マルコ7:1-23 <穢れについての論争>1 並行マタイ15:1-20、参照ルカ11:37-41
マルコ7 (田川訳)
1そして彼のもとにパリサイ派と、エルサレムから来た何人かの律法学者とが、集って来る。2そして彼の弟子たちの何人かが穢れた手でパンを食べているということを知って、というのは洗わない手ということだが―――3つまりパリサイ派や、ユダヤ人はみな、こぶしで手を洗わなければ食べることをしない。これは長老たちの伝承に固執しているのである。4そして広場からだと、身を洗わなければ食べることをしない。ほかにも多くのことを受け継いで、固執している。杯やコップや銅鉢を洗うことなどである。―――
5そしてパリサイ派と律法学者はイエスに問う、「何故あなたのお弟子さんたちは長老の伝承に従って歩まず、穢れた手でパンを食べるのか」。6彼は彼らに言った、「イザヤはあなたたち偽善者についてうまいことを預言して言っている。この民はくちびるで私を敬うが、その心は遠く私から離れている、7いたずらに私を礼拝し、人間の戒めを教えとして教えている、と書かれているように。8あなた達は自分たちの伝承に固執しているのだ」
9そして彼らに言った、「あなた達は自分たちの伝承を確立するために、よくも神の戒めを捨ててくれたものだ。10すなわちモーセは、汝の父と汝の母を敬え、また、父や母を悪く言う者は死をもって終わらねばならぬ、と言っているのに、11あなた達は、誰かが父や母に、あなたが私(の持っている物)の中から使おうとしていらっしゃるこの物はコルバーン、すなわち献納物なんです、と言えば、12その者は父や母にもはや何もしなくてよろしい、としている。13こうしてあなた達は自分達が伝承した自分達の伝承でもって神の言葉を無効にしているのだ。またほかにも似たようなことを多くやっておいでだ」。
14そして再び群衆を呼びよせて、言った、「みな、私の話を聞いて、理解するがよい。15人間の外から人間の中に入ってきて、人間を穢すことのできるものなぞない。人間の中から出て来るものが人間を穢すものなのだ。16もしも聞く耳を持つ者がいるなら、聞くがよい」。
17そして群衆を離れて家に入った時に、彼の弟子たちがこの譬えについて彼にたずねた。18そして彼らに言う、「あなた達までこのようにものわかりが悪いのか。外から人間の中に入ってくるものはすべて人間を穢すことなぞありえない、ということがわからないのか。19それは人間の心の中に入ってくるのではなく、腹の中に入り、そして便所に出て行くだけだ、ということが」。(イエスは)すべての食べ物を清いとしていたのである。20また言った、「人間から出て来るものが人間を穢す。21すなわち、人間たちの心の中から悪しき考えが出て来る。淫行、盗み、殺人、22姦淫、むさぼり、諸悪行、欺瞞、放縦、悪い目、冒瀆、思い上がり、愚かさ、23こういった悪はすべて中から出て来て人間を穢すのである」。
マタイ15
1その時、イエスのもとにエルサレムからパリサイ派と律法学者がやって来て、言う、2「何故あなたのお弟子さんたちは長老たちの伝承を踏みはずすのか。パンを食べる時に、手を洗わないではないか」。
3彼は答えて彼らに言った、「あなた達もまた何故、あなた達の伝承によって、神の戒命を踏みはずすのか。4神は言っている、父と母を敬え、また父や母を悪く言う者は死をもって終わらねばならぬ、と。5あなた達は、父か母に、あなたが私(の持っている物)の中から使おうとしていらっしゃるこの物は献納物なのです、と言う者は、6自分の父を敬わなくてもいい、としている。こうしてあなた達はあなた達の伝承でもって神の言葉を無効にしている。
7偽善者よ、イザヤはあなた達についてうまいこと預言して言っている。8この民はくちびるで私を敬うが、その心は遠く私から離れている、9いたずらに私を礼拝し、人間の戒めを教えとして教えている、と」。
