●ヘブライ書はなぜヘブライ人への手紙と呼ばれるようになったの?
WTの解説によると、ヘブライ書はそもそもユダヤにいるユダヤ人キリスト教徒に宛てた手紙、つまり、エルサレム会衆の主な成員であったヘブライ語を話すクリスチャンに宛てた限定的な意味を持つ書簡であり、不特定多数のキリスト信者を対象とした書かれた手紙ではない、という位置付けである。
新約聖書そのものが、油注がれた者たちに限定して宛てられた特別な手紙であり、地的な希望を持つクリスチャンは彼らを支持することによって、神が約束した祝福に預かれる。それゆえ、彼らを支持しない者たちには神からの祝福はない、というWTドグマがあるから、新約聖書の正典が、すべてのキリスト信者を読者としての対象に書かれたものであるという説明を受容するはずもない。
もし、WTの解釈が正しいとするのであれば、ヘブライ書に登場する「あなた方」とは、クリスチャン一般の人々ではなく、「油注がれた者たち」すなわち「天で生きる希望を持つ人々」、その中でも「異邦人クリスチャン」ではなく、「ヘブライ語を話すクリスチャン」に限定されていることが証明されなければならない。
「ヘブライ人へ」という手紙のあて先が、WTの解釈を支持してように思えるかもしれない。
また、3:1「聖なる兄弟たち、天の召しにあずかる人たちよ、わたしたちが……」(NWT)と筆者が呼びかけていることがWT解釈を支持しているように思えるかもしれない。
しかし、まずそもそも、現在「ヘブライ書」と呼ばれている文書が書かれた時に、著者は表題として「ヘブライ書」というタイトルを付けていたのではない。
ヘブライ書の表題を含む写本の中で、現存している最も古い写本はP46(チェスター・ビーティー)であり、冒頭に単に「ヘブライ人(複数)へ」と付けられている。しかし、それ以外の大文字写本は、冒頭(inscriptio)ではなく、後書(subscription)として付けられている。D写本は表題部分が欠けているようである。後世の写本では、表題が冒頭に付けることが確立した習慣となったが、4世紀以降の大文字写本(シナイ写本ほか)は後書に「ヘブライ人(複数)へ」とされているそうだ。P46 が表題を冒頭にもって来ているのは、「ヘブライ人へ」宛てた書簡であるということが確定されていたからではなく、当時の段階では、まだ新約の「書簡」の表題を冒頭に付けることが確立されていなかったので、冒頭に付けることも後書に付けることもあった、ということ。
しかし、表題は冒頭にしろ、後書にしろ、原著者によって付けられたものではない。当時における一般の読者を想定した文書は、著者は自分では表題を付けないのが普通だった。付けるのであれば、本文序の部分に文章として記すのが一般的であった。
つまり、「ヘブライ人へ」、「ヘブライ人へ、ローマから書かれた」(A写本)、「ヘブライ人へ、イタリアから書かれた」(P写本)、「ヘブライ人へ、イタリアからティモテオスを介して(dia)書かれた」(ビザンチン系多数)という表題は、後世になってこの文書がそういう名称で呼ばれるようになったことを示しているだけであり、ヘブライ人の会衆に宛てた書簡であることを示しているものではない。
そもそも、この書簡は、一種の公開論文であるから、最初から不特定多数の読者を想定したものである。エルサレムのユダヤ人キリスト信者を「あなた方」に想定しているものではない。
さらに、本文中にも宛先を特定できるような記述は何もない。
写本で「ヘブライ人へ」という表題が付けられるようになったのは、この文書がパウロ書簡集に組み込まれた以降のことである。WTはP46ではヘブライ書がローマ書に続いて第一コリントスの前に置かれていることを真正パウロ書簡であることの傍証としている。
P46とは後200年ごろのパウロ書簡としては最古のパピルス写本で、最後の数葉は失われているが、残っているのはフィレモン、第二テサロニケと牧会書簡を除く、パウロ8書簡である。現存のP46以後の写本もすべて「ヘブライ書」をパウロ書簡集に入れている。ヘブライ書をパウロ書簡集に入れるのであれば、同一の写本に組み込む都合上、他の書簡と区別するために、宛先を表題として付ける必要が生じる。「ローマ人へ」「コリントス人へ、第一」等々。つまり、P46この文書に「ヘブライ人へ」という表題を付けたのは、パウロの著作と信じられるようになって以降、パウロ書簡集に組み込むために必要な処置であったからではないかと思われる。
