●マタイ福音書 (田川訳新約聖書解説より)
マルコ福音書と通称Q資料とを適当に文を書き変えながら拝借し、それを組合せ、更に他の断片的な資料も組み込んで、自分の著作とした。後世の教会伝承では十二使徒の一人マタイの著作とされたが、それはありえない。ユダヤ人出身の人物としてはまあまあ整ったギリシャ語を書いているから、どこかの(シリア?)ユダヤ人ディアスポラの出身の人物だろう。強度にユダヤ教の伝承を守ろうとしつつ、しかし既存のユダヤ教に対しては強い批判精神を持っており、キリスト教正統主義の確立に向かっている。5-7章(山上の説教)、23章(律法学者批判)は、基本はいくつかの資料の継ぎ接ぎだが、文章がリズムがあって恰好いいみたいなので、後世の読者が好んで引用している。執筆の年代は、安全なところ、幅をとって70-100年のどこか。
洞察-2、p876-878 マタイによる良いたよりの項より」
イエス・キリストの生涯に関する霊感による記述で,疑いなくパレスチナで元収税人のマタイすなわちレビによって書かれたもの。この書はクリスチャン・ギリシャ語聖書の冒頭の書であり,古来,福音書のうち最初に書かれたものとみなされてきました。マタイの記述は,イエスの人間の先祖の記載に始まって,イエスの誕生の経緯へと続き,キリストが復活ののち追随者たちに,行って『すべての国の人々を弟子とする』任務を与えたところで終わっています。(マタ 28:19,20)したがって,この書は西暦前2年にイエスが誕生した時から西暦33年にイエスが昇天する直前に弟子たちと会合された時までのことを扱っています。
書かれた時期 非常に多くの写本(すべて西暦10世紀以後のもの)に見られるマタイの福音書の末尾に記されている奥付けによると,この書はキリストの昇天の時から数えて8年目ごろ(西暦41年ごろ)に書かれました。このことは内的証拠と矛盾しません。エルサレムの滅びに関するイエスの預言の成就について何も述べられていないことは,書かれた時期が西暦70年以前であったことを示します。(マタ 5:35; 24:16)また,「今日この日に至るまで」という言葉(27:8; 28:15)は,話題にしている出来事があった時からそれを書き記すまでの間に幾らかの年月が経過したことを示唆しています。
最初はヘブライ語で書かれた マタイがこの福音書を最初にヘブライ語で書いたことを示す外的証拠は,西暦2世紀のヒエラポリスのパピアスにまでさかのぼります。エウセビオスは,「マタイはヘブライ語で神託をまとめた」というパピアスの言葉を引用しました。(「教会史」,III,XXXIX,16)3世紀の初めごろ,オリゲネスはマタイの記述に言及し,四福音書について論じた際に,「最初のものは,かつて収税人であったが後にイエス・キリストの使徒となったマタイによって……ヘブライ語で……書かれた」と述べ,その言葉がエウセビオスによって引用されています。(「教会史」,VI,XXV,3‐6)学者のヒエロニムス(西暦4,5世紀の人)は自著「著名者列伝」の第3章の中で,マタイが「キリストの福音書を,信者となって割礼を受けた者たちのために,ユダヤにおいてヘブライ人の言語と文字で書いた。……しかも,そのヘブライ語の書は,殉教者パンフィルスが非常に熱心に収集したカエサレアの図書の中に今日まで保存されている」と書きました。―「古代キリスト教文学史のテキストと研究」双書(ドイツ語),ライプチヒ,1896年,第14巻,8,9ページに掲載された,E・C・リチャードソン編のラテン語テキストからの翻訳。
マタイは自分の記述をまずヘブライ語で編さんし,その後それを自らコイネー,つまり共通ギリシャ語に翻訳したのではないかと言われてきました。
マタイの福音書に特有の情報 マタイの記述を調べてみると,そこに収められている資料の40%余りは他の三つの福音書に載せられていないことが分かります。中でも,マタイが記すイエスの系図(マタ 1:1‐16)は独特で,ルカが載せる系図(ルカ 3:23‐38)とは異なった取り上げ方をしています。二つの系図を比べると,ルカは明らかにイエスの血筋に基づく系図を示しているのに対し,マタイはイエスの養父ヨセフを介する法律上の系図を示していることが分かります。ほかにマタイの記述の中にしか出ていない事柄としては,マリアの妊娠を知ったヨセフの反応,夢の中でみ使いがヨセフに現われたこと(マタ 1:18‐25),占星術者たちの来訪,エジプトへの逃避,ベツレヘムおよびその地域の幼い男の子たちが殺されたこと(2章),ピラトの妻がイエスに関して夢を見たこと(27:19)などがあります。