10そして群衆を呼びよせて、言った、「聞いて、理解するがよい。11口の中に入って来るものが人間を穢すのではなく、口から出て来るものこそが人間を穢すものなのだ」。
12その時、弟子たちが進み出て、彼に言う、「パリサイ派がこの言葉を聞いて躓いたのをご存知ですか」。13彼は答えて言った、「天の我が父がお植えにならなかった植物は、すべて根から抜かれるであろう。14彼らをほっておくがよい。彼らは道案内をする盲人である。盲人が盲人の道案内をすれば、どちらも溝に落ちることになる」。
15ペテロが答えて彼に言った、「この譬えを説明して下さい」。16彼は言った、「あなた方まで、まだものわかりが悪いのか。17口の中に入って来るものはすべて、腹へと進んで行き、便所へと飛び出るだけだ、ということが分からないのか。18口から出て来るものは心から出て来るのであって、それが人間を穢すのである。19すなわち、心から出て来るのは、悪しき考え、殺人、姦淫、淫行、盗み、偽証、冒瀆である。20こういったものが人間を穢すものであって、洗わない手で食べることが人間を穢すのではない」。
参ルカ11
37話している時に、あるパリサイ派の者が彼に、自分のところに午餐の食事に来てくれるように、とたずねた。彼は入って、席に着いた。38パリサイ派の者はそれを見て、彼が午餐の前にまず身を洗わなかったことをいぶかった。39主はその者に対して言った、「さてと、あなた方パリサイ派の者たちは杯や膳の外側を清める。だがあなた方の内側は強欲と悪とに満ちている。40無考えな者たちよ、外側を作った者が内側も作ったのではないのか。41むしろ、できるものを慈善として与えよ。そして見よ、一切があなた方にとって清くなる。
マルコ7 (NWT)
1さて,エルサレムから来ていたパリサイ人と幾人かの書士が彼のまわりに集まった。2 そして,彼の弟子のある者たちが汚れた手,つまり洗ってない[手]で食事をするのを見た時― 3 というのは,パリサイ人とすべてのユダヤ人は,昔の人たちからの伝統を堅く守って,手をひじまで洗わなければ食事をせず,4 市場から戻ったときには,水を振り掛けて身を清めなければ食事をしないからである。そして,杯と水差しと銅器のバプテスマなど,彼らが受け継いで堅く守る伝統はほかにもたくさんあったのである― 5 それで,これらパリサイ人と書士たちは彼にこう尋ねた。「あなたの弟子たちが昔の人たちからの伝統にしたがって行動せず,汚れた手で食事を取るのはどうしてですか」。6 [イエス]は彼らに言われた,「イザヤはあなた方偽善者たちについて適切に預言しました。こう書いてあります。『この民は唇でわたしを敬うが,その心はわたしから遠く離れている。7 彼らがわたしを崇拝しつづけるのは無駄なことである。彼らは,教理として人間の命令を教えるからである』。8 あなた方は神のおきてを捨て置いて,人間の伝統を堅く守っているのです」。
9 [イエス]はさらに続けてこう言われた。「あなた方は自分たちの伝統を保とうとして,巧妙にも神のおきてを押しのけています。10 たとえば,モーセは,『あなたの父と母を敬いなさい』,そして,『父や母をののしる者は死に至らせなさい』と言いました。11 ところがあなた方は,『もし人が自分の父や母に向かって,「わたしの持つものであなたがわたしから益をお受けになるものがあるかもしれませんが,それはみなコルバン(つまり,神に献納された供え物)なのです」と言うならば』と言います ― 12 あなた方はもはやその人に,自分の父や母のために何一つさせないのです。13 こうしてあなた方は,自分たちが伝えた伝統によって神の言葉を無にしています。そして多くのこれと同様の事をあなた方は行なっています」。14 それで,群衆を再び自分のところに呼んでからこう言われた。「あなた方はみな,わたし[が話すこと]を聴いて,その意味を悟りなさい。15 外から入って行ってその人を汚すことのできるものは何もありません。人から出て来るものが人を汚すのです」。16 ――
