のことについて誰にも言うな」、と叱りつけるのである。

 

つまり、「イエスがキリストである」というようなユダヤ教の神学的解釈をして人々に吹聴するようなことはするな、とペテロを叱りつけたのである。

 

 

決して、時期が来るまで「イエスがキリストであることを」誰にも言うな、と言ったのではない。

 

マルコのイエスは、「メシアの秘密」を明らかにするのは、時期尚早だから、「誰にも言うな」、とペテロを叱りつけたりしていない。

そもそも、マルコにはイエスに関して「メシアの秘密」という神学的解釈を良しとする価値観そのものが存在しない。

 

イエスが「洗礼者ヨハネ」あるいは「エリヤ」あるいは「預言者の一人」であると噂するのと同じく、「イエスこそキリストである」というようなユダヤ教終末信仰を前提とした解釈や噂を吹聴するな、という意味で、マルコのイエスは、弟子たちに対して「誰にも言うな」と叱りつけているのである。

 

 

マルコにおいてイエスをユダヤ教の終末信仰の表象である三点セット「洗礼者ヨハネ」「エリヤ」「預言者の一人」という信仰を口にするのは、二人(組)だけである。

 

一人(組)は、洗礼者ヨハネを殺害したヘロデとそこにいた「他の者」である。(6:14-16)

前段の「ヘロデのパン種」で登場した「ヘロデ派」(HErOdianoi)、つまり「ヘロデの者たち」である。

 

もう一人(組)は、人々の噂を代弁するという形でここに登場する「イエスの弟子たち」である。(8:10-13)

 

 

前段の<天からの徴とパリサイ派のパン種>では、パン種の意味を全く理解しない弟子たちは天からの徴を求めるパリサイ派やユダヤ教の終末信仰をヘロデ派と同列に批判されていた。

 

このいわゆる「ペテロ告白」で、マルコの弟子たちは、ヘロデ派と同じくユダヤ教の終末信仰を信じ、吹聴している者として、マルコのイエスから「叱りつけられている」のである。

 

 

マルコは、「パリサイ派」と「ヘロデ派」と同様に「弟子たち」をも、イエスの敵として同列においているのであろう。

 

 

 

しかしながら、マタイのイエスは「ペテロ告白」を擁護する。

イエスの問いに、「あなたこそキリスト、生ける神の子です」とペテロはキリスト教の信仰告白をする。

 

マルコのペテロは単に「あなたこそキリストである」とイエス=キリスト論を展開しているだけである。

マルコに「生ける神の子」という句は付いていない。

 

しかし、マタイのペテロは「生ける神の子である」というキリスト教ドグマを告白するのである。

 

マルコのイエスは、マルコのペテロの「信仰告白」を厳しく叱る、誰にも言うな、と叱りつける。

 

しかし、マタイのイエスは、マタイのペテロの信仰告白に対して、「あなたは幸いである。それは神の啓示である」という最大限の評価をし、「天の国の鍵」を与えるというのである。

 

その上で、マタイのイエスは弟子たちに「自分がキリストである」ということを誰にも言わないようにと指示した、というのである。

 

マルコのイエスがペテロに対して、「イエスがキリストである」などというユダヤ教条信仰は「誰にも言うな」と叱った「絶対厳守の口外禁止命令」が、マタイのイエスでは「イエス=キリスト」ということは「メシアの秘密」として、神の啓示が与えられるまでの「一時的な緘口令」にすり替わってしまったのである。

 

マタイのペテロの「キリスト告白」は、「イエスがキリストであり神の子である」というキリスト教信仰が、天の父からの啓示であり、天の国の鍵を与える教会の岩塊となるお墨付きを与える「ペテロ告白」へとすり替わったのである。

 

マタイ16:16-19はマタイがマルコにペテロ伝承を挿入したもの。

マタイ個人の意見というよりも、マタイが属する教会の中で確立されていたペテロ崇拝の伝統をここに記したものであろう。

 

