このところしばらく何も起こさなかったJALだが、ここに来て2件のトラブル。
1件はプサン-成田便で、プサンで下ろすはずのカートを下ろさなかったため、収納場所がなくなり、ミールの入ったカートをトイレに収納して出発、トイレから出してきたミールを乗客に配って食べさせてしまったという話。
「トレイ」(お盆)でなく「トイレ」(ラバトリー)である。
もう1件は新千歳で、離陸許可を聞き間違え、許可前に離陸滑走を開始、急停止したというもの。管制官が停止指示を出した地点から1800m先には着陸したJALのMD90がいたということだ。
前者は、カートが飛んでけが人が出なかっただけましで、「臭い(?)飯を食わされた」で済んだ話かも知れない。
問題なのは後者だ。
滑走開始後、管制官の「Stop!、Immediately!!」という指示で500m走って停止したという。
滑走開始から停止指示の地点まで200m(MD機から1800m)、そこから停止まで300m走ったとしよう。
滑走開始地点から、着陸したMD90がいた地点までは2000m(200+1800)。
JALのHPになかったので、ANAのHPからB747-400のスペックを調べると離陸滑走距離は2280mとある。離陸滑走距離は、そのときの重量と気温で変わるので断言はできないが、もしMD機がまだ滑走路上にいたならば、本当に衝突する恐れがあった。
またMD90の全高は9.4m。仮に離陸浮上していても、この高度まで達して、上を飛び越えられたかどうか。
また当時は降雪で視界500mと悪かったそうで、500m手前(つまり滑走開始から1500m地点)で、MD機を視認しても止めることができたかどうかわからない。
離陸速度はだいたい250~270km/hくらいなので、1500m地点では200km/h近かったたかも知れない。もしV1という離陸決心速度を超えていれば滑走路内で止めることすらも不可能だ。
ちなみに両機の乗客数は合計572名だったと報じられている。
1977年3月27日、カナリア諸島テネリフェ島ロス・ロデオス空港でパンナムとKLMのジャンボ機同士が地上で衝突、583名が犠牲になった事故があった。濃霧で視界300m、その他複合的な要因があったようだが、今回のインシデントは「あわや」という事態であったかも知れない。