17 さて,[イエス]が群衆から離れてある家に入られると,弟子たちがこの例えについて彼に質問しはじめた。18 それで[イエス]はこう言われた。「あなた方も彼らのように悟る力がないのですか。外から入って行くものは何一つとしてその人を汚すことができないことに気づいていないのですか。19 それは,[その人の]心の中にではなく,腸の中に入って行き,それから下水に出て行くからです」。こうして[イエス]はすべての食物を清いとされたのである。20 さらにこう言われた。「人から出て来るものが人を汚すのです。21 内側から,つまり人の心から,害になる推論が出て来るのです。すなわち,淫行・盗み・殺人・22 姦淫・貪り・邪悪な行為・欺まん・みだらな行ない・ねたむ目・冒とく・ごう慢・理不尽さです。23 これら邪悪な事柄はみな中から出て来て,人を汚します」。
マタイ15
1その時,エルサレムからパリサイ人と書士たちがイエスのところに来て,こう言った。2 「あなたの弟子が昔の人々からの伝統を踏み越えているのはどうしてですか。たとえば,食事をしようとするときに,彼らは手を洗いません」。
3 [イエス]は答えて言われた,「あなた方も自分たちの伝統のゆえに神のおきてを踏み越えているのはどうしてですか。4 たとえば,神は,『あなたの父と母を敬いなさい』,そして,『父や母をののしる者は死に至らせなさい』と言われました。5 ところがあなた方は,『自分の父や母に向かって,「わたしの持つものであなたがわたしから益をお受けになるものがあるかもしれませんが,それはみな神に献納された供え物なのです」と言うのがだれであっても,6 その者は自分の父を少しも敬ってはならない』と言います。こうしてあなた方は,自分たちの伝統のゆえに神の言葉を無にしています。7 偽善者よ,イザヤはあなた方について適切に預言して言いました,8 『この民は唇でわたしを敬うが,その心はわたしから遠く離れている。9 彼らがわたしを崇拝しつづけるのは無駄なことである。人間の命令を教理として教えるからである』」。10 そうして,群衆を近くに呼んでこう言われた。「聴いて,その意味を悟りなさい。11 口の中に入るものが人を汚すのではありません。口から出るものが人を汚すのです」。
12 その時,弟子たちがやって来て彼に言った,「あなたの言われたことを聞いてパリサイ人たちがつまずいたのをご存じですか」。13 [イエス]は答えて言われた,「わたしの天の父がお植えになったのでない植物はみな根こぎにされます。14 彼らのことはほっておきなさい。彼らは盲目の案内人なのです。それで,盲人が盲人を案内するなら,二人とも穴に落ち込むのです」。15 ペテロはそれにこたえて言った,「その例えをわたしたちに分かりやすくしてください」。16 すると[イエス]は言われた,「あなた方もまだ理解していないのですか。17 口の中に入るものはみな腸に進んで行き,下水に排出されることに気づいていないのですか。18 しかし,口から出るものは心から出て来るのであり,それが人を汚します。19 たとえば,心から,邪悪な推論,殺人,姦淫,淫行,盗み,偽証,冒とくが出て来ます。20 これらは人を汚すものです。しかし,洗ってない手で食事を取ることは人を汚しません」。
参ルカ11
