マルコ5:21−43 <ヤイロの娘と長血の女の癒し>④
マルコ
35彼がまだ話しているうちに、会堂司のところから人々が来て、言う、「あなたの娘さんは亡くなりました。どうしてこれ以上先生を煩わせることがありましょうか」。36イエスはその言われた言葉をはたで聞いて、会堂司に言う、「恐れるな。ただ信ぜよ」。
マタイ
23そしてイエスは長老の家に来て、笛吹きや騒いでいる群衆を見て、24言った、「引っ込みなさい。少女は死んだのではなく、眠っているのだ」。そして人々は彼のことを嘲笑した。
ルカ
49彼がまだ話しているうちに、会堂司のもとから人が来て、言う、「あなたの娘さんは亡くなりました。もう先生を煩わせないでください」。50イエスは聞いて、彼に答えた、「恐れるな。ただ信ぜよ。そうすれば彼女は救われるだろう」。
マルコでは、ヤイロの娘が亡くなったという知らせは、「会堂司のところからの人々」によってヤイロにもたらされる。
長血の女を治療した時には、まだ娘の死亡をイエスは知らずにいた。
イエスは、会堂司の人から報告を受けるのではなく、ヤイロへの伝言をはたで聞き、娘が亡くなったこと知る。
マタイでは、すでに「娘が死んだ」という報告をヤイロから受けており、長血の女を癒す前に、ヤイロの娘の死を知っていたことになっている。
ルカはほぼマルコの文を写しており、マタイのような状況設定の変更はない。
ただし、マルコでは会堂司から「来た」のが「人々」(原文は「来た」という動詞の三人称複数形)と複数であるのに対し、ルカでは「「来た」のが「人」(原文は「来た」という動詞の三人称単数形)と単数形に変えている。
マルコでは、会堂司からの人々の報告を受けたヤイロに対してイエスは「恐れるな。ただ信ぜよ」と告げる。
マタイでは、ヤイロに対するイエスの言葉は削除されている。
初めから、死んだ娘を生き返らせることができることをヤイロが信じていた、という設定になっているからであろう。
弟子たちも「また従った」(9:19)のであり、ヤイロと同じ信仰を持っていた、という設定である。
ルカは、マルコのイエスの言葉に「そうすれば彼女は救われるだろう」という言葉を付加した。
キリスト様の救済信仰を読み込んでいる。
マルコ
37そして、ペテロとヤコブと、ヤコブの兄弟ヨハネ以外は誰も一緒に来ることを許さなかった。38そして会堂司の家に来る。そして騒ぎと、ひどく嘆いたり叫んだりしている人たちを見る。39そして中に入って、彼らに言う、「何故騒いだり、泣いたりするのか。子どもは死んだのではなく、眠っているのだ」。40そして人々は彼のことを嘲笑した。彼はというと、すべての人を外に追い出し、子どもの父親と母親と、自分と一緒にいた者たちを連れて子どもがいた場所に入る。
マタイ
23そしてイエスは長老の家に来て、笛吹きや騒いでいる群衆を見て、24言った、「引っ込みなさい。少女は死んだのではなく、眠っているのだ」。そして人々は彼のことを嘲笑した。
ルカ
51家の中に入る時、ペテロとヨハネとヤコブと、子どもの父親と母親以外は誰も一緒に入ることを許さなかった。52すべての者が泣いて、彼女のことを悼んでいたのだが、彼は言った、「泣くな。死んだのではなく、眠っているのだ」。53そして人々は、彼女が死んだのを知っているので、彼のことを嘲笑した。
マルコでは、ヤイロの家に来ることになった弟子は、ペテロ、ヤコブ、ヨハネの順。
マルコは』一貫してヤコブの名をヨハネの前においている。
ヤコブの兄弟ヨハネとあるように、ヤコブの方が兄だったのでからであろう。
ヤイロの家に来たのは、イエスのほかは、ヤイロと三人の弟子。
ヤイロは「信ぜよ」というイエスの言葉に従って行動したものであるが、弟子たちに対するイエスの言葉はない。
弟子たちはイエスの言葉を信じて一緒に来たのではなく、来ることを許されたので、イエスとヤイロについて行った、という位置付け。
マルコでは、娘のいた場所に入る際には、子供の父、母、次に弟子たち、という順番。
弟子たちは、イエスを信頼して常にイエスに従った存在ではなく、最後まで、単にイエスと「一緒にいた者たち」(5:40)という設定である。
マタイでは、弟子の名前に対する言及はない。
ルカでは、ヤコブとヨハネの順番が逆になり、ペテロ、ヨハネ、ヤコブとヨハネを前に置いている。
