●閑話休題(イエスの誕生に関する矛盾)
疑似パウロ書簡の研究をしているとパウロ文書と信じている人に納得させる説明をするのが、非常に込み入ってきます。単に自分の文章力の不足によるのですが、面倒になり放置しています。
気分転換に、だいぶ昔にまとめたものですが、備忘録として載せておきます。
マルコ福音書とヨハネ福音書には、イエスの誕生物語については書かれていない。
「マルコ」のイエス物語は、バプテストのヨハネのイエスの洗礼物語から始まる。洗礼前のイエスのついては何も書かれていない。
「ヨハネ」のイエスは、象徴的な「言葉」の誕生から始まるが、その「命」と「光は」、マルコと同じく、神の代理者バプテストのヨハネから始まる。
マルコとヨハネには、成人になる前のイエスやイエスにいたる系図については何も書かれていない。
最初の新約文書を記述したパウロもイエスの誕生については何も触れていない。もっともパウロの興味は、生前のイエスについても興味はなく、復活後のイエス、つまりメシア、キリストに関してだけである。
一方、「マタイ」と「ルカ」には、イエスの誕生に関する詳細な物語が描かれている。処女懐胎やイエスがベツレヘムで生まれたといういわゆるクリスマス・ストーリーは、マタイとルカを融合させたものである。
「マタイ」のイエス誕生は、マリアの妊娠を知ったヨセフに、み使いが告知するところから始まる。
生れた場所は、ベツレヘムであり、ヘロデ大王が生きていた時代のこととされている。星に導かれた三賢者が東方からエルサレムまで旅をし、ユダヤの王がどこで生まれるかを尋ねる。ヘロデ大王が調査し、ユダヤ教の学者から、王がベツレヘムに誕生することを知る。賢者たちは、またも星の先導に従いベツレヘムに向かい、イエスの家族に会い、贈り物をする。夢で警告された賢者たちは、ヘロデ大王との約束を反故にし、エルサレムには戻らず、帰路に着く。未来のユダヤの王の誕生を恐れたヘロデは、軍隊を差し向け、ベツレヘムと周辺の二歳以下の男の子を皆殺しにする。
しかし、夢で警告を受けていたイエス家族は、ヘロデ大王が死ぬまで、エジプトに避難する。ヘロデ王が死んだこと告げられたイエス家族は、ベツレヘムではなく、ナザレに住んで育つ。
マタイの系図は、アブラハムから順に下り、14代ごとに区切って、ダビデを経てヨセフにたどり着く。
「マタイ」によるイエスの誕生物語の大きな特徴は、イエスに関する出来事を「預言者を通して言われたことが成就するためであった」としていることである。いわゆる「定型引用」と呼ばれるものであるが、マタイに11か所登場する。
面白いことに、イエスの誕生に関する記述の1,2章だけで、5か所も登場する。定型引用は、通常の70人訳をまるまる引用したものではなく、ヘブライ語本文から、あるいは70人訳にヘブライ語本文を交えたり、ヘブライ語やアラム語の知識に加えて、旧約の解釈の伝統の知識を踏まえて、預言成就の形となっている。
つまりルカとは異なるマタイの特徴の一つは、イエスの誕生を「聖書預言の成就」としていることにある。
「ルカ」によるイエスの誕生物語は、エリサベツに天使がバプテストのヨハネを身ごもることを告知することから始まる。
ローマ皇帝アウグストゥスの時代の話であり、住民登録制度を導入したのは、シリアの総督キリニウスの時代としている。誰もが先祖の故郷に戻って登録しなければならなかったので、ヨセフは先祖の出身地であるベツレヘムで住民登録をするため、身重のマリアとともに、訪れていた時に、イエスは誕生したと書いてある。
ベツレヘムにイエスの家があったのではなく、旅行中に宿がなかったので、飼葉桶で生まれる。み使いの合唱に祝福され、キリストの誕生を告げられた羊飼いの訪問を受ける。神殿でもシメオンとアンナからキリストを待ち望んでいたことを告げられ、ナザレに戻っていく。
ルカは、イエスがナザレ出身であることを知っていながら、ベツレヘムで生まれたことにしたかったのである。
マタイもルカもイエスのベツレヘム誕生に拘っているのは、それなりの理由があるからである。
「マタイ」のイエス誕生はヘロデ大王が生きていた時代としている。没年は、前4年だから、イエスの誕生は、それ以前ということになる。
しかし、WTでは、没年が前4年であることを認めていない。その根拠が洞察等には登場するが、世の資料であるヨセフスの資料であるから信憑性に乏しいとしている。何とかして前二年に近づけようと、必死に工面している論理展開が涙ぐましい。しかし、エルサレム崩壊に関する時には、ヨセフスの資料を真実の根拠として登場させる。歴史学者に同じ論理を展開させたら、相手にされないだろう。
また、ルカ2:1アウグストゥスの住民登録の歴史的記録は存在しないし、ダビデとイエスの時代には1000年の開きがある。
1000年前の先祖の故郷に国中の人が登録の為とはいえ移動しなければならないとしたら、全世界的な大移動となるはずである。また実際1000年前のどの地域に移動すべきかを把握していた人間がどれほどいたのだろうか。
ルカ2:2のキリニウスがシリアの総督であった時とは、後6年のことであり、「マタイ」のヘロデ大王の没年とは、10年の開きがある。
マタイに従えばイエスの誕生は前四年より前。
ルカ2:2に従えば、後六年となる。
どちらが真実か。あるいはどちらも真実ではないのか。いずれにしても、どちらも真実であるということはありえない。
なお、WTは、ルカ3:1を根拠に、イエスの誕生を前2年に設定している。
面白いことに、NWTルカ2:2を( )付きとしている。通常聖書中の( )は挿入文を示しているが、NWTの記号凡例に( )の説明はない。ルカ2:2を( )にしている聖書はほかに見たことがない。
洞察等では、キリニウスのシリア総督就任を、前2年と後6年の2回あったと苦しい説明をしているが、前2年の歴史的資料は発見されていない。2:2を本当は聖書から削除したいのだろうか?