マタイの記述の中の少なくとも十のたとえ話もしくは例えは,他の福音書の中では述べられていません。そのうちの四つが13章に含まれています。畑の雑草,隠されていた宝,「価の高い真珠一つ」,および引き網の例えがそれです。ほかに,憐れみを示さなかった奴隷(マタ 18:23‐35),ぶどう園の働き人(20:1‐16),王の息子の結婚(22:1‐14),十人の処女(25:1‐13),およびタラント(25:14‐30)の例えがあります。
マタイは補足的な点を詳しく説明している場合もあります。山上の垂訓から取られた話はルカの記述(ルカ 6:17‐49)にも出ていますが,マタイの福音書のほうがその面ではずっと詳細です。(マタ 5:1–7:29)マルコ,ルカ,およびヨハネが約5,000人に奇跡的に食物が供されたことを述べているのに対し,マタイは「ほかに女や幼子たちがいた」ことを付け加えています。(マタ 14:21; マル 6:44; ルカ 9:14; ヨハ 6:10)マタイはイエスがガダラ人の地方で悪霊に取りつかれている二人の男に出会ったことを述べていますが,マルコとルカは一人の男のことしか述べていません。(マタ 8:28; マル 5:2; ルカ 8:27)マタイはまた,目の見えない二人の男の人が,あるとき同時にいやされたことを述べていますが,マルコとルカは一人の人のことしか述べていません。(マタ 20:29,30; マル 10:46,47; ルカ 18:35,38)もちろん,それら筆者たちはみな正しかったのです。どの時にも少なくとも一人の人が関係していたからです。しかし,マタイは多くの場合,数に関しては他の筆者よりも明確でした。これは恐らく,彼の職業が以前は収税人だったからでしょう。
マタイによるヘブライ語聖書の使用 マタイの福音書にはヘブライ語聖書への言及が100回ほどあるとされてきました。そのうち約40回は章句の実際の引用です。それらにはキリストご自身によるヘブライ語聖書からの引用やヘブライ語聖書への言及が含まれています。それには次のものがあります。人の敵はその人自身の家の者たちである(マタ 10:35,36; ミカ 7:6); バプテスマを施す人ヨハネこそ来ることになっていた「エリヤ」である(マタ 11:13,14; 17:11‐13; マラ 4:5); イエスの経験とヨナの経験の比較(マタ 12:40; ヨナ 1:17); 親を敬うことに関するおきて(マタ 15:4; 出 20:12; 21:17); 神に唇だけの奉仕を行なうこと(マタ 15:8,9; イザ 29:13); 二人か三人の証人が必要である(マタ 18:16; 申 19:15); 結婚に関する声明(マタ 19:4‐6; 創 1:27; 2:24); 様々なおきて(マタ 5:21,27,38; 19:18,19; 出 20:12‐16; 21:24; レビ 19:18; 24:20; 申 19:21); 神殿が「強盗の洞くつ」にされている(マタ 21:13; イザ 56:7; エレ 7:11); 「主要な隅石」となった「その石」イエスは退けられる(マタ 21:42; 詩 118:22,23); ダビデの“主”の敵たちはその足の下に置かれる(マタ 22:44; 詩 110:1); 聖なる場所における嫌悪すべきもの(マタ 24:15; ダニ 9:27); イエスの弟子たちは散らされる(マタ 26:31; ゼカ 13:7); キリストは神から見捨てられたようになる(マタ 27:46; 詩 22:1)。また,イエスがサタンからの誘惑に抵抗した際に用いられた言葉もあります。―マタ 4:4,7,10; 申 8:3; 6:16,13。
マタイが霊感によってヘブライ語聖書の預言をイエスに当てはめ,イエスを約束のメシアとして証明しているのも興味深いことです。ユダヤ人にとってはそれが特に関心のある点だったでしょう。この記述は初めからそれらユダヤ人を対象にしたものであったように思われます。それらの預言には次のような事柄が含まれています。イエスが処女から生まれる(マタ 1:23; イザ 7:14); ベツレヘムで誕生する(マタ 2:6; ミカ 5:2); エジプトから呼び出される(マタ 2:15; ホセ 11:1); 子供たちが虐殺されて悲嘆が生じる(マタ 2:16‐18; エレ 31:15); バプテスマを施す人ヨハネがイエスの前に道を備える(マタ 3:1‐3; イザ 40:3); イエスの宣教は光をもたらす(マタ 4:13‐16; イザ 9:1,2); イエスは病を担う(マタ 8:14‐17; イザ 53:4); 例えを用いる(マタ 13:34,35; 詩 78:2); イエスはろばの子に乗ってエルサレムに入城する(マタ 21:4,5; ゼカ 9:9); キリストは銀30枚で裏切られる(マタ 26:14,15; ゼカ 11:12)。
