●フィレモン書の解説
ローマで拘禁中のパウロに、フィレモンというやや豊かな人物が何かの用事で自分の奴隷のオネーシモスを遣わした。ところがパウロは、奴隷が一人いてくれれば便利だから、主人のフィレモンさんに断りなしに手元において仕えさせていたらしい。そこにフィレモンさんから手紙が来て、オネーシモスをすぐに帰らせてくれ、と言ってきた。それでパウロは不平たらたら、そう言われたらしょうがないから送り返してやるよ、と短い手紙を書いた。執筆の時期は、これもローマ拘禁中であるから、フィリポイ書と同じ頃。フィレモンさんがどういう、またどこの人物であるかは、この手紙以外何もわからない。
なお、随分以前からこれは、奴隷のオネーシモスが主人のところから逃亡し、パウロのもとに身を寄せた、それをパウロが説得して、主人のもとに帰らせることにし、フィレモンさんに手紙を書いて、そちらに戻ったら奴隷から解放してやってくれ、と言っている、と解説されてきた。これが事実だとすれば、パウロ崇拝者にとってはありがたいお話だから、神学者の皆さんは何も考えずにこの説明を継承し続けた。しかし、原文をよくお読みになってください。そんなことは、原文にはどこにもまったく書いていない!
WTの解説 *** 洞‐2 649ページ フィレモンへの手紙 ***
使徒パウロが手ずから書き,おもにフィレモンにあてた手紙。(フィレ 1,2,19)この手紙は,ローマにおけるパウロの最初の投獄が始まった後のいつか(恐らく,西暦60‐61年ごろ)書かれたに違いありません。同使徒は『自由にされる』希望を抱いているからです。―22節。「オネシモ」; 「フィレモン」を参照。
使徒パウロがこの手紙を書いた目的は,逃亡奴隷オネシモを親切に再び迎え入れるようフィレモンを励ますことにありました。パウロは使徒としての自分の権威でそうするようフィレモンに命令せず,むしろ愛と個人的な友情に基づいて訴えています。(フィレ 8,9,17)フィレモンが愛と信仰の人であることを知っていたパウロは,以前には無用な者であっても今はクリスチャンとなっているこの奴隷を,フィレモンが使徒パウロ自身を受け入れると同じようにして再び受け入れてくれることを確信していました。(10,11,21節)フィレモンがオネシモに対して厳しい処罰を科す法的権利を有していたことを考えると,この点は特に注目に値します。
この手紙は,クリスチャンの親切や許しや憐れみの麗しさを例証する実例となっているだけでなく,初期クリスチャンに関するある事柄を教えています。それは,彼らが個人の家で集まり,互いを「兄弟」,「姉妹」と呼び合い(フィレ 1,2,20),互いのために祈り(4,22節),仲間の信者が示す信仰と愛から励みを得ていたことです(4‐7節)。
WTの解説は、自らが「大いなるバビロンの主要な部分」と称しているキリスト教世界の伝統をそのまま踏襲したものとなっている。統治体が「真理の神の聖霊」を受けているのであれば、カトリックやプロテスタントも、どんな神の霊を受けていることになるのだろうか。
参考資料