●マタイ福音書、41年成立説はどこから来たか?
まず、「霊感」のマタイ福音書の概論P176:5節の「初期教会史家たちの圧倒的な証言」とあるが、イエスの死後から313年のミラノ勅令までの初期キリスト教文書は、エウセビオスの「教会史」以外現存していない。
「初期教会史たちの圧倒的な証言」とは、すべて、「教会史」で言及されている初期キリスト教会のさまざまな宗派に関する引用文からの証言である。
エウセビオスという人物は、ミラノ勅令からコンスタンティヌスによって重用され、325年のニケア公会議の司会者を務めている。
エウセビオスは、当初、アリウス派を支持していたが、最終的にアタナシウス派を擁護した。
アリウス派は、父と子の位格は別であり、イエスの独立した人性を認めたが、アタナシウス派は、父と子の位格は同等であり、イエスの人性を認めなかった。
結局、エウセビオスは、アリウス派を異端とし排除し、三位一体への基礎を作った教父として有名である。
WT03/7/15,P29-31では、エウセビオスの著作の重要性を認めているものの、真理の擁護者とは認めていないとしている。
一方、「霊感」では、真理の擁護者ではないエウセビオスや同じく真理の擁護者ではないとする正典リストを完成させたヒエロニムスの証言を、マタイ書に関する自説の信憑性ある「初期教父たちの圧倒的な証言」として権威付けしている。
一貫性のないご都合主義はいかがなものか。
他にも、P176:6節には、「10世紀以降の写本のいくつか」の奥付を証拠としている。10世紀以降であるから、大量に作成された小文字写本である。しかし、「いくつか」しかないのにも関わらず、マタイ書完成を41年としている。大部分は41年説に否定的なのである。
「すべては10世紀以後のもの」ということは、10世紀以前の写本(大文字写本)には、41年説を支持する奥付けは存在せず、10世紀」以降にも「いくつか」しかないのである。
「いくつか」の写本の奥付は、何らかの意図を持って、つまり、教会の権威を高め、自らの教理の正統性を主張するために、後から加えられた奥付けと考えるのが自然であろう。
それとも、今までなかった奥付けが、10世紀以降のいくつかの写本に突然神の指が神慮によって、これこそ真実だと書き加えられたのであろうか?(W)
WTの教理によると、エルサレムに統治体があり、真のキリスト教はその指示のもとに一つに結ばれていた。1世紀から、現在に至るまで真のキリスト教は一つしかなく、他のすべての宗教は偽物であるとされている。WT2013/7/15以来この主張は成立しなくなっているのだが、ほとんどのJW信者はいまだにそう信じている。
しかし、WTや出版物でも、注意深く読めば、少なくても4世紀までのキリスト教は、新約正典を持たず、アタナシウス派VSアリウス派に見られるように、各地に様々な教理を信奉する教団が多数存在したことを読み取れる。(第一コリント3:1-9「パウロ派」「アポロ派」、使徒6章「ヘブライ語を話すユダヤ人」「ギリシャ語を話すユダヤ人」等)
もっとも、最近のWT教理によると、1919年まで、忠実で思慮深い奴隷を誰ひとり任命していないのだから、それ以前のキリスト教のすべては、イエスから任命のない偽物ということになる。テサロニケ第二2:3~を根拠に、パウロや使徒たちが存在していたころから背教は進行していた、とする。初期キリスト教における忠実で思慮深い奴隷の任命と中断はいついかなる理由で行なわれたのかを、正典が存在していなかったことを前提に証明しなければならなくなった。それができなければ、その中には、当然一世紀のキリスト教も含まれることになった。
1世紀のエルサレム会衆の統治体を、自分たちの正統的な権威としてリンクさせておきながら、「忠実な奴隷」の存在に関する解釈を変更しなければ、現状による解釈では、1世紀の統治体を偽物としなければならない。おそらく、小麦と雑草の譬えの解釈を更に変更して、辻褄を合せてようとするのだろう。(実際、2015年発行の新しい「組織」3:2で使徒たちの死後、統治体は存在しなくなり、個人として油注がれた者が存在していただけだ、と解釈変更した。この解釈はさらなる矛盾を生じさせただけであるが、ここでは取り上げない)。(W)
しかし、WTが説く1919年のイエスによる「忠実な奴隷」任命後、WTはラッセルの教理を引き継いだ。すると、イエスによって任命されたのではないラッセルが率いたWTは偽物ということになる。
偽物の組織を引き継いだ組織が真の組織として任命されたという教理が真理であるという。この矛盾を、WTはどう解くのか、楽しみである。(W)