写本以外でこの文書を「ヘブライ人へ」と呼んでいる最古の記録は、後180年ごろのアレクサンドリアのクレメンスが「長老」と呼んでいる人物である。彼の言い方からすれば、「ヘブライ人」とは「異邦人キリスト信者」ではなく、「ユダヤ人キリスト信者」あるいは「ユダヤ人一般」を指している。WTはこのクレメンスの見解を採用し、「ヘブライ語を話すクリスチャン宛」としたと思われる。しかし、マルキオン以降、パウロ書簡集はパウロ書簡集として整えられていたから、アレキサンドリアほか一部の地方では、この文書を「パウロによるヘブライ人への手紙」とみなす見解が流行り出していたのであろう。
この文書の著者が読者をユダヤ人ないしユダヤ人キリスト信者に特定していた、ということは、この文書の内容からしてまったく考えにくい。ギリシャ語の質や教養、ユダヤ教についてユダヤ人ならば当然知っているようなことをしばしば間違えることからして、著者がユダヤ出身であることは考えられない。また先入観を捨てて読んでみると、本文中の「あなた方」とはユダヤ人読者を想定しているという様子はまったくない。おそらくこの文書には旧約の引用が多いので、それならユダヤ人を主な対象にしたのだろう、という思い込みから流布した解釈のようである。
しかしながら、WTが豪語するように、決してこの書そのものの「内面的証拠」により、ヘブライ書がパウロの著作であり、ユダヤ人キリスト信者を対象としていることを示しているものではない。控え目に言って、写本家がそう信じていた、もしくは彼の周囲ではそう信じられていたことを示しているに過ぎないようである。
WTは「ヘブライ書」がパウロの著作であることの「内面的な証拠」として、13:23,24をあげている。
実はこの部分を含む、13:17以降がこの書がパウロ書簡ではないことを示す、決定的な証拠となっているのである。
突然この個所から、手紙スタイルの結びとなっている。それまで、旧約の引用を駆使して、キリスト教の正当性を論じようとしてきたのであるから、論文の結びとしては13:16「さらに善を行なうこと、そして、他の人と分かち合うことを忘れてはなりません。神はそのような犠牲を大いに喜ばれるのです」。(NWT)という結びの方が相応しいように思える。
17節以降は、それまでの論文スタイルとは変わって、「おとなしく教会の指導者に従え」、という説教調の文になる。冒頭の出だしから、手紙ではなく、論文形式であり、途中の文も、この直前まで、全く手紙らしい文は出て来ない。読者に二人称複数で呼びかける文はところどころでて来るが、キリスト信者一般を読者の対象としたものであり、私信の受け取り人を想定して呼びかけているわけではない。それなのに、ここで突然、手紙の末尾の挨拶スタイルに変わるのである。
内容的にも、「回復される」(13:19)、「我らの兄弟ティモテオス」(13:23)、「イタリアの者たち」(13:24)など具体的な事実に言及しているが、それ以前の内容とはいかにもそぐわない、ぎこちなさがある。この文書の中でキリスト教会の人物の固有名詞があげられているのは、23節のティモテオスだけである。キリスト教会ではパウロの一番弟子として、誰もが知っている人物である。まさに取って付けたような内容であり、20-22節の内容もキリスト教ドグマ的であり、非常におしつけがましい文体となっている。およそこの著者らくない。
とすると、どうやらこの部分は、この文書を特定の受取人あてに書かれた手紙であるかのように見せかけるために、後から付け加えられたもののようである。ギリシャ語圏の東方教会ではかなり早くから、ヘブライ書は使徒パウロが書いた手紙である、という説が流布していたようで、2世紀末近くには確認できる。おそらく、遅くても2世紀半ば、もっと以前から言われていたのであろう。その頃になると、キリスト教文書が数多くかかれるようになっていた。その中で「正典的」権威ある文書として認められるためには、使徒が書いたものというお墨付きが必要とされるようになっていた。1世紀末から、新しく書かれる文書を権威付けするために、使徒の名前を付して書くことが流行るようになった。疑似パウロ書簡群、疑似ペテロ書簡群、ユダ書もそのたぐいである。
あるいは文書そのものは疑似使徒書簡として書かれたわけではなくても、他の人たちがそれに使徒的権威を付すために、使徒の名前を冠することもあった。ヨハネ福音書はそれであり、原著書に大量の正統派ドグマを織り交ぜた文を挿入して、ヨハネの名が付されて流布されたようである。ヘブライ書もパウロ的権威を付すために、後書を書き加えた可能性が高いと思われる。
ただし、結びの17-25節は、今日残っているすべての写本に付けられているから、この文書が広く流布する以前の段階ですでにつけられていたものであろう。
3:1「天の招きを共有する仲間たち」(田川訳)、「天の召しにあずかる人たち」(NWT)について。
