マルコ5:21−43 <ヤイロの娘と長血の女の癒し>③
マルコ
25そして十二年間も長血を患っている女がいて、26大勢の医者によってひどく苦しめられ、全財産を無駄に費やし、それが何の役にも立たず、かえって悪くなり、27イエスのことを聞いて、群衆にまじって来て、後ろからその衣にさわった。28彼の衣にでもさわれば自分は癒されるだろう、と言っていたのである。
マタイ
20そして見よ、十二年間も長血の女が進み出て、後ろから彼の衣の裾をさわった。21彼の衣にだけでもさわれれば自分は救われるだろう、と心の中で言っていたのである。
ルカ
43そして十二年間も長血を患っている女がいて、医者のために自分の生活費をすべて使い果たしてしまったのだが、誰にも癒してもらうことができなかった。44この女が進み出て、後ろから彼の衣の裾をさわった。…
マルコとルカでは、「長血の女」の過去歴についての説明があるが、マタイには「十二年間も長血の女が」とあるだけ。
マタイはマルコの詳しい過去歴を削除した。
ルカはマルコの「全財産」「自分の資産をすべて」NWT(ta par heautEs panta:the-things beside her all)を「自分の生活費をすべて」(holon ton bion:whole the livelihood)としており、マルコとは異なる表現となっている。
NWTは「医者のために自分の生活費をすべて使い果たしてしまったのだが」という句を省いている。
この句は、P75、バチカン写本他、シリア語訳とコプト語訳の一部が削除している。バチカン重視の読みに従ったもの。
しかしながら、もしも、ルカにこの句がなかったのであれば、マルコの表現とは異なることが問題となる。
マルコに従って補ったものであれば、マルコと同じ表現になるはずだからである。
おそらくルカがマルコの文を整えながら採用したのであろう。
あるいはP75とバチカン写本の削除は写本家が見落としたのか?
マルコでは、女が「イエスのことを聞いて」近づくのであるが、「聞いて」とは、奇跡的治療行為者としてのイエスに関する伝聞を「聞いて」という趣旨であろう。
マタイとルカは、おずおずと「進み出て」、イエス様に近づく。
マルコのようにこそこそと「群衆にまじって」近づき、キリスト様であるイエスに触れるなどという不敬なことは許されないのであろう。
イエス様に近づくためには「進み出る」必要があるのである。
キリスト信仰の読み込み。
マルコでは、この「女」は「彼の衣にでもさわれば自分は癒されるだろう」と実際に言葉に出して、言っていた。
マタイは、この女が実際に口に出して言っていたのではなく、「心の中で」言っていたことにした。
さらに、病気が「癒される」のではなく「救われるだろう」と言っていたことにした。
病気治癒の希望からキリスト信仰による救済へとシフトさせている。
マルコの「衣」をマタイとルカは「衣の裾」と強調。
マタイとルカはキリストの救済信仰の有難味を強化させたいのだろう。
NWTはマタイとルカも「衣の房べり」と訳す。
マルコでは、この「女」はイエスに直接触れてもらい癒されることを望んでいるものの、それがかなわないなら「衣」にでもふれるなら癒されるだろう、というイエスの病気治癒能力に対する信頼を持っていた。
マタイでは、イエスに直接触れてもらい病気治癒を願うなどという厚かましい願いは初めから抱いておらず、初めからイエスの「衣」でだけでも触れることができるのであれば救われるだろう、という信仰を持っていたようだ。
マタイとルカでは、女が「ふれた」のはマルコの「衣」ではなく、「衣の裾」となっている。
そうするなら「即座に血の流れが止まる」ようである。
病気が癒され、救われるためには、「進み出る」だけでなく、衣に触れるにしても、「衣の裾」でなければならないのである。
マタイとルカによれば、キリスト様には、おずおずと卑屈なまでの謙虚な精神で近づき、キリスト様に対する信仰をもって「進み出る」精神態度が求められるようである。
NWTはマタイとルカの「衣の裾」を「外衣の房べり」と訳し、脚注で「房べり」(kraspedou:fringe)とは「縁飾り、飾り房」を指すと註解している。
民数記15:38の規定にイエスが従がっていたとする前提での解釈を読み込んだもの。
ギリシャ語の語義としては単に「裾」を意味しているだけ。
イエスがモーセの律法規定に従った装束の「房べり」に関して、どのような思いを持っていたのかは、マタイ23:5から明らか。
欺瞞と偽善に満ちていたパリサイ派の衣装と精神に対してきわめて批判的である。
イエスが民数記の規定通りの外衣を着用していたとする証拠はない。
聖書信仰を盾に組織の権威と細かな規則に対しても服従する奴隷精神を刷り込みたいのだろう。
マルコ