というのは、NWTは「ヨナの子シモン」と訳しているが、原文では「バルヨナ・シモン」(simOn bar iOna)とアラム語で表記しているからである。

 

確かに「バル」はアラム語で「子」の意味であるが、マタイはわざわざアラム語まじりで表記している。

マタイ教会周辺で、ペテロが「ヨナの子シモン」とギリシャ語に訳して呼ばれていたであれば、アラム語表記にはしないはずである。

マタイがペテロを「シモン・バルヨナ」と表記したのは、ペテロが固有名詞的に、アラム語まじりで「シモン・バルヨナ」と呼ばれていたからであろう。

 

マルコにはペテロを教会の祖とするようなペテロ崇拝信仰も伝承も存在していない。

 

 

 

ルカの「ペテロ告白」についても検討してみる。

 

マルコ8

27そしてイエスと彼の弟子たちは出て、フィリポスのカイサリアの村々へと行った。そして道すがら彼の弟子たちにたずねて言った、「人々は私が何者であると言っているのか」。

 

ルカ9

18そして彼が一人で祈っている時に、弟子たちが彼のところに集まって来るということがあった。そして彼らにたずねて言った、「群衆は私が何者であると言っているのか」。

 

 

まず、ルカはマルコの場面設定を変更している。

 

マルコでは、「フィリポス・カイサリア」からの「道すがら」の出来事である。

つまり、「フィリポス・カイサリア」からエルサレムへ向かう旅の最初の出来事という設定である。

 

それに対してルカは、イエスが一人で祈っている時に弟子たちが集まって来た時の設定にしている。

 

ルカの「ペテロ告白」は、ガリラヤ湖岸のベツサイダでの「五千人の供食」後に置かれており、場所としては、ベツサイダ近郊で、「イエス+弟子たち」だけしかいない場所という設定となっている。

 

マルコの「人々は私が何者であると言っているのか」というイエスの問いを、ルカは、「群衆は私が何者であると言っているのか」に変えている。

 

ルカは一貫として「弟子たち」vs「群衆」という対立構造で描いている。

ルカのイエスは、「群衆」がいないところで、「弟子たち」に対してだけは、特別な教えや説教をするのである。

 

 

マルコ8

28彼らは彼に言って、言った、「洗礼者ヨハネであるとか、他の者たちはエリヤであるとか、また他の者たちは預言者の一人であるとか」。29そして彼は彼らにたずねた、「あなた達自身は私が何者だと言っているのか」。ペテロが答えて、彼に言う、「あなたこそキリストです」。30そして、彼のことについて誰にも言うなと、彼らを叱りつけた

 

ルカ9

19彼らは答えて言った、「洗礼者ヨハネであるとか、他の者たちはエリヤであるとか、また他の者たちは昔の預言者のうちの一人が復活したのだとか」。20彼らに言った、「あなた方自身は私が何者だと言っているのか」。ペテロが答えて言った、「神のキリストです」。21彼は彼らを叱りつけ、このことを誰にも言うなと告げて、22言った…

 

ルカは、導入句で状況設定を変えた他は、ほぼマルコをそのまま写しているのであるが、マルコの「預言者の一人である」という言い方を、ルカは「昔の預言者の一人が復活したのだ」と変えている。

 

つまり、ルカは「洗礼者ヨハネ」だけでなく、「エリヤ」も「預言者の一人」も復活してくるとユダヤ教では信じていた、と解釈していたことになる。

 

しかし、ユダヤ教終末信仰におけるエリヤは「再臨のエリヤ」であり「復活のエリヤ」はない。

ユダヤ教の再臨信仰を語る場合、「昔の」という枕詞を付加することもしない。

 

ユダヤ教信者が、預言者エリヤの再臨を待望したのは、エリヤが生きたまま、死ぬことなく天に引き上げられた、(列王下2:11)と信じられていたからであり、死んで「復活」すると信じられていたのではない。