37 [イエス]がこれを話し終えると,ひとりのパリサイ人が,一緒に食事をしてくれるようにと頼んだ。それで[イエス]は中に入り,食卓について横になった。38 ところが,そのパリサイ人は,彼が正さんの前にまず洗うことをしないのを見て驚いた。39 しかし主は彼に言われた,「では,あなた方パリサイ人たち,あなた方は杯や皿の外側は清めますが,あなた方の内側は強奪と邪悪でいっぱいです。40 道理をわきまえない人たち! 外側を作った者は内側も作ったのではありませんか。41 それでも,憐れみの施しとして,内側にあるものを与えなさい。そうすれば,見よ,あなた方に関して[ほかの]すべてのものは清くなるのです。
マルコ7章は、マルコ4章と極めて類似した構造をしている。
4章は、譬話で7章はパリサイ人との論争物語という違いはあるが、イエスと群衆との関係、イエスと弟子たちとの関係、弟子たちの無理解、譬や論争の解説という一連の流れが、どちらにもサンドイッチ型として登場する。
そこから、見えて来るのは、表面上は、イエスvsパリサイ人と律法学者という構造であるが、その裏には、4章と同じく、イエスvs弟子たちという構造が隠れているのである。
つまり、マルコのイエスがパリサイ人を非難している言葉は、そのまま同じようにイエスの弟子たちを非難している言葉となっているということである。
7:1-13は、弟子たちの行動に関するパリサイ派たちとイエスとの間に生じた具体的な「穢れに関する論争」物語である。
14以降の、4章の構造と7章の構造を比較してみる。
状況設定
4:1-2 「そして再び海辺で教えはじめた。そして彼のもとに非常に多くの群衆が集って来る。…そして彼らを譬話でいろいろと教えるのであった。…」
7:14 「そして再び群衆を呼び寄せて、言った、「みな、私の話を聞いて理解するがよい」。
どちらも、「弟子たち」ではなく、「群衆」に対して、イエスが教えるという構図が設定されている。
4:3-8 「種まく者の譬」話
7:15 穢れの論争の論点に関するイエスの答えとなる比喩的言葉
4章と7章では、譬と論争の置かれている位置は異なるが、7:15「人間の外から人間の中に入ってきて…人間の中から出て来るものが人間を汚すものだ」という言葉は、1-13の論争に対する批判となるイエスの中心概念が置かれている。
4:9 「聞く耳を持つ者は聞くがよい」。
7:16 「もしも聞く耳を持つ者がいるなら、聞くがよい」。
NWTは、7:16を原文とはみなさず削除しているが、一部の写本の読みに従ったもの。(シナイ、BLΔほか)ネストレは旧版も新版もこの文を削除している。KIも削除している。
しかし、カイサリア系、西方系、A写本ほかその他多数の写本は一致してこの句を入れている。
4章と7章とのマルコの編集構造からしても、原文には入っていたと読むのが妥当。
4:10 場面の交代
7:17 場面の交代
4章では「十二人と一緒に彼のまわりに居た人たちが…」とあり、7章では「群衆を離れて…彼の弟子たちが…」とある。
どちらも、「弟子たち」はイエスの言葉を理解できない存在として描かれており、それゆえ「譬え」の解説についてイエスにたずねる、という設定になっている。
4:11-12 いわゆるメシアの秘密の根拠と解されるイエスの言葉。
7章には、いわゆるメシアの秘密に相当するイエスの言葉は存在しない。
4:13 「そして彼らに言う」から始める、弟子たちの無理解に対するイエスの非難。
7:18 「そして彼らに言う」から始まる、弟子たちの無理解に対するイエスの非難。
4章の「あなた方はこの譬を理解しないのか」の「理解しない」は「理解する」の部分否定ではなく、「理解する」ことの完全否定。
7章の「あなた達までこのようにものわかりが悪いのか」の「あなた達まで」は非常に強調されており、「ものわかりの悪さ」は否定辞+「理解ある」の合成語。強い否定感情を示している。
4:14-20 譬話の解釈。
7:18-23 穢れに関するイエスの言葉に対する解釈。
4章と7章がほぼ同じ構造で書かれていることが理解できると思う。
つまりマルコは4章で展開した「弟子たち」批判を7章でもくり返しているのである。