28彼の衣にでもさわれば自分は癒されるだろう、と言っていたのである。29そしてすぐに血の源が乾き、その疾患から癒されたと自分の身で知った。30そしてすぐに、イエスは自分から力が出て行ったということを自分で気づき、群衆の中でふり返って、言った、「誰が私の衣にさわったのか」。31そして彼の弟子たちが彼に言った、「あなたのまわりに群がっている群衆を御覧になっていて、しかも誰が私にさわったのかなどとおっしゃるのですか」。32そして彼は、こういうことをなした者を見つけようとまわりを見まわした。
マタイ
20…後ろから彼の衣の裾をさわった。21…救われるだろう、と心の中で言っていたのである。22イエスはふり返って、彼女を見て言った、「勇気を出せ、娘よ。あなたの信頼があなたを救った」。そして彼女はその時から救われた。
ルカ
44この女が進み出て、後ろから彼の衣の裾をさわった。そして即座に血の流れが止まった。45そしてイエスが言った、「誰が私にさわったのか」。皆が否むと、ペテロが言った、「師よ、群衆があなたのまわりに群がり、取り囲んでいます」。46イエスは言った、「誰かが私にさわったのだ。私から力が出て行ったのがわかった」。
マルコの「そしてすぐに」(kai eutheOs)とは、「衣にふれる」と「すぐに」という趣旨ではなく、マルコの口癖。
kaiと同じく前の文に対して新しい文を始めることを示す程度の軽い意味。
マルコでは全部で24回出て来る。
マタイには一度も出て来ない。
ルカには一度だけ。
ルカはマルコの「そしてすぐに」を「そして即座に」(kai parachrEma)と言い換えた。
「即座に」とは文字通り、時間的な意味で「すぐに」「直ちに」という意味。
ルカは奇跡物語の奇跡性を高めるためにこの語を用いる。
新約全体でもこの語はマタイに二箇所出て来る以外はルカ文書にしか登場しない。
ルカに十回、使徒行伝に六回。
そのうち十二回は奇跡物語。
マルコには出て来ないのに、ルカがキリスト様の奇跡を強調するため用いている。
マタイではマルコのイエスと弟子たちの問答が削除されている。
マルコによれば、イエスは「さわった」のが誰かわからず、自分から力が出て行ったのを感じただけである。
それで、「なした者を見つけよう」と群衆を見まわす。
それがマタイのイエスは、初めから「さわった」のが「彼女」であることが分かっており、「ふり返って、彼女を見る」。
キリスト様の超能力がパワー・アップされている。
マルコでは、「誰が私の衣にさわったのか」というイエスの問いに、「彼の弟子たち」は答えを提出できず、彼らがイエスの「まわりに群がっている群衆」に対しては無関心であることを示す。
「彼の弟子たち」が常にイエスのそばにいて、群衆に関心を払っていたのであれば、誰がイエスの衣にさわったか気づくはずである。
しかし、弟子たちの誰もが気づかなかったのである。
ということは、「彼の弟子たち」は、「イエス」に対しても「群衆」に対しても、関心を抱いてはおらず、イエスの「信頼」に応えることができない無能の存在であることを示したことになる。
マルコは、この「弟子たち」とは後半で「ペテロとヤコブとヤコブの兄弟ヨハネ」であることを示唆している。
それで、イエス自らが「こういうことをなした者を見つけようとまわりを見まわした」のである。
マルコは、弟子たちの中には、長血の女のように、「信頼」を持ってイエスに近づく者たちは存在していないと暗に言いたかったのだろう。
キリスト教の筆頭であり、イエスの一番弟子であるはずのペテロやヤコブとヨハネなどの重鎮の弟子たちは、イエスに関して無理解であり、イエスに対する「信頼」も欠如している、と評価していたのだろう。
マタイは弟子たちの無理解発言を全面削除。
マルコでは、イエス自身が「自分」にさわられたことを感じたのではなく、「力が出て行った」ことを感じて、「自分の衣」にさわられたことを理解したという設定。
ルカは、マルコの「弟子たち」を「ペテロ」に変えた。その上で弟子たちの体面を保つように書き直している。
マルコのイエスは「誰が私の衣にさわったのか」という問いは、群衆だけではなく、弟子たちにも問うていることを示している。
ルカのイエスは、「誰が私にさわったのか」という問いを「群衆」にだけに対して問う。
「群衆」の「皆」が答えられないが、ペテロは「師よ」という「弟子たち」だけが用いる呼称でイエスに呼びかける。
ペテロは自分たちが、「群衆」とは異なるイエスに近い存在であることを示す。
その上で、「群衆に取り囲まれている」ので「誰がイエスにさわったのか」を究明するのは「弟子たち」でも不可能であることを示唆する。
その上で、さわった人間を弟子たちが特定できないのは、暗に「群衆」のせいであることも示唆している。
それに対してイエスは、弟子たちに通常の接触ではなく、「力が出て行く」ような仕方で、「さわられた」と説明する。