ルカの執筆当時、ペテロは十二弟子の筆頭として知られており、ネロによる迫害で殉教したとされる。
キリスト教の創設メンバーの一人であり、教会のレジェンド的地位が確立されていたので最初。
ヤコブは44年ごろアグリッパ一世の弾圧時に殉教した(使徒12:1-2)が、ヨハネはまだ存命中であり、ルカの時代には既に亡くなっていたヤコブより、ヨハネの方の影響力が強かったのであろう。
それでマルコの順番を変え、ヨハネを先に置き、ペテロ、ヨハネ、ヤコブの順にしたのであろう。
ただし、マルコに合わせて、ペテロ、ヤコブ、ヨハネの順にしている写本も多数存在する。
lectio diffilicior の原則からして、原文の読みとするのはあり得ない。
マルコでは、長血の女を癒し、ヤイロの家に向かう時点で三人の弟子たちだけが同行したという構図。
イエスと一緒に他の弟子たちは同行することを許可されていない。
マルコでは、イエスたちは、すでに「家に来て」、「中に入って」いるので、「家の中に入る」時ではなく、中にいる「すべての人たち」を外に追い出し、「子どもがいた場所」に入る。
マタイでは、「家に来て」、「群衆を見て」と「群衆が追い出されると、中に入り」とある。
イエスは家の外にいて、中にいる群衆を追い出し、中に入るという構図。
弟子たちの立ち合いに関する言及はない。
ただし、結びに「この噂がその他全体に広まった」とあることからすると弟子たちが噂に一役買っているという設定なのかも。
あるいは、追い出された群衆が噂を広めたという可能性もあるが、復活現場にはおらず、マタイの弟子重用主義、並びに緘口令に関する言及がないことを考えると前者の可能性が高いと思われる。
ルカでは、「子どものいた場所」に入る時ではなく、「家の中に入る」時点で、ペテロとヨハネとヤコブと子どもの両親以外が入ることを許可しなかったという構図。
ペテロとヨハネとヤコブ以外の「弟子たち」もヤイロの家まで来たのであるが、三人以外の弟子たちは家の中に入ることは許可されなかったという構図に書き変えた。
マルコの「ひどく嘆いたり叫んだりしている人たち」とは、葬式の時に「泣く」ことを仕事にして、嘆いたり叫んだりしている人たちのこと。
家族や友人たちが悲しんでいる様子ではない。
家族の心の痛みなどお構いなしに、大騒ぎして「泣く」のが仕事。
彼らに対して、「何故騒いだり、泣いたりするのか」と諌め、イエスは「子どもは死んだのではなく、眠っているのだ」と告げる。
イエスのことを「嘲笑した人々」も「彼ら」であるが、原文は「嘲笑した」という動詞の三人称複数形。
外に追い出した「すべて人」も彼らを指している。
「弟子集団」以外のキリスト信仰未信者である特定のグループの「群衆」という意味ではない。
おそらく、原伝承は他人の不幸を利得の手段としている「泣き」商売に対するイエスの嫌悪感を表現したものであったのだろう。
マルコ当時、そのイエス伝承を弟子集団がキリスト伝承に仕立て直して流布させていたものと推定される。
マタイでもマルコと同じ趣旨であり、「子どもは死んだのではなく、眠っているのだ」というイエスの言葉はそのまま採用している。
ただし、マルコの「何故騒いだり、泣いたりするのか」という言葉を、「引っ込みなさい」(anachOreite)という命令に一喝し、「笛吹きや騒いでいる群衆」に対する言葉としている。
マタイにおける「群衆」とはイエスを嘲笑した存在であり、「中に入る」ことのできない、イエスから「追い出された」存在として扱われている。
ルカは、「泣く」者たちとは、「彼女のことを悼んでいた」のであり、葬式の「泣き」商売人ではない、という設定に変更。
マルコやマタイのように、イエスから追い出される存在ではなく、娘の両親と共に娘の死を悼む存在。
それでイエスから「泣くな」と慰められる存在とした。
しかし、これらの「人々」は「死んだのではなく、眠っているのだ」というイエスの言葉を「嘲笑した」、不信心の人々として描かれている。
「人々」の原文は「笑った」という動詞の三人称複数形で主語が明示されているわけではない。
しかし、ルカにとって彼らの存在は、烏合の衆である「群衆」と同じ位置づけなのだろう。
マルコ
