●エノク書と見張りの者との関係

 

  聖書中最も長寿(創5:27)として知られるメトセラの父エノクは、その時代の中の人間としては、極めて短命である。(創5:23)そのエノクは、黙示伝統と秘教伝承の両面に置いて極めて重要視されている。その理由は、創世記5:24「エノクは神と共に歩み、神が取られたのでいなくなった」とする句の解釈にある。古くからこの句は、エノクが通常の死を免れて、生きたまま昇天したことを意味する、と解釈されて来た。そのため、彼はさまざまな黙示録に登場する。彼は天に置いて「秘密の事柄」を明かされたに違いない、と想像された。

  例えば、天使の中の好色かつ反逆的な一群について、創世記ではほとんど触れられていない。創世記6:4「当時もその後も、地上にはネフィリムがいた。これは神の子ら(b’nai elohim)が人の娘たちのところに入って産ませた者であり、大昔の名高い英雄たちであった」とあるだけである。

 

  しかし、「第一エノク書」には彼らに関する詳細な記述がある。例えば「見張る者の書」によれば、この堕天使たちは悪魔の手下であり、「地上のあらゆる悪の根源」であるという。(第一エノク9:8)この「見張る者の書」の著者は、普通「天使」と呼ばれる天的存在を「見張る者」という名で呼んでいる。

 

  そしてこの呼び方は「ダニエル書」4:13にも登場する。「わたしは床の上、自分の頭の幻の中で引き続き見ていると、見よ、見張りの者、聖なる者が天から下って来た」。(NWT)ヘブライ聖書の中で天使が「見張る者」と呼ばれているのはここだけである。

 

  この「見張る者」という語は、不気味で恐ろしいニュアンスを持つもので、守護者というよりも監視者、スパイであり、扇動者を意味する語である。

 

  「エノク書」も「ダニエル書」も黙示文学に属する西暦前二世紀のものとされる。「ダニエル書が、西暦前6世紀以前のものであるとすることはできない。ヘブライ語本文の中でも、ダニエル書は「預言書」ではなく、「諸書」に分類されている。旧約正典成立の段階でも、まだ「詩編」などと同じ分類の文学作品とみなされていたのである。

  WTが解釈する、油注がれた「残りの者」は現代の「見張りの者」であるという解釈は、外典であるエノク書を基にしているのである。ダニエル書を根拠にするにしても、預言書ではなく、黙示文学としての扱いでしかない。

 

 

 

  WTは、外典とは神の霊感を受けたものではなく、悪霊の霊感を受けているから正典とはならなかった、と解説する。そうであれば、正典ではなく外典を根拠に、現代の見張りの者とは統治体の成員たちであり、正典聖書の唯一の正当な解釈者であると説くWT解釈は、神の霊感を受けたものではなく、悪霊の霊感の表現であるということにはならないだろうか。

 

  第一ヨハネ4:1「愛する者たちよ、霊感の表現すべてを信じてはなりません。むしろ、その霊感の表現を試して、それが神から出ているかどうかを見きわめなさい。多くの偽預言者が世から出たからです」。

 

  正典聖書の中にある、この句から解釈すると、どうやらWT・JWは、世から出た多くの偽預言者の一人らしい。