イエスは、女がさわったのは、「衣の裾」であるのに、直接自分自身の身体にふれられたかのように、「私」にさわった、と釈明する。
この「私」とは、特別な能力を持つイエス。
つまり「キリスト」という意味であろう。
おそれ多くも「キリスト様の衣の裾」にふれることは、「キリスト様の能力を奪うこと」であり、「キリスト様に直接触れる」ことに等しい、というルカの信仰が反映されているのだろう。
ルカにはマルコ以上に強化されたキリスト様の奇跡的な力に対する救済信仰と、マルコにはない弟子たちに対するエクスキューズが読みこまれているのである。
マルコ
33女は自分に起こったことを知って、恐れ、ふるえ、来て、彼に対してひれふし、真実をすべて話した。34彼は彼女に言った、「娘よ、あなたの信頼があなたを救った。平安にお行きなさい。そして、あなたの疾患から(癒されて)健康でおいでなさい」。
マタイ
22イエスはふり返って、彼女を見て言った、「勇気を出せ、娘よ。あなたの信頼があなたを救った」。そして彼女はその時から救われた。
ルカ
47女は隠れられないと知って、ふるえながら出て来て、彼に対してひれふし、どういう理由でさわったのかを、また即座に癒されたということを、すべての民の前で告げた。48彼は彼女に言った、「娘よ、あなたの信仰があなたを救った。平安にお行きなさい」。
マルコでは、「女」の証言によって、イエスは彼女の「病気治癒」を知る。
それで「あなたの疾患から(癒されて)健康でおいでなさい」と送り出す。
イエスは「あなたの信頼があなたを救った」と彼女に語る。
マルコにおける「信頼」とは、イエスが持つ病気治療能力に対する「信頼」(pistis)である。
「救った」とは「病気が治癒した」という意味である。
キリスト教に対する信仰によって救済を得たという意味ではない。
マタイでは、女の証言によって、イエスが彼女の「病気治癒」を知るのではない。
イエスは初めから誰がさわったかを知っており、キリスト様の超能力信仰が前提とされている救済物語である。
マルコのイエスの「娘よ。あなたの信頼があなたを救った」という言葉に「勇気を出せ」という句を付加し、マルコの後半の句は削除した。
イエスはキリスト様であるから奇跡的治療に恐れる必要もないし、イエスに真実をすべて語る必要もない。
キリスト様はすべてを御存じであるからであろう。
慈悲深く、「勇気を出せ」と励まし、みじめな女性の立場に理解を示し、その信仰を誉め、救いを施すのがマタイのイエスである。
マタイのイエスはマルコのイエスと同じく、「あなたの信頼があなたを救った」と述べるが、マルコとは微妙にニュアンスが異なっている。
マタイにおける「信頼」とは、マルコのようなイエス個人の治癒能力に対する「信頼」というよりも、イエスをキリストとして「信頼」することにより救済されるという信仰の意味に近い。
イエスの能力に対する「信頼」というよりも「キリスト」に対する「信頼」という趣旨に変わっている。
むしろ、「キリスト信仰」という意味に近い。
長血の女は「その時から」「救われた」のである。
単に病気治癒に至った、という意味だけではなく、「キリスト信仰」をイエスに認められることにより、「その時から」、「救われた」という趣旨になる。
ルカは、マルコの「自分に起こったことを知って」というこの女性の自発的な行動を「隠れられないと知って」に変えた。
隠れようとしたのであるが無理だと悟って、恐れを抱きながら、イエスに真実を吐露した。
それに加え、自分の経験をすべての民の前で告白する、という構図に再構築。
ルカのイエスは、懺悔の告白と信仰による癒しの経験を告白することにより、救いを与えるようだ。
ルカにおける「信仰」の原文ギリシャ語は、マルコやマタイの「信頼」と同じく、pistis。
マタイの「キリスト信頼」もしくは「キリスト信仰」よりも、はるかに宗教的教理が読みこまれている。
キリスト教的信仰教義を前提とした「救済信仰」という趣旨である。
つまり、ルカのpitisとは、「キリスト教信仰」という趣旨になる。
NWTは、マルコもマタイもルカも皆同じく「信仰」と訳している。
すべてを「キリスト」あるいは「キリスト教」に対する「信仰」によって救われた、という趣旨に読ませたいのであろう。
マルコでは、「長血の女」のイエスに対する「信頼」と、「弟子たち」のイエスの言葉に対する「無理解」が対比構造となっている。
「長血の女」は「彼の衣にでもさわれば自分は癒されるだろう」というイエスに対する全幅の「信頼」を持っていた。
それに対し、「弟子たち」は「あなたのまわりに群がっている群衆を御覧になっていて、しかも誰が私にさわったのかなどとおっしゃるのですか」とイエスの見解に疑義をはさむ。
イエスに対する「信頼」の欠如を示している。
この「弟子の不信頼」vs、「群衆の信頼」という対比は、後半の「ヤイロ」物語にも続いている。