 

ルカはユダヤ教にはそれほど詳しくはないようである。

 

 

ルカは、マルコの「キリスト」(ho christos)を「神のキリスト」(ton christon tou theou)に変えている。

しかしながらマタイのように「神のキリスト」(ho christos ho huios tou theou)とは言っていない。

 

ルカとしては、「群衆」が語るユダヤ教の「メシア信仰」とは異なり、「弟子」であるペテロたちが語るキリスト教は、イエスを「神のキリスト」とする「キリスト信仰」である、と言いたいのであろう。

 

マタイにとって、イエスは「神の子キリスト」であるが、ルカにとってのイエスは「神のキリスト」なのであろう。

 

ルカは、13:35で「選ばれし神のキリスト」(ho christos ho tou theou)という形で、もう一度「神のキリスト」と表現している。

 

「神の」(tou theou)は主格的属格表現。

字義的には、「神が所有するキリスト」あるいは「神に属するキリスト」という趣旨である。

ルカとしては「神が選んだキリスト」という意味で、「神のキリスト」と言っているのだろう。

 

 

マルコ8

30そして、彼のことについて誰にも言うなと、彼らを叱りつけた。31そして、人の子は多く受難し、長老、祭司長、律法学者によって廃棄され、殺され、三日後に復活するとになっている、と彼らを教えはじめた。

 

ルカ9

21…このことを誰にも言うなと告げて、22言った、「人の子は多く受難し、長老、祭司長、律法学者によって廃棄され殺され、三日目に甦ることになっている」。

 

 

ルカはマルコの「受難予告」に関して、弟子たちを叱ったついでの発言のように描いて、次の段落に進んでいる。

 

マルコのイエスは、ペテロたちの「キリスト信仰」吹聴を叱りつけ、口外禁止令を敷いた後、受難予告をする。

 

 

マルコは、「受難予告」を三度繰り返す。(9:31、10:33-34)

 

受難予告の特色は、主語が「人の子」となっていること。

三個所とも同趣旨であるが、個々の言葉遣いはそれぞれ異なっている。

 

おそらく、第一回受難予告(8:31-33)は、伝承の言葉遣いをそのまま記しているのだろう。

第二回(9:31)は、伝承を自分の言葉遣いで簡潔に述べているのだろう。

第三回(10:33-34)になると、実際に起こったイエスの逮捕、処刑の出来事を念頭に置いて、丁寧に記そうとしている。

 

 

伝承の元は、主語が「人の子」となっていることからして、イエス自身の言葉が、元となっているのだろう。

 

イエス自身は自分のことを言う時に、「人の子は…」という言い方を好んでいたようだ。(マルコ2:10他)

 

「人の子」という言い方は、元来アラム語の表現であって、もともとは何らかの特別な意味は持たない。

 

「子」とは「その類に属する一員」という意味であり、「人の子」とは「人に属する一員」という意味に過ぎない。つまり「一人の人」、あるいは

複数形で「人間」という意味である。

 

定冠詞が付く場合と付かない場合では意味が違うという論議もあるが、キリスト教以後の話である。

 

少なくても、イエスの時代のアラム語では、定冠詞の有無で意味の違いはなく、「一人の人」、「人間」を意味し、「キリスト」あるいは「神の子」の代名詞として使われていたわけではないようである。

 

 

アラム語の「人の子」という表現がユダヤ教黙示文学に用いられることにより、「人の子」=「メシア」信仰となる。

 

そしてユダヤ人キリスト信者により、そのままギリシャ語でも「人の子」と訳されることにより、「人の子」=「キリスト」信仰がキリスト教にも導入されたのであろう。

 

 

「人の子」に「私」という意味があると書かれている解説書や辞書があるが、これは自分のことを言うのに、「私は…」という代わりに、「人の子は…」という言い方をした、ということであるという。

 