正確で有益な記録 マタイはイエスの地上での生涯の終わりの数年間キリストの親しい仲間でしたから,イエスの宣教の業を自分の目で見ました。そのような人であれば確かに,感動的な意味深い福音書を記すことができます。わたしたちはそれを,この元収税人によるイエス・キリストの生涯に関する記録という形で手にしているのです。マタイは神の霊によって,地上におけるイエスの言動の詳細を思い起こすことができました。(ヨハ 14:26)したがって,マタイはナザレのイエスを,神の是認を受けている神の愛するみ子,「[人々に]仕え,自分の魂を,多くの人と引き換える贖いとして与えるために」来た方,また栄光のうちに到来する予告されたメシアなる王として正確に描きました。(マタ 20:28; 3:17; 25:31)イエスは地上におられた時,ご自分の業を指して,「貧しい人々には良いたよりが宣明されています」と,真実に即して言うことができました。(11:5)そして今日,生来のユダヤ人も非ユダヤ人も大勢の人々が,マタイの福音書に記されているそのような王国の良いたよりから多大の益を受けています。―マタ 4:23,脚注。
WTは、非常に多くの写本(すべて10世紀以後のもの)の奥付けを根拠に、キリスト昇天から8年目ごろ(西暦41年ごろ)に書かれたとしている。言い換えれば、10世以前の写本には、そのような奥付けは存在しておらず、10世紀以降の中世カトリック全盛の時代、いわゆる暗黒時代のカトリック伝承を根拠に論理を組み立てていることが理解できる。
つまり、学術的な根拠による解説ではなく、大いなるバビロンの主要な部分と解釈している組織の伝承を受け継いだものを「真理」として教えている。
最初はヘブライ語で書かれたとする根拠として、西暦2世紀のヒエラポリスのパピアスの証言を挙げているが、これはエウセビオスの「教会史」に載せられている。洞察等では、パピアスが「マタイはヘブライ語で神託をまとめた」と書いているとしているが、原文は明確にそのように書かれているわけではない。「マタイはヘブライ語で、言葉(logia=logosの複数形)を編集した。それを、それぞれが自分にできる仕方で解釈している」という文である。「言葉」ということで、何を言いたいのか、ヘブライ語で書かれたマタイ福音書のことを指しているのか、ヘブライ語で書かれたQ資料のことを指しているのか、いろいろな学説があり、はっきりしていない。
また「それぞれが自分にできる仕方で解釈している」とは、どういうことかもはっきりしない。「解釈」と訳すべきか「翻訳」と訳すべきについても、いろいろな学説がある。パピアスの証言は、確かに現存する資料の中で、マタイ福音書について古代教会に伝えられている最古の証言であるが、これだけの短い、謎のような文である以上、はっきりしたことは定め難い、のが真実の姿である。
それをWTは中世の聖書正典信仰を前提に「真理」と称して教えているのである。
パピアスの証言に関して確かなことは、パピアスはまず、マルコについてかなり長く書き、その次にマタイについてほんの一言付け加えるように、先の文を書いているのである。
後の時代のクレメンスやオリゲネスなどは、四福音書の権威がほぼ確立していたので、まずマタイについてものを言うのが慣例となっていた。マタイこそ第一の福音書なのだ、という教会ドグマが出来上がっていたのであろう。パピアスは、まだマルコ福音書の方が先に書かれていたという事実を知っており、マタイ福音書に関する真実に戸惑いを覚えていたから、歯切れの悪い証言をしているのであろう。
いずれにしても、マタイが歴史上最初の書かれた福音書であるという記述は、10世紀以前には存在していない。70年以前に書かれたはずもないことは、23:35の「あなた方が聖なるところと祭壇の間で殺害した、バラキアの子ゼカリアの血」に関する記述からしても、明らかである。
原文から構造と構文を比較すれば、マタイがマルコの文の語をところどころ書き変えながら、自分の主張に沿うように編集し直していることが、見てとれる。