マルコ5:21−43 <ヤイロの娘と長血の女の癒し>②
マルコ
21そしてイエスが舟で再び向こう側へわたると、大勢の群衆が彼のもとへと集まってきた。そして彼は海のほとりに居た。
マタイ
18これらのことを彼らに話していると、見よ、一人の長老が来て、彼に拝礼して言った、
ルカ
40イエスが帰ってくると、群衆が彼を迎えた。彼らは皆イエスを待っていたのである。
マルコの「大勢の群衆が集まって来て、イエスは海のほとり(ガリラヤ湖畔)に居た」というこの物語の導入句は、マルコ4:1の導入句と同じ設定である。
<種まく者の譬>と<譬の解説>との間に<いわゆる譬話論>をサンドイッチさせている点でも、<ヤイロの娘と長血の女の癒し>は、同じ構造をとっている。
マタイの場面設定はマルコとは異なっている。マルコでは、「舟で向こう側にわたると」としているのを、マタイは「彼らにこれらのことを話していると」と設定を変えている。
この導入句の場面設定の違いは、マタイがこの物語の前に<身体障害者の癒し>を9:1-17で編集していることから来る。
マルコで<ゲラサ人の癒し(5:1-20)>に続けて、この<ヤイロの娘の癒し>が続くのであるが、マタイは<ガダラ人の癒し(8:28-34)>に続けて、<身体障害者の癒し(9:1-6)>を編集することにした。この癒しの奇跡物語は、マルコ2:1-12の並行であり、カファルナウムでの出来事である。
<ガダラ人の癒し>はガリラヤ湖西岸の話であり、<身体障害者の癒し>はガリラヤ湖東岸の話であるが、マタイは<身体障害者の癒し>に続けて<収税人との食事>、<断食問答>を編集し、<ヤイロの娘の癒し>を続けている。
マタイはカファルナウムでの話をまとめて編集しようとしたのであろう。それで、「そこで舟に乗り、(湖)をわたって、自分の町に帰って来た(9:1)」という設定で、<身体障害者の癒し>の導入句を書きだした。
その結果、マルコでは、<ゲラサ人の癒し>の後、「舟で向こう側にわたった」時の出来事であったのが、マタイではカファルナウムでの出来事(収税人との食事と断食問答)に続く場面設定となっている。それで、「これらのことを彼らに話していると」という導入句に設定変更せざるを得なかったのである。
マタイの「見よ」(idou)という二人称単数の分詞は、読者や聞き手に注目させるために用いる間投詞的表現。マタイとルカに数多く登場する。奇跡的効果を高める目的で使われている。
ルカは、マルコの編集構成と同じ順番に編集している。<ゲラサ人の癒し>に続けて<ヤイロの娘の癒し>を編集している。その結果、マタイのように状況設定を変える必要がないので、「イエスが帰って来ると、群衆が彼を迎えた」とマルコの導入句をまとめた。
それに加え、「彼らはみなイエスを待っていたのである」と付加。イエス様に対するキリスト信仰も付加してくれた。
マルコ
22そして会堂司の一人でヤイロという名前の者が来る。そして彼を見てその 膝もとにひれふし、23いろいろ言って頼む、「私の娘が臨終です。おいでになって、手を彼女に置いてやって下さい。そうすれば彼女は助かって、生きられるでしょう」。
マタイ
見よ、一人の長老が来て、彼に拝礼して言った、「私の娘がもう亡くなりました。しかしあなたがお出でになって、手を彼女の上に置いて下されば、生きるでしょう」。
ルカ
41そして見よ、ヤイロと言う名前の男が来た。この者は会堂の長であった。そしてイエスの足もとにひれふして、自分の家に来てくれるようにと頼んだ。42彼には十二歳ほどの一人娘がいたのだが、死んでしまった、というのである。
マルコは「会堂司(archisynagOgos)の一人」、マタイは「一人の長老(archOn)」、ルカは「会堂の長(archOn tEs synagOgEs)」。
ルカはマルコの「会堂司」という一語のユダヤ教ギリシャ語を二つに分解して「会堂の長」と説明してくれた。
しかしながら、「会堂司」と「会堂の長」は同じ役職ではない。
「会堂司」は、ユダヤ教会堂において、集会の外面的な世話を焼く進行係。聖書の朗読、祈り、説教者の認定などの会堂の行事の下準備や管理を担当していた。時には、会堂の建設にも携わったという。
一方、「会堂の長」は、会堂の最高責任者である。
後代になると「会堂司」は単なる称号となり、子供がその役を担っている場合もあったそうある。