つまり、「人の子」に「私」という意味があるわけではなく、アラム語では、「人の子」を主語にして、「私は」という意味に使う表現方法がある、ということである。「私は…」という代わりに複数形にして一般化し、「人間は…」と表現したもの。

 

イエスもそのような用い方をしていたと思われるイエス伝承がある。(マルコ2:10,3:28、マタイ8:13,20,11:19、ルカ6:22,7:34他)

 

それが、アラム語にはなじみのないギリシャ語に入ると、奇妙に感じるため、異なる意味を持つと解釈される。

福音書中の「ある人」「人々」は、アラム語伝承の段階では「人の子」「人の子ら」と言われていた可能性が高い。

 

マルコ3:28にその名残りが見える。「いかなる罪も人の子らは赦される」という意味は、「人間にはいかなる罪であろうと赦されないことはないのだ」という趣旨である。

 

「キリスト」なる「神の子」には、あるいは「キリスト信者」なる「神の子ら」には、いかなる罪をも赦されるという意味ではない。

 

本来ならマルコの「人の子ら」を「人々」あるいは「人間」とギリシャ語に訳すべきところを、アラム語人間のマルコは字義通りに「人の子」の複数形にギリシャ語に訳してしまったのであろう。

 

一般には、イエスに関する伝承をアラム語からギリシャ語に訳した人たちは、普通の意味の「人の子」は単に「人」と訳したと思われる。

 

しかし、「人の子」という表現がメシア的な意味、もしくはイエスの独自性を表現している場合には、アラム語表現のまま「人の子」と直訳したものと考えられる。

 

それで、キリスト教においては「人の子」=「イエス」である場合には、=「キリスト」という趣旨であると解釈されたのであろう。

 

しかしながら、この「人の子」=「メシア」という解釈の元は、キリスト教にあるのではない。

旧約のダニエル7:13-14に由来する。

この個所のダニエル書はアラム語で書かれている。

「見よ、人の子のような者が天の雲に乗って来て、日の老いたる者のもとに来ると、その前に導かれた。彼に主権と名誉と支配とを賜り、諸国民、諸民族、諸言語の者を彼に仕えさせた。その主権は永遠の主権であって、なくなることがなく、その国は滅びることがない」

 

JWにはおなじみの旧約箇所である。

 

しかし、ダニエル書の場合の「人の子」という表現には、「メシア」という意味があるわけではない。

あくまでも「人の子のような者」、つまり「人間のような姿をした天的存在」という比喩的表現である。

 

これまでは、「四つの大きな獣」が順に世界を支配していた。

それに対応する終末論における「人の子」の世界支配である。

古代オリエントおよびヘレニズム王朝の世界支配が「獣」に比喩されているのに対し、「終末」つまりダニエルの時代の現在の世界が終わって新しい世界が始まる時には、もはや「獣」ではなく、「人間のような姿をした天的存在」が永遠に世界を支配するようになるだろう、という黙示文学的希望を比喩したものである。

 

ダニエル書のこの比喩がユダヤ教黙示文学に受け継がれ、エノク書や第四エズラ書でさまざまに展開されている。

 

 

イエス自身がアラム語人間であり、自分自身のことを指して、「私」という意味で「人の子」と表現する言い方をすることが度々あった。

 

「人の子」を主語とするイエスのロギオン伝承は、実際のイエスが語ったものもあれば、キリスト教化された「人の子」として、イエスが語ったと解され伝承化されたものも存在する。

 

 

しかしながら、イエスは単に「私」あるいは「人間」という意味で「人の子」という表現を使うだけではなく、ユダヤ教黙示文学的終末論における「人の子」を意識して、自分に適用したであろうと思われる伝承も確かに存在する。

 (参照『イエスという男』p375-80田川健三著)

 

マルコのイエスは、あくまでもマルコを投影したイエスであり、実際のイエスと同一ではない。

マタイのイエスもルカのイエスも同様である。

 

