マルコ7:21-23 <穢れについての論争>7
マルコ7
21すなわち、人間たちの心の中から悪しき考えが出て来る。淫行、盗み、殺人、22姦淫、むさぼり、諸悪行、欺瞞、放縦、悪い目、冒瀆、思い上がり、愚かさ、23こういった悪はすべて中から出て来て人間を穢すのである」。
マタイ15
19すなわち、心から出て来るのは、悪しき考え、殺人、姦淫、淫行、盗み、偽証、冒瀆である。20こういったものが人間を穢すものであって、洗わない手で食べることが人間を穢すのではない」。
マルコでは「人間の心から出る」十二の「悪しき考え」が並べられている。
NWTは「害になる推論」。
組織批判につながる推論を「害」として封じたいのだろう。
*** 目 14/11 15ページ 清さ ***
聖書は何と述べているか 前述のとおり,聖書は,「肉と霊のあらゆる汚れから自分を清め」るよう勧めています。イエス・キリストの時代,ユダヤ人の宗教指導者たちをはじめ多くの人は,身体的清さを保つことに躍起になっていましたが,道徳的また霊的な規準を無視していました。(マルコ 7:1‐5)イエスは,物事を正しい視点から見るよう勧め,『外から入って行くものは何一つとしてその人を汚すことができません。それは,腸の中に入って行き,それから下水に出て行くからです』と言いました。そして,さらにこう述べています。「人から出て来るものが人を汚すのです。内側から,つまり人の心から,害になる推論が出て来るのです。すなわち,淫行・盗み・殺人・姦淫・貪り・邪悪な行為・欺まん・みだらな行ない・ねたむ目……理不尽さです。これら邪悪な事柄はみな……人を汚します」。―マルコ 7:18‐23。
イエスによれば,体の衛生に関する極端な見方を持ちながらも神の道徳的また霊的な規準を無視する人は,外側はきれいでも内側が汚いコップのようです。―マタイ 23:25,26。
「考え」(dialogosmos)の原意は「(心の中で)言葉をかわすこと」。
ただし、マルコが並べている項目は、ほぼすべて単なる考えではなく実行行為である。
つまり、そのような悪徳行為は、元をただせば、人間の悪しき「考え」から生み出されたものである、ということ。
必ずしも区別できない概念も並べており、おそらく十二の数字に合わせたのであろう。
最初の六項目は複数形で、後半の六項目は単数形。
複数形の悪徳六項目を「悪しき考え」と総称し、単数形の悪徳六項目を最後に「こういった悪」とまとめている。
しかしながら、前後半で、複数と単数に意図的に形を整え、6+6の12の数に揃えただけで、特別な意味はないものと思われる。
12はユダヤ人が好きな縁起の良い数字である。
マタイは最初の「悪しき考え」を全体の総称として、六項目だけに縮めている。
単にマルコの十二項目のうち重複する項目を削除して六項目にした、というわけではない。
マタイには、マルコには登場しない「偽証」が加わっている。
マルコは、淫行、盗み、殺人、姦淫、むさぼり…。
マタイは、殺人、姦淫、淫行、盗み、偽証、冒涜。
最後の「冒涜」を除いて、この順番はモーセの十戒の後半部分と一致。
父と母を敬え、という項目は論争話に登場する。
ユダヤ教において「冒涜」は重大な悪とされていたことはイエスの裁判からも明らか。
つまり、マタイは十戒における神と安息日に関する規定を除いた戒律を意識して、ここに並べているのである。
マタイはここでもユダヤ教と調和させるキリスト教を構築しようとしていたことが理解できる。
マルコは、「こういった悪はすべて中から出て来て人間を穢す」と結んでこの論争話を締めている。
「長老たちの伝承」や「自分たちの伝承」や「受け継いでいる多くのこと」は「人間の戒め」を教えとして教えているに過ぎず、「人間から出て来て」、「人間の外にあるもの」に過ぎない。
そんなものが中に入ろうと、排泄物として便所に捨ててしまえばよろしい。
ユダヤ教の存在そのものの是非に対する批判、否定である。
「悪しき考え」や「悪」がユダヤ教の存在の中から出て来て、長老たちや自分たちの伝承を「人間の戒めを教えとして教えて」おり、人間を穢すものとなっているのだ。
律法学者やパリサイ派だけでなく、エルサレムのキリスト教会も「このように」同じことをして、「ものわかりが悪く」、人間を穢すものとなっている、というのがマルコの主張と結論である。
マルコとしては、本質的にイエスの言葉を聞く耳を持たないユダヤ教も似たようなキリスト教も便所に捨ててしまえ、とでも言いたいのであろう。
マタイは、「洗わない手で食べることが人間を穢すのではない」と結び、食事の規定に関する「汚れ」と清めに関する「穢れ」の問題に逆戻りしている。
「洗わない手で食べる」弟子たちを批判したパリサイ派たちは、十戒の倫理規定を遵守しない「悪しき考え」から出て来て、人間を穢すのである、というのがマタイの主張と結論である。
マタイは、マルコのユダヤ教の存在否定を、個人あるいは一部の人々の「悪しき考え」が「人間を穢す」という問題に矮小化させ、ここでもユダヤ教とキリスト教の融合を図ったのであろう。
