まずひとつは、川崎のマンションでの事件である。マスコミは、この容疑者が会社をリストラされたのかに関心を持ちはじめている。
リストラが引き起こした悲劇、容疑者も「被害者のひとり」という世論の誘導をしたいかのと思うほどである。しかし、私がこの事件で着目したのは、この容疑者が退職時に、「メールで退職届を送った」と報道されていた点である。
社会人の一般常識から考えて、直接会って話すか、それができなければ少なくとも電話で、自分の言葉で辞意を伝えるというのが普通ではないか。メールで辞意を伝えるということ自体が非常識であるが、人とのコミュニケーション忌避状態にあり、それがその後の事件に結びついたのではないかとも思える。
少なくともまともな人間なら、メールで退職届を送らないだろう。
先日の日経にも、ある経営者がメール禁止デーを作ったと報じられていたが、意識としては必要なところだろう。何でもメールでいいという意識がこのようなことにつながるのではないか。
もうひとつ思ったのは射水市の人工呼吸器外しの事件。私の母も昨年4月に心筋梗塞で倒れ、秋田県内の病院に搬送されたが、人工呼吸器を装着しつづけ、意識不明のまま8月に亡くなった。そのとき、人工呼吸器を外して欲しいと思ったことはなかった。「もしかして意識が回復するかも」という望みを捨て切れなかった。
急性期の病院で診てくれなくなったときのことも想定し、秋田県社会保険事務局に電話、県内の特殊疾患療養病棟、障害者施設等入院基本料を算定する病院をすべて教えてもらい、転院させても最後までなんとかしようと思った。
このケースでは家族に説明したというが、母のいた病院では、「ずっと面倒をみさせてもらいますよ」と医師、看護師長が言ってくれていた。延命医療について一定の基準がないというが、こうしたところに医師や医療スタッフの人間性が垣間見えるような気もする。
延命医療で、多額の医療費を使っているというが、人間としての尊厳を考えるとあながち「やめましょう」とは言えない筈だ。少なくとも家族の側に、その選択権を持たせるべきではないだろうか。