「人の子」を主語としたイエスの伝承を見極めるにはさまざまな要素が関係してくる。私には判別出来ない箇所も出て来る。

 

 

「人の子」に関する論議は、登場個所で随時確認することとして、第一回受難予告に戻ろう。

 

 

マルコ8

31そして、人の子多く受難し、長老、祭司長、律法学者によって廃棄され、殺され、三日後に復活することになっている、と彼らを教えはじめた。32そしてこの言葉を公然と語った。そしてペテロが彼を連れだし、叱りつけはじめた。33彼はふり向いて、自分の弟子たちを見、ペテロを叱りつけた。そして言う、「私の後ろにひっこんでいろ、サタンよ。お前は神にかかわることを考えず、人間にかかわることを考えている」。

 

マタイ16

21その時からイエスは弟子たちに、自分はエルサレムへと行き、長老、祭司長、律法学者から多く受難し、殺され、三日目甦るとになっている、と示しはじめた22そしてペテロが彼を連れ出し、叱りつけはじめて言った、「とんでもない主よあなたにそんなことが起こってはなりませぬ」。23彼はふり向き、ペテロに言った、「私の後ろにひっこんでいろ、サタンよ。お前は私にとって躓きとなる。神にかかわることを考えず、人間にかかわることを考えているからだ」。

 

 

マルコの受難予告で登場するイエスの「人の子」(8:31)という表現も、「私は…」という意味でイエスが「人の子」を主語として発言したものが元となっているのだろう。

 

イエス自身が実際に自分の悲劇的最期を予測して発言していたものが、死後、伝承されていく中で、初期キリスト教団により言葉遣いがキリスト教の神学的理念に合うように整えられ、伝承されていったのであろう。

 

受難予告に「復活」予告を加えたのはイエスではなく、初期キリスト教団であるが、マルコは「三日後に」、マタイとルカでは「三日目に」となっている。

 

「復活」に関しても、マルコは「復活する」(anistEmi)であるが、マタイとルカは「甦る」(egeirO)と異なる語を当てている。

 

「復活する」(anistEmi)の原義は、(ana-+stEmi)で「上に立つ」、「寝ているのを起こす(立ち上がらせる)」の意。

自動詞で「起きる」。「復活する」の意味で用いる場合には原則として自動詞。

この語を使う時には「自らの力」もしくは「自らのうちに内在する力」により立ち上がる、復活する、という意識が働いている。

 


「甦る」(egeirO)の原義は、「眠っているのを目覚めさせる」。

原則として他動詞で「甦らせる」、あるいは受身形で「甦らされる」。

つまり「甦る」(egeirO)という語には、神が「甦らせる」、神によって甦らされるという趣旨。

この語を使う時には、「復活」には「神の力」が関係しているという意識が働いている。

 

この二つの動詞はすでに意味が交錯しており、「復活する」という意味の場合、どちらも同義に用いられていた。

 

マルコの場合、終末における世の人々の「復活」や洗礼者ヨハネなどイエス以外の人物の「復活」については、「甦る」(egeirO)を用いる。

イエスの「復活」については、原則として「復活する」(anistEmi)を用いている。

例外は14:28と16:6では「甦る」(egeirO)を用いている。

つまり、マルコ本論の13章までは、イエスの復活に関しては「復活する」(anistEmi)を用いるが、14章以降の受難復活物語では、「甦る」(egeirO)を用いている。

 

マタイとルカはここでは二人とも「甦る」(egeirO)を受身形(egerthEnai)で用いている。

 

ルカは、イエスの受難予告に関しては「甦る」(egeirO)の受身形(egerthEnai)を用いているが、「預言者」の復活に関しては、「復活する」(anistEmi)を用いている。

おそらくマタイもルカもこの二つを区別せずに、同義に用いているのだろう。

 