NWTは、マルコ「会堂の主催役員の一人」。マタイ「ある支配者」。ルカ「会堂の主催役員」。原文の違いは区別せず、むしろマルコとルカは同じ語を使っているかのように訳す。
ただしルカは49節以降では、「会堂の長(archOn tEs synagOgEs)」ではなく、マルコと同じ「会堂司」(archisynagOgos)という一語の単語を用いている。
「会堂司」と「会堂の長」という役職が、同一人物が兼任されることもあったが、異なる人間が着任するのが普通。
NWTは福音書間の矛盾を悟られないようにマルコとルカを「会堂の主催役員」という同じ表現で統一させ、マタイの「支配者」という表現との親和性を図ったのだろう。
マルコではヤイロが「膝もとにひれふして」頼む。
マタイでは「拝礼して」言う。
ルカでは「足もとにひれふして」頼む。
マルコ、ルカの「ひれふす」(piptO)とマタイの「拝礼する」(proskyneO)は異なる概念の語。
「ひれふす」の原義は「倒れる」。
拝礼する行為として使われる場合は「ひれふす」という趣旨になるが、この場合のように「膝もとに」などの姿勢を表わす語を伴うのが普通。
「拝礼する」の原義は「~に対して接吻する」。
宗教用語として使われる場合には、神的存在の帰依していることの証しとして象徴である巨像の足さきに接吻行為をしたことから、「拝礼する」という意味を持つようになった。
人間の君主に対しても臣従の証しとして、手や足さきに接吻したことから、「拝礼する」という趣旨に用いられるようになったもの。
原義から考えるとマルコは、イエスに対して拝礼の行為をしているものの、明確に崇拝の対象として頼んでいるというのではなく、治療行為を依頼するのに最高度の敬意を示し、膝もとに倒れ込んでイエスに頼んでいる、という趣旨。
一語で「崇拝する」の意味も持つが、「膝もとに」あるいはルカのように「足もとに」などの姿勢を表現する語が付加されるのが普通。
それに対して、マタイの「拝礼する」(proskyneO)は、宗教用語として用いられる語であり、「イエスを崇拝の対象とみなしていることを明確に示している。
ルカは、マルコの「膝もとに」を「足もとに」に変え、イエスに対する尊崇の念を強化した。
マタイと同じく、イエスをキリスト様として崇拝している意識が強い。
マタイもルカもキリスト信仰の対象としてのイエスに対する崇拝行為をしている、という趣旨になる。
マルコでは、ヤイロがイエスに近づいた時には、まだ娘は亡くなってはおらず、「臨終」状態であった。
娘が「死んだ」ことは長血の女を癒した後に、会堂司からの人々からヤイロに伝えられた。
マタイとルカでは、ヤイロがイエスに近づいた時点で、娘はすでに「亡くなっていた」ことになっている。
キリストの奇跡を高めようとしているのであろう。
ルカでは、話の前半でヤイロの娘が十二歳であり、かつ「一人娘」であるとされている。
しかしながら、マルコはサンドイッチ構文の後半(5:42)で、この娘が「十二歳」だったことは示しているが、「一人娘」であるとは書いていない。
マタイには娘の年齢に関する記述はない。
Q資料による伝承ではなく、言葉遣いからしても、ルカがマルコを読んで、編集し直していることになる。
マルコ
24そしてその男とともに出かけた。そして多くの群衆が彼に従っていき、彼のまわりに群がった。
マタイ
19イエスは起きて、彼に従って行き、弟子たちもまた従った。
ルカ
42…イエスがその家に行く途中、群衆が彼のまわりに押しせまった。
マルコでは、ヤイロと出会ったのは、<ゲラサ人の癒し>の後、舟で西岸に戻り、ガリラヤ湖畔で多くの群衆に話をしている時、という設定。
マタイでは、「起きて」とある。
マタイは<ガダラ人の癒し>の後、<収税人のとの食事>の話と<断食問答>を挿入し、編集した。
それで、マタイとしては、この話は、収税人の家での食事が続いている最中の出来事であるという設定になった。
その結果、イエスは座って食事をし、断食問答に応えていたので、ヤイロと一緒に出かけるためには、「起きる」必要が生じたのである。
ルカはマルコの順に編集しているので、そのような場面設定の変更は生じていない。
しかし、マルコでは「多くの群衆がイエスに従って行った」のであるが、ルカは「従う」(akoloutheO)という語を「群衆」対しては良い意味には用いない。
イエスに従うのは「弟子たち」という設定である。
それで「従っていった」のではなく、「押しせまった」だけの存在とした。