福音書の表題とkanon list順位

 

古代の書物は、著者自身は自分では表題をつけないのが普通である。

 

写本の研究によると「マルコによる福音」という表題は、2世紀前半まで表題はつけられていなかったようである。

他の「福音」の書物と区別するため「マルコによる」という表題は必要なかったのである。

ちなみに「○○による福音書」という言い方は、それ呼び方自体が四福音書補完説を前提にしている表現である。現存する最も古い写本であるシナイ写本とバチカン写本の冒頭に、「kata ○○」と表題が付いている。三世紀初めの写本であるP45(Chester Beatty Pappyrus)は欠落しているのでわからないが、同時代のP66Pappyrus Bodner ll)はヨハネ福音書のみの写本であるが、同じく「kata」が付いている。

kata」は英語のaccording toに対応する。byではない。つまりそれぞれの著者によって(by)書かれたのではなく、同一の「福音」をマルコ、マタイ、ルカ、ヨハネの仕方に応じて(according to)伝えられたものである、という思想を前提にしている表現である。

というわけで、「○○による福音書」という表題が元来の表題であるとみなすことはできないのである。

マルコ福音書の書き出しである、「イエス・キリストの福音」が「マルコ福音書」の表題であった。

 

使徒教父時代(2-4世紀エレイナイオスまで)は、旧約聖書を聖書として引用する場合「・・・と書かれている」という言い方をする。「書物」に「書かれている」というのが正典的権威であった。

しかし、福音書の「イエスの言葉」の引用に関しては、「マタイに書かれている」とか「福音書が言っている」との言い方は見られない。

「・・・と主は言っている」という言い方になる。福音書そのものが正典的権威をまだ持っていなかったからである。

書物に載っている「イエスの言葉」そのものが権威あるものとみなされていた。口伝などで伝えられた「イエスの言葉」も、まだまだ権威あるものとみなされていた。

 

2世紀前半の時期は、4福音書が同等の権威をもつものとして、多数の教会で認められていたわけではない。

 

マタイ書は書かれた当初から正統派教会に最も尊重された。マルコに比べて、ギリシャ語の文章が理路整然としているのに加え、旧約聖書の権威によってイエスの出来事を説明しようとしていることと無縁ではない。

キリスト教は初めの100年以上、権威ある書物として旧約聖書しかなかったのであるから、マタイ書は旧約と新約を繋ぐ正統的な権威として重要な役割を果たした。

 

それに対し、マルコ書は最も古い福音書でありながら、あまり評判は良くなかった。正統派教会はこれをどう扱ってよいか戸惑っていたのだろう。何せ、ペテロ批判と直弟子批判だけでなく、福音派のカリスマ聖パウロ批判もちりばめられている。

 

マタイとルカはこの評判の良くないマルコ書を正統派教会にとって納得のいくように書き直したものである。ルカはマルコの名を上げはしないものの、実際には露骨に批判している。

 

ルカの序文で、「多くの者が福音書の執筆に手を付けた」と述べている。「手を付ける」という動詞は、あまりうまく出来ていないというマイナスのイメージを伴っている言葉である。

実際にはマルコの福音書を指し、「自分の方が正確で、順序正しい」と批判しているのである。

 

WTは、マタイ、ルカ、マルコ、の年代順で書かれたとしているが、なぜ、人気のないマルコが正典の2番目の位置にあるのか、説明できない。WTの説く成立年代順、あるいは教会の人気順であるなら、マタイ、ルカ、マルコの順でよいはずである。

しかし、福音書の正典化の歴史を調べてみても、4世紀以降はすべて、マタイ、マルコ、ルカの並びである。例外は存在しない。

 

なぜ、人気のないマルコが人気のあったルカを抑えて2番目なのか、この謎を解くことは、マタイが先かマルコが先かの問題に一つの手掛かりを与えている。

使徒権威主義に依存するヒエラルキーが初期キリスト教の時代からから存在していたのだから、マタイが一番人気なのは、マルコとルカが12使徒のリストには入っていないという事実と無関係ではないだろう。