パウロは「復活」に関しては「復活する」(anistEmi)という語を一切用いない。

イエスの場合でも他の人間の場合でも一貫して、パウロは「甦る」(egeirO)の受身形(egerthEnai)を用いる。

パウロにとって「復活」とは、常に「神によってなされる」ものなのであろう。

 

マタイやルカの時代には、「復活」の意味では、パウロ的な言い方である「甦る」(egeirO)の受身形(egerthEnai)を用いるのが一般的だったのだろう。

 

 

マタイは、マルコの「受難し、廃棄され」の「廃棄され」を削った。

その結果、マルコでは、「廃棄され」にかかるが、マタイでは「長老・祭司長・律法学者から」、多く受難することになった。

ルカはマルコの「三日後」を「三日目」にしているだけで、ほぼそのまま写している。

 

「廃棄され」は、(apodokimazO)という動詞の受身形。

ヘブライ語のma’as「無用なものとして捨てる、軽蔑する」という語の訳語として用いられている。

 

この語は、初期キリスト教の伝統においては、二つのことなったギリシャ語の単語に訳されている。

 

詩篇117(118):22を引用する場合に、マルコ12::10では、「廃棄する」(apodokimazO)が用いられ、使徒4:11では、「ないがしろにする」(exoutheneO)と別のギリシャ語が用いられている。

ほぼ全く同じ文が別々の語で訳されているのである。

 

七十人訳は「ないがしろにする」(exoudeneOであるがexoutheneOと同じ意味)が用いられている。

 

この違いが生じたのは、すでにパレスチナのアラム語のキリスト教会では、イエスの受難に関して、ヘブライ語のma’as「無用なものとして捨てる、軽蔑する」という語が使われていた、ということを示している。

 

それがギリシャ語の伝承となった時に、別々の訳語があてられて、それぞれがさらに伝承されていったものと考えられる。

 

メシアあるいは預言者あるいは義人が人々に馬鹿にされ、蔑ろにされて、捨てられるという考え方は、詩編117(118):22だけでなく、すでに当時のユダヤ教においては広く広まっていた。

 

マタイは、マルコのアラム語伝承に由来する「廃棄され」という語を使う理由が理解できなかったので削ったのだろう。

 

マルコの「三日後」に対し、マタイとルカは「三日目」。

パウロも「書物に従って三日目」(1コリ15:4)としている。

 

マルコがなぜ「三日後」にしたのか不明。

「三日目」も「三日後」も同じことだと思っていたのか。

第二回、第三回もマルコは「三日後」でマタイ・ルカは「三日目」

ただしルカの第二回には「引き渡される」とあるだけで、「三日目」とは書かれていない。

 

 

マルコの「ペテロ告白」おいて、マルコのイエスはペテロたちの「キリスト」吹聴告白に口外禁止令を与えた上で、「叱りつけている」

 

それを受けたマルコのイエスの「受難予告」を今度は、ペテロがイエスを連れ出し、「叱りつけはじめる」。

 

そのペテロの行動に対して、再びマルコのイエスは「ひっこんでいろ、サタンよ。」という厳しい言葉でペテロを叱りつける。

 

マルコでは、三度「叱りつける」という語を使い、イエスとペテロの意見の対立の厳しさを描き出している。

 

 

 

マルコのイエスは「受難予告」を誰に対して告げたのか。

 

マタイのイエスは、「受難予告」をはっきり、「弟子たちに」「示しはじめた」としている。

マタイにとって、イエスの「受難予告」は、群衆を除外した「弟子」限定の「メシアの秘密」扱いなのである。

 

マルコの「受難予告」が「ペテロ告白」の続きとして読むのであれば、「彼ら」とは「弟子たち」を指す。

つまり、イエスは「弟子たち」に対して「受難予告」をし、彼らを教えはじめた、と読むことになる。

 

しかし、それぞれが別の段落として読むのであれば、イエスが教えはじめた「彼ら」とは、「弟子たち」に限定されず、単にそこにいた「人々」を指すことになる。

 

