全力失走 -15ページ目

20歳以上です

コンビニで煙草を買う際の
年齢認証ボタンがすごく面倒。
何の為の店頭販売なのよ。
自分で認証したよね!?
っていう責任逃れなんでしょう。

前に裁判員制度から3年経過って
ニュースになってたけどこれも
国民の貴方達がそう判断したんですよね
っていう責任逃れだ。

こういう人と人を切り離し
関係性を薄くするように社会が
働きかけているとしか思えない。
人と人がぶつかるから
問題が起こるんだみたいな。

一方で震災の時なんかは
絆だ絆だと騒ぎ立てる。
勿論震災支援も絆でしょうけど、
そんな美しいだけのものじゃない。
そもそも絆とは思い通りの行動を
妨げるものっていうのが語源。
人と人がぶつかって食い違うから
絆が生まれるんじゃないかな。

453番

松任ロードレース10kmの部に参戦。
トイレで原爆投下中に
「スタート4分前です」
のアナウンスが流れててんてこ舞い。
ウンコの自由はないのか。

パラパラ雨まで降っている。
ピストルの音と共に走り出す。
オリャーダダダタダダッ!!
…またやってしまう。
前回、意味不明のスタートダッシュで
自分を見失いえらい目に遭ったばかり
なのになぜこんなにも学習能力がないのか。
400m付近てハッと思いペースを落とす。
結果56分28秒で無事完走。
ランナーにとっては遅すぎですが、
未体験ゾーンの私としては満足。
今回は所属先:茶柱フワリで参加しました。

最後に豚汁とおにぎり二個が支給。
寒いので閉会式を待たず即帰宅。

今年の大会はこれで走り納め。
雪が積もったらどこで練習しようか。
来年はもう何回か10km走った後に
ハーフに挑戦したい!!

こんな攻撃的なブログ何年ぶりだろう。

笑い考察

笑いはドコダ。

笑いのルーツを探ろう。
売れないお笑い芸人みたい。
趣味の延長線上にあれば
良いんだけどジョギングの先には
苦悶の表情しかない。

そもそも大笑いしてたの
なんていつでしょう!?
スッと思い出すのは
高校一年の井口先生の授業中と
高校三年の室崎君と顔を合わせた時。
友達不足かもしれない。
とはいえ旧友と集まる事も無く、
将棋とジョギングは興味なしと
周囲に一蹴されたばかり。
笑いを見つけるには案外
行動力が必要な気がする。

文末の(笑)ってのも
笑いたいけど笑うことのない
現代社会の産物だ、きっと。

もう1つ、
まