単数形か複数形か、定冠詞の有無は重要か?

 

bibliaがラテン語の単数形か、ギリシャ語の複数形かが、重要な問題になるのは、英語のbibleという語が、単数形の単語であることにある。つまり、ラテン語のbibliaは単数形扱いであり、「聖書」は複数の文書からなる文書集(書庫)ではなく、一冊の書物であるという意識がすでに成立していたことになる。

 

一方、ギリシャ語のbibliaは複数形であるから、複数の書物からなるbibliaを一冊の「聖書」として扱う意識はなく、biblosを集めたbiblia(書物集)に過ぎないという意識しかなかったことになる。あくまでも複数の書物たちであり、一冊のまとまった書庫となっている本という概念は存在していなかったのである。

 

研究4:2によると、西暦前2世紀までには、ヘブライ語聖書がギリシャ語でta bibliaと定冠詞付きで呼ばれていたから、旧約聖書が一つのまとまった「聖書」として存在していたかのような印象を与える。しかし、それは間違い。わざわざそう思わせるように意図されたかのような書き方あり、読者の言語基礎知識の無知に付け込もうとする、実に不誠実な解説である。「正確な知識」に基づく信仰を培うように教えていながら、本当に正確な知識を得させたいと望んでいるのかはなはだ疑問である。(W)

 

あくまでも、ギリシャ語bibliaは複数形である。新約で出てくる定冠詞付きbibliaは、いわゆる70人訳聖書の旧約を指すことが多いが、70人訳に入らなかったヘブライ語文書も数多く存在する。定冠詞がついても特定の巻物を指して、ta bibliaと呼んだのである。

 4:2に引用されているテモテ第二4:13でパウロが持ってくるように依頼した「巻物」(biblia)、特に羊皮紙のもの」とは当然正典と考えられていた旧約聖書全体のことではなく、特定の複数の巻物のことである。そもそも、旧約の正典化は、エルサレム崩壊後の西暦90年ヤムニア会議でのことである。

 

実際、NWTの「巻物」という訳自体、原文ta bibliaをKI「王国行間逐語訳」=the little-booksと訳し、英訳the scrollsと複数形で訳している。日本語では分かりにくいが、複数形で訳していること自体が、この時代のいわゆる旧約が、まだばらばらの書物群であり、正典化された旧約聖書とはなっていなかったことを認めているのである。

しかし、イエスの時代のギリシャ語で書かれた旧約聖書に「70人訳」があるから、現在の正典化された聖書のイメージから、いわゆる「旧約」は紀元前から正典化されていたと信じているJWがあまりにも多い。定冠詞付き単数の「聖書」というイメージである。

 

1世紀当時、旧約はもとより、福音書著者やいわゆる新約聖書筆者たちが書いたそれぞれのbiblosあるいはbiblionが、一冊にまとまった単数形のbibliaの一部であるという意識はなかった。ギリシャ語のbibliaは複数形であり、単数形のbibliaという意識がないのだから、当然、書いた側にも、それを読む側にも、それが書かれた時代に、我々がイメージするような単数形の「聖書」という意識はなかったことになる。

 

当時のキリスト教はユダヤ教キリスト派あるいはユダヤ教ナザレ派と呼ばれていた。成立当時のユダヤ教キリスト派にとって、「旧約」と呼んでいる書物は決して「旧い」ものではなかった。「新約」正典は存在していないから、これが唯一絶対の「聖書」であった。「旧約」という表現そのものが「新約」に対する「旧約」であり、新約の成立を前提としている表現である。

 

もし、キリスト教がユダヤ教に対する新しい宗教として自覚して、その信仰の根拠として独自の正典を持とうとしたならば、「旧約」とは別の「新約」に属するいくつかの文書を定冠詞付きでta grapheあるいはta  graphaiと呼んだはずである。

「新約」と名付けられるのが後の時代であったとしても、少なくても定冠詞付きの「書物」、ta  grapheという概念を自分たちの文書に当てはめようとしたはずである。

 

ところが、当時のキリスト教徒は自分たちの定冠詞付きの「書物」を持とうとしなかっただけでなく、「旧約」と呼んでいる書物をそのまま定冠詞付きでta grapheと呼び続けていた。

キリスト教は「旧約」を権威ある文書として受け入れながら、ユダヤ教を律法の終わりとした。つまり、ユダヤ教を否定しながら、自らの正統性をユダヤ教の正典に依拠するという自己矛盾を、はじめから抱えて出発したのである。

 

初期キリスト教徒にとっての定冠詞付きの「書物」、いわゆる「旧約聖書」が、ユダヤ教徒にとっての定冠詞付き「正典」と同じ意味を持っていたかどうかは微妙だが、はじめの200年近くは、「旧約」以外に自分たちの定冠詞付きの「書物」を持たなかったのである。

 

 

ギリシャ語のbiblosは研究4:1にあるように、パピルスの茎を指す。そのbiblosに指小辞の-ionを付けてbiblionという語が生まれる。Biblosはパピルス紙の材料であったから、パピルス紙をも意味するようになり、指小辞の付いたbibionはパピルス紙から作ったちょっとした小さいもの、つまり小さい書物を意味するようになった。

この指小辞-ionも小さいものを指すとは限らず、単なる中性名詞語尾となり、仏語や英語の名詞語尾-ionとなる。

 

ともかく、古代ギリシャ語の教会では、「聖書」を固有名詞的に「ビブリア」と呼ぶことはなく、ラテン語に入り、固有名詞化された。

 

Bibliaという普通名詞の複数形である単語を、固有名詞的に「聖書」の意味に用いた最初の著者は、4世紀後半の教父ヒエロニムスとされる。

 

「聖書」をbibleと呼ぶようになった背景には、「聖書」を神聖不可侵の「一冊の書物」とする、4世紀以降のローマ・カトリックやギリシャ・オーソドックスの教理が関係している。イエスや使徒たちの時代にはなかった考えである。