次いでマルコのイエスは「この言葉」(受難予告)を公然と語った、のである。(NWT「はっきりと言った」)

マタイとルカは、この句を削っている。

 

「公然と」の原文ギリシャ語は、parrrEsia=(pAs+rEsis)であるから、「全部を言うこと」。

包み隠さない、おおっぴらな、という趣旨。

 

NWTだけではないが、イエスが「言った」対象は、「弟子たち」であり、イエスは「弟子たち」に対しては包み隠さずに、あるいははっきりと言った、と護教的に解釈される。

 

 

しかし、そう解釈するには若干の疑問が生じる。

ペテロはイエスを連れ出して、叱りはじめる。

このペテロの行動は、不特定多数の人々の目に触れないところに連れ出して、こっそりイエスを叱りはじめた、という趣旨である。

 

「弟子たち」だけに「受難予告」をしたというのであれば、ペテロがイエスを「連れ出す」という行動は、無意味な行動に思われる。

 

というのは、次にイエスは「自分の弟子たちを見、ペテロを叱る」からである。

ペテロが他の弟子たちをイエスから引き離す理由がない。

イエスはペテロだけでなく、弟子たちに対しても叱りつけているのだから、ペテロが他の弟子たちの目に触れないところにイエスを連れ出す必要はないはずである。

 

とすれば、イエスが「公然と」あるいは「はっきりと」語った「受難予告」は「弟子たち」に対してだけではなく、「人々」に対しても、「公然と」語った、という意味に解することもできそうである。

 

そのように解釈すれば、「受難予告」の続きである次節とも素直に繋がる。

 

34そして群衆を自分の弟子たちとともに呼び寄せ、彼らに言う、「もしも誰かが私の後に従ってきたいと思うならば、自分を否定し、自分の十字架を負って、私に従ってくるがよい。

 

「受難予告」をしたマルコのイエスは、「弟子たち」だけに教えたのではなく、「群衆」も呼び寄せて、「公然と」語り、つまり「弟子たち」だけではなく、「群衆」を含めた「彼ら」を教えはじめた、と読めるのである。

 

 

マルコにおける「ペテロ告白」と「受難予告」の若干のつながりの悪さは、元来は別々の伝承であったものを一つの物語に仕立てたことによる齟齬なのだろう。

 

 

マタイやルカでは、マルコにおけるイエスとペテロの厳しい対立は緩和されている。

 

マルコでは、「受難予告」をイエスが公然と語った時、ペテロがイエスを連れ出して、叱りはじめた、という設定である。

 

マタイは「そしてこの言葉を公然と語った」というマルコの句を削り、「とんでもない、主よ、あなたにそんなことが起こってはなりませぬ」というペテロの台詞を付加した。

 

マルコでは、イエスが「公然と語った」時、ペテロがイエスの行動に意義を唱える。

つまり、イエスが「弟子たち」だけに教えるのではなく、「群衆」に対しても「公然と」教えようと語った時に、ペテロはイエスを叱りつけはじめた、と読めるのである。

 

そう読むと、次にイエスが「群衆を自分の弟子たちと共に呼び寄せた」イエスの行動が理解できるのである。

 

ペテロに代表される弟子たちが、イエスに関するイエスの教えを自分たちだけで独占しようとして、イエスが「公然と語る」、つまり「群衆」に対しても教えようとすることをペテロたちは好ましく思わず、イエスを連れて行って、叱りはじめた。

 

イエスはペテロたちのそのような姿勢を、「サタン」であり、「人間に関わることを考えている」と叱りつけ、群衆を弟子たちと共に呼び寄せ、再び群衆にも教えはじめた、と読めるのである。

 

とすれば、マルコにおける「人間に関わること」とは、イエスの教えをユダヤ教的進学論として解釈し、キリストの教えとして、弟子たちが独善的に解釈しようとしている姿勢を「サタン」として、イエスは叱りつけた、とも読めることになる。