原文のギリシャ語は、kleseos epouraniou metochoi で、直訳は「天の招きの仲間たち」。「仲間」(田川訳)、「あずかる人」(NWT)と訳されている語は、属格のmetochos。
この語は、ごく普通に「仲間」という意味で用いられる語である。この語は他に3:14,6:4,12:8に出てくる。それにルカ5:7。新約中ではそれですべてであるが、当時のコイネーギリシャ語では、非常に多く用いられる単語であり、ごく普通に「仲間」という意味で使われている。しかし、多くの聖書でそうであるが、この語が特別な意味を持つ語であるかのように訳されていることが多い。
この語は、2:14「彼自身も血と肉をほとんど同様に分け持ったのだが、……」に出てきた「分け持つ」(metecho)という動詞から派生した名詞である。付加語によってやや意味が異なり、付加語が、物、事柄であれば、人々がその事柄、その質のものを「分け持つ」という意味になる。つまり、みんなが同じようにそれを共有する者となる、という意味。それに対して、付加語が人間を表わす語であれば、その事柄を「分け持っている者」、つまり「仲間」の意味になる。ルカ5:7でも、tois metachoi「彼らの仲間」(ガリラヤ湖の同じ漁師仲間)という意味で、この語が使われている。NWTは「仲間の者たち」と訳している。
NWTでは、「あずかる人たち」と訳し、「あずかる人たち」と「あずからない人たち」がいることを前提とした表現となっている。「仲間」としてしまうと、信者となったすべての人が「仲間」であるなら、仲間のすべての人たちが「天の召し」を受けるはずである。しかも、ここでは、「聖なる兄弟たち」と「天の召しあずかる人たち」とは、同格で扱われている。
事実、田川訳で見ると、「聖なる兄弟たち」とは「天の招きを共有する仲間」のことであり、一般のキリスト信者に対して呼びかけていることが理解できる。
ヘブライ3:14「キリストにあずかる者」(NWT)。「キリストの仲間」(田川)。NWTでは、「キリスト」という人間を示す付加語がついているにもかかわらず、「キリスト」という「質」を「分け持っている者」という意味に訳している。ここでは、我々キリスト信者は、キリストの仲間になったのだ、と言っている。特別な人間だけが、なにか「キリスト」という物質や質を分け持つようになった、と言っているわけではない。
ヘブライ6:4「聖霊にあずかる者」(NWT)。「聖霊の仲間」。「あずかる」と言うと個々の人間が個別に聖霊という特別な「質」を持つようになっている、という意味になるが、この語の原義は「分け持つ」である。その物質を共有するという意味ではあるが、複数の人間がそのものを同時に共有するという意味であるから、ここでは、キリスト信者は、みな「聖霊を共有しているのだ」と言っていることになる。
ヘブライ12:8「すべての者があずかる懲らしめ」(NWT)。「誰でもがなじんでいる躾け」。直訳は「誰でもがその仲間である躾け」。誰もが、「躾け」という事柄を「共有している」という趣旨。
NWTは、同じ語を、ルカ5:7では「仲間」と訳しているが、ヘブライ書では、「あずかる人たち」と訳している。「天的クラス」と「地的クラス」の信者がいることを念頭に、「天的クラス」の人々だけが「聖なる兄弟たち」であり、「キリスト」や「聖霊」に「あずかる」特別なクリスチャンであるという教理を読み込もうとしたのであろう。
キリスト信者が互いに「兄弟」と呼びあうのは、キリスト教の言葉遣いとしては、珍しくもないし、新約でも大量に出てくる。しかし、それに「聖なる」という修飾語を付けるのは珍しい。疑似パウロ書簡であるコロサイ1:2とここだけである。
真正パウロ書簡では、パウロ教信者を「聖者たち」と呼んでいる。一部のパウロ系キリスト教信者たちは、自らを「聖なる兄弟」と呼んでいたのであろうか。
ヘブライ書の著者も、パウロ系キリスト教信者ではあるが、彼は自分たちは「キリストの兄弟」(2:11,17)であるという意識があるので、「聖なる」という形容詞を付けて、呼びかけたのだろう。その意識は、3:14で「キリストの仲間」という表現につながっているように思える。
単語の細かい表現からしても、ヘブライ書には真正パウロ書簡には見られない語が数多くある。内面的証拠からすれば、ヘブライ書はとてもパウロの著作とは思われない。
WTは、「この書の内面的な証拠はすべて、パウロがその筆者であることを裏付けている」(「霊感」P243:2)と豪語するが、とても聖書の真実を教えているとは私には思えない。
疑問のある方は、ご自分でお調べになることを勧めいたしますが、信じるも信じないも信仰の自由ですので、ご自由にどうぞ。