最後に、イエスと当時のユダヤ教生活について、新約のイエス伝承から想像できる実像について簡単に考察してみる。
ユダヤ教における安息日には、会堂で集会が開かれていた。
その集会では、律法と預言者からそれぞれその日のテキストが選ばれており、ヘブライ語で読み上げられていた。
しかし、当時の民衆はすでにヘブライ語を理解できなくなっていたので、それが、パレスチナではアラム語で、ヘレニズム諸都市ではギリシャ語で、翻訳されて読みあげられていた。
イエスも安息日に会堂で朗読し、「教え」を説いた(マルコ1:21)と伝えられている。
実際にはマルコにあるように会堂が主催する集会において、自分で好きなところを開いて、預言の成就であるかのように自分に適用して解説するなどということは許されていなかった。
しかしながら、イエスは旧約の律法や預言者について、かなりの知識と教養を有していたことが推察される。
ここから先は想像に過ぎないが、イエスは最初のうちは、律法をよく知っている「優秀な」青年として安息日に会堂で時々語っていたのだろう。
朗読や律法に関しても壇上から話すこともあり、話の内容の面白さから、多くの人々に知られるようになっていった。
やがて、自らの言葉で自らの主張を語るようになると、会堂の管理者の側も好ましく思わないようになる。
イエスの方も会堂での説教という枠から出て、積極的に外に出て行くようになる。
イエスの活動は会堂から野外へと移って行き、あちこちの家の中であったり、屋外であったり、行き合わせた場所での論争であったり、と変貌していったのであろう。
イエスの話は、会堂の中ですでに従来の律法解釈の枠を一歩踏み出した話をしていた。
やがて人々の衆目を集めることとなり、かなりの人々に知られるようになっていたのであろう。
いずれにしても、イエスは自分の活動の場としての会堂は捨てていった。
イエスはその気になれば律法学者になれる可能性をはらみながら、むしろ批判的にその道を放棄したのであろう。
イエスの発言の中で、旧約聖書に言及する時には、いくつかのパターンがある。
主として、不可侵の神の言葉としてではなく、単に描写のための言葉遣いとして利用している場合。
マルコ4:32「木が大きくなった」というために「大きな枝を出し、その陰には空の鳥が宿れるほどだった」と表現する。
これは、旧約のどの句の引用というよりも、旧約のあちこちに出て来る言い回しを利用したものである。(ダニ4:12、エゼ17:23,31:6、詩編104:12)
旧約の言葉を他の旧約の言葉で批判する場合。
マルコ10:1-12「離婚に関する論争」、マルコ12:35-40「キリストがダビデの子であるのにどうして「主」と呼べるのかという論争」
旧約そのものを逆接的に批判する場合。
マルコ12:29-34「愛の戒めにおいて」。
律法学者に対してユダヤ教の「愛」を論破する際に、申命記6:4-9と民数記15:34-41のシュマの祈りを引き合い出して第一と第二の掟とした「愛」に関する論争。
この論争話は、旧約全体を神と隣人に対する「愛」に統合させたとする、いかにもキリスト様らしいイエス物語として解説されることが多いが、実態は逆接的反論である。
いささか説明を要する問題なので、詳しくはマルコ12章の通読の際に触れることにしたい。
イエスは決して旧約聖書の、もしくは預言者の精神を基準にして、そこから現在を批判しているのではない。
彼が目指していたのは、宗教復興でも原点回帰でもない。
イエスが、律法学者は預言者の墓を立てている、と言って批判する時、それは彼らが預言者の精神を曲げている、と言って批判しているのではない。
現に預言者の精神を曲げてはいるものの、イエスの批判の本質は、律法学者たちが実際には虚妄と偽善に満ちていながら、自分たちの行為を預言者に帰せられた絶対的権威の後光を借りて、権威付けしていることを批判しているのである。
そういう形式的権威をかつぎ出して、支配しようとする行為は、預言者の活動を否定することである。
それゆえ、イエスは律法学者を預言者殺しに加担していると批判したのである。
イエスのユダヤ教批判は、社会支配のイデオロギー的機構としてのユダヤ教を十分にその実質に食い入って批判している。
しかしながら、イエスは決してユダヤ教に代わるより「本質的」な宗教を目指そうとした、というのではない。
マタイやルカのイエスでさえ、ユダヤ教の中で生きていながらユダヤ教を批判しているイエスを描いているだけである。
イエスの律法批判が時として律法そのものを根本から覆す視点にまで到達しているのは事実である。
しかしながら、イエスが常に一貫して非常に徹底した律法批判をなし続けていた、と想像するのは無理があろう。
法が社会の支配構造の中でどのように機能するかについての深い洞察と徹底的な分析がなければ、不可能な相談である。
やはり、イエスも時代の子なのである。
(参照『イエスという男』田川健三)