疑似パウロ書簡であるコロサイ4:10の後半も( )付き。パウロがローマで軟禁中にマルコが共にいなければならないことになるが、使徒行伝にはマルコが共にいた記録はない。
他にもNWTだけが( )付きにしている箇所は、いくつもあるが、どうやらWTにとっては都合の悪い聖句のようだ。
マタイとルカでは、ほかにも違いがある。
「ルカ」では、エリサベツとマリアの前に天使が登場するが、「マタイ」ではそのことには触れられていない。
「マタイ」では、ヨセフが夢で神託を受けるが、「ルカ」では触れられていない。
「マタイ」」には賢者が登場するが、「ルカ」では登場しない。
「ルカ」にはみ使いの合唱と羊飼いが登場するが、「マタイ」には登場しない。
「マタイ」には星の導きや、ヘロデ王の幼児虐殺、エジプトへの逃避行等の話が出てくるが、「ルカ」には登場しない。
「ルカ」には、バプテストのヨハネの誕生とエリサベツとマリアが親族であったこと、ベツレヘム旅行、飼葉桶と宿屋の話、イエスの割礼や、神殿での出来事などの話は、「マタイ」には登場しない。
これらは相互に矛盾するものではないかもしれないが、「マタイ」と「ルカ」の両方とも真実である、というのであれば、聖書のどの福音書にも書かれていない「マタイ」と「ルカ」を融合させた新たな「福音書」が必要となる。
ヨセフとマリアの故郷がナザレだと言っているのは「ルカ」だけである。「マタイ」はヨセフとマリアの故郷については何も触れておらず、東方の三博士はイエスが生まれた宿ではなく、「家」に訪問したとしている。ヘロデによる幼児殺害命令は、二歳以下であるから、イエスは誕生後数カ月か一年以上ベツレヘムにとどまっていたことになる。「家」にいたのであるから、イエスの誕生は、「ルカ」が示すように、ベツレヘム旅行中などではなかったことになる。「マタイ」によれば、イエスは難を逃れるために一時的にエジプトに逃れ、その後ナザレで生活していたとされている。
マタイもルカも、処女生誕とイエスのベツレヘム誕生に拘っているのには理由がある。その理由をマタイは、はっきり「聖書預言の成就のためである」としている。旧約の預言がイエスの生涯に成就したのではなく、旧約の預言成就のためには、イエスの生涯は預言に沿ったものでなければならなかったのである。イエスをダビデの後継者とするためには、王の都市であるベツレヘムで生まれることが必要だっだのであり、ナザレの田舎生まれではうまくなかったのである。
系図もアブラハムの子孫であり、ダビデの子孫であることが必要だったのである。
ヘブライ語のアルファベットは数字としても使う。母音はなかったので「ダビデ」は、DVD(464)で合計すると14となる。マタイは意図的に十四代に揃えようとしたのだろう。
ルカの系図がヨセフから遡り、アブラハムまでだけではなく、アダムまで遡っていったのは、ユダヤ人の祖だけではなく、人類の救済のためには、すべての人間の祖にまで遡る必要があると感じたからであろう。
マタイの系図をヨセフのもの、ルカの系図をマリアのものとする説があるが、ルカ3:23では、「ヨセフの子」とあり、系図がヨセフのものであると認めている。
聖書全体が、一人の著者によって書かれた矛盾のない神の言葉である、とするのは無理があるようだ。
矛盾を矛盾ではないと信じるのが「信仰」であるでとしても、「信じている」からといって「信仰」が事実や真理になるわけではないのは確かである。
もっとも、JWにとっては自分が信じていることが、別のJWとは異なっていたとしても、真理なのであるから、真理とは矛盾があっても当然なのであろうか。