 

「神に関わること」とは、弟子たちのように独善的にキリストを解釈して、救済論を独占して群衆を支配しようとするような姿勢ではなく、「群衆」も「弟子たち」も区別なく、イエスの教えを学ぶ姿勢を指している、と読めることになる。

 

 

それに対し、マタイのペテロが、イエスを連れ出して叱るのは、図らずもイエスの受難予告を否定することになるが、イエスの行く末を案じてのことである、という設定になっている。

 

マタイのイエスは、ペテロに対し、「ひっこめ、サタンよ」と拒否するが、「おまえは私にとって躓きとなる」と言う。

イエスの身を案じ、行く末に対して、不幸なことにならないようにと願うことは、「躓き」である、というのである。

マタイのイエスは、その「躓き」を「人間に関わることを考えている」と指摘するのである。

 

つまり、マタイのイエスにとって、「神に関わること」とは、「受難予告を遂行すること」を指しており、イエスがキリストになるための道を妨げてはならない、たとえ人間味のある同情心であろうと、神の使命を果たすことの決意を弱めさせることは「躓き」であり、「人間に関わること」であり、「サタン」である、ということになる。

 

 

 

ルカは、マルコの「受難予告」に関するペテロとの会話をすべて削っている。

「ペテロ告白」に関しても、登場人物はイエスと弟子たちだけであり、ペテロは「神のキリストです」と答えるだけである。

 

ルカのイエスは、ペテロの答えに対して、「彼ら」を叱りつけ、弟子たち全員に緘口令を敷く。

「彼ら」とは、ペテロをはじめとする「弟子たち」を指しており、このルカの話の中で「群衆」は登場しない。

 

「ペテロ告白後」の緘口令続けて、「受難予告」をし、続けて「十字架を負って」の説教が始まったという構図である。

 

マルコのイエスは、続く「十字架を負って」の冒頭で、「そして群を弟子たちと共に呼び寄せ、…」説教を始める。

 

それに対し、ルカのイエスは「だがすべての者たちに対して言った、…」と言って説教を始める。

 

マルコの「そして」(kai)を、ルカは「しかし」(de)に変えた。

マルコが前の句と順接につないでいるのに、ルカは逆接にした。

 

マルコのイエスが「受難予告」をした「彼ら」を「弟子たち」だけと解しても「群衆+弟子たち」と解しても、ペテロを叱る話はペテロや弟子たちに関わる話である。

 

しかし、「十字架を負って」伝承で、これから話す説教は重要であるから、「弟子たち」だけではなく、いつもイエスの話に耳を傾ける「群衆」をも呼び寄せて、「彼らに言う」、という構図になっている。

 

 

しかし、ルカはマルコの「群衆を呼び寄せた」とするイエスの行動を削除し、「群衆」ではなく「すべての者たち」に対して、説教をはじめた、という構図に変えた。

 

ルカは「すべての者たち」に「群衆」を含めることを拒否したのである。

ルカでの登場人物は「イエス」と「弟子たちだけ」であるから、この「すべての者」とは三部作の連続した話として読むと「弟子のすべての者」ということになる。

 

「十字架を負って」を別段落として読むと、「すべての者」とは「弟子たち以外の者」を指すことになる。

 

どちらにしても、ルカは「群衆」に対しても「弟子たち」に対して重要な話をしようとしているマルコのイエスから、「群衆」を締めだし、「弟子たち」だけのイエスにしようとしているのである。

 

ルカの「群衆」嫌悪と「弟子たち」を重要視する偏愛姿勢がよく表われている箇所の一つである。

 

 

以上が、マルコ、マタイ、ルカにおける「ペテロ告白」と「受難予告」の三者三様のイエスと弟子たちとの関係である。






「受難予告」と次段の「十字架を負って」との繋がりに関しては、次回もう一度、触れたいと考えています。