只見線の思い出 | HAJIMEのひとりごと

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学生時代、国鉄全線完乗を目指していた私は、夏休みに只見線に乗りに出かけた。帰省先の秋田から羽越線、上越線経由上野行きの夜行急行に乗り、明け方の3時頃に上越線の六日町か越後湯沢で下車し、只見線の始発駅である小出駅まで折り返そうと目論んでいた。

しかし、そのとき新潟県内は大雨で急行も途中で運転を停止しており、新潟県内のどこかの駅で立ち往生してしまったのである。そこで新潟まで戻り、高校時代の親友の下宿に転がり込んで泊めてもらったのを覚えている。

その翌年、再び只見線に挑戦した。このときは鉄道好きだった亡き父と一緒だった。上越新幹線は開通していたはずだが、まだ並行在来線の列車も残っていて、急行「佐渡」か「よねやま」で上野から小出に入ったはずだ。
小出駅前の旅館に父と泊まり、只見線の一番列車で会津若松まで乗った。列車交換で止まった大白川かどこかの駅の朝の空気がすがすがしかったのを覚えている。

11年7月豪雨で只見線の鉄橋が流出したニュースを見て、30年近く前に只見線に乗った時のことを鮮明に思い出した。