40…彼はというと、すべての人を外に追い出し、子どもの父親と母親と、自分と一緒にいた者たちを連れて子どもがいた場所に入る。41そして子供の手をつかんで、言う、「タリタ・クーム。訳すと、少女よ、あなたに言う、起きよ」。42そしてすぐに少女は起きた。そして歩む。すでに十二歳だったからだ。そして人々は大きな驚愕をもって驚愕した。43そして彼らに、このことを誰も知ることがないように、と強く指示した。そして、彼女に食べ物を与えるようにと言った。
マタイ
25群衆が追い出されると、中に入り、彼女の手をつかんだ。そして少女は起きた。26そしてこの噂がその地全体に広まった。
ルカ
54彼は彼女の手をつかんで、声を出して言った、「子よ、起きよ」。55すると彼女の霊がもどってきて、即座に立った。そして彼女に食べ物を与えるようにと命じた。56そして両親は驚愕した。彼は彼らに、起こったことを誰にも言わないようにと告げた。
マルコでは、子どもの手をつかみ、イエスが「タリタ・クーム」というアラム語を発し、命令すると、「少女は起きた」。
「タリタ」は「少女」ないし若い女性。
「クーム」は「立つ」という動詞の三人称男性命令形(シナイ、B、C、L、f1他)。
これを「クーミ」という三人称女性形に直している写本も多い。(A、Θ、f13、他多数)
カイサリア系写本も「クーム」である。
三人称男性形は、一般的に三人称単数全体にも用いられたそうである。
文法的には女性形の「クーミ」が正しいが、アラム語を知っていた初期写本家が訂正してくれたものが、後代の写本に入り込んだものだろう。
「タリタ・クーム」というアラム語を呪文のように用いることにより、異国語の持つ呪術的な効力を信仰したもの。
梵語の念仏が実際の効果を持つと信じるような、アニミズム的言霊信仰。
マルコの「そしてすぐに」は文頭を示すマルコの口癖の「kai euthys」。
文字通りの意味で「すぐに」という意味の奇跡の奇跡性を強調するためのものではない。
NWTは、「そして」と「すぐに」を分解して、「すぐに」を「起き上がる」にかかる副詞に訳す。
「すぐに起き上がって歩きはじめた」と奇跡の奇跡性を強調する表現に盛っている。
原文は「起きた。そして歩く。」
マタイでは、アラム語のイエスの言葉による命令は省略され、「手をつかむ」だけで、「少女は起きる」という奇跡が生じる。
マタイではキリスト様が命令するアミニズム的呪文言葉は必要ではなく、ただ「手をつかむ」というキリスト様の行為があれば、奇跡は生じることになっている。
キリスト様の超能力がパワー・アップしている。
ルカは基本的にマルコを踏襲しているが、イエスのアラム語は削除。
マルコのギリシャ語訳の「娘」(korasion)を「子」(pais)に変えて、「子よ、起きよ」。
ルカはマルコの口癖の「そしてすぐに」(kai euthys)を文字通りの時間的な意味の「直ちに」という意味に読み、「そしてすぐに」(parachrEma)と副詞を付加した。
これも奇跡の奇跡性を強調したもの。
マルコの「驚愕した」は奇跡物語における結びの常套句。
文字通り、大勢の人々が「狂喜のあまり我を忘れて」(NWT)驚愕した、というよりも「このような驚くべき事柄が起きたのであった」という奇跡物語の結びのようなもの。
そのような結びの言葉に加えて、奇跡の現実性を添えるような一言を加えることも、奇跡物語の常套手段。
ここでは「彼女に食べ物を与えるように」」という指示を与えている。
食事をするようにという指示が与えられているのだから、実際に少女が生き返ったという現実感を強調しているのである。
マルコ1:31の「彼女は彼らに仕えた」という一文が最後に加えられているのも、同じ手法。
シモンの姑が熱病から癒された奇跡が実際に起きたことを強調するためのもの。
奇跡物語に付随する常套手段。
他にも、2:12「床をかついで出て行った」や5:13「豚が湖で溺れて死んだ」という一文も、全身麻痺の男が癒された証拠であり、悪霊が豚に乗り移ったことの証拠として、リアリティを強化するために付加されている一文。
マルコとルカでは、「このことを誰も知ることがないように」、「起こったことを誰にも言わないように」という指示をイエスが与えているという構図を取っている。
マルコでは、この指示は「彼ら」対するものである。この「彼ら」とは、42節の不人称的三人称複数の「人々」を指すのではなく、40節の「子どもの両親」と「イエスと一緒にいた弟子たち」を指すのであろう。
ルカでは、イエスの「緘口令」は「両親」に対するも指示であり、「弟子たち」は対象外とされている。
この内密の緘口令は福音書の奇跡物語に限らず、多くの奇跡物語に見られる「奇跡の秘密主義」。
つまり、奇跡が生じるためには、限られたごく少数の当事者の場所でなければ生じないことを示すための神秘を演出すためのもの。
奇跡行為者と病人に限定された当事者間でしか奇跡は生じない。
もしくはごく少数の関係者しか立ち合うことができない場面を構築することにより、奇跡の神秘性を高め、奇跡の信憑性と有難味を高めようとする心理的効果を狙ったものだろう。
奇跡の信憑性を高めるための効果を狙った戯曲的演出。
逆に、奇跡が公衆の面前で行なわれ、大きな印象を与えた、という構成で、奇跡の信憑性を高めようとする演出もある。
これも奇跡物語の常套手段である。
マタイはこちらの演出方法を採用した。
マタイは、マルコとは異なり、「この噂がその地全体に広まった」として、奇跡物語の信憑性を高めようとしたのであろう。
ルカはマルコをほぼ踏襲しているので、物語の構成に大きな変化はない。
しかしながら、ところどころに奇跡の奇跡的効果を高めるための付加がある。
「彼女の霊がもどってきて、即座に立った」という一文も奇跡の現実性を高めるための手法。
当時の人々は、空気の動きことを「霊」と呼んでいた。
つまり、死んで呼吸しなくなる状態は「空気の動き」が無くなることであるから、「霊が出て行った」と表現した。
逆に「霊がもどって来た」のであれば、「空気の動き」が再び生じ、息をするようになる。
文字通り「息を吹き返した」ので、生き返り、「即座に立つ」ことが出来るのである。
ルカでは、マルコのようなアラム語の呪文は必要ではなく、ギリシャ語の言葉を発するだけで、奇跡は生じるようになっている。
イエスが発した言葉はアラム語だけである。
イエスがギリシャ語を話したとする証拠は新約中のどこにもないのだが…。
この物語の冒頭で、マルコが「大勢の群衆が集まって来て、イエスは海のほとり(ガリラヤ湖畔)に居た」という導入句は、マルコ4:1-20<種まく者の譬と解説>物語の導入句と同じ設定である。
<種まく者の譬>と<譬の解説>との間に<いわゆる譬話論>をサンドイッチさせている点でも、<ヤイロの娘と長血の女の癒し>は、同じ構造をとっている。
マルコ4章の<種まく者の譬話とその解説>では、イエスの「福音」(生き方と教え全体)に対する「弟子たち」の無理解と群衆と共にあるイエスを描くことにより、教団的権力主義に対する批判を展開していた。
<ヤイロの娘と長血の女の癒し>の話では、ヤイロと女の「イエスに対する信頼」と「弟子たち」の「イエスに対する不信と無理解」とが対比されている。
イエスはヤイロに「恐れるな。ただ信ぜよ」(mE phobou monon pisteue=no afraid,only believe)と告げ、ヤイロはイエスに「信頼」(pistis)を持ち、イエスの言葉に従い、家に行く。
他方、「弟子たち」はイエスに同行することを許されるが、イエスの言葉に「信頼」を持つ存在として描かれているわけではない。
「長血の女」の物語では、むしろイエスの言葉に無理解な存在として描かれている。
「ヤイロの娘」の後半物語でも、単にイエスと「一緒にいた者たち」という位置付けである。
ヤイロと長血の女はイエスの言葉に対する「信頼」あるいは「信仰」を抱いており、イエスと共に奇跡を体験する存在である。
一方、「弟子たち」はイエスと一緒にいて奇跡を体験する存在ではあるが、イエスの言葉を「信頼」しているわけではない。
むしろイエスの言葉に「異議」を申し立てる存在として描かれている。
しかしながら、マタイとルカでは、マルコに描かれているこの弟子批判の精神はすっかり消されており、キリスト万歳、キリスト賛歌の表現に変えられている。
本来ならイエスの「弟子たち」はイエスの最も良き理解者であり、イエスの言葉の追随者であるべきである。
しかし、マルコの描き出す「弟子たち」はイエスの言葉を理解せず、むしろイエスの足を引っ張る存在である。
本来ならイエスの近くにいる人々は「信頼」に価すべき存在であるはずであるが、実は「敵対」する人々、あるいは「無理解」な人々というマルコの描き方は、続く六章のイエスの家族の物語にも続いて行く。
マルコのイエスは、いつでも権力とは無縁の「群衆」と共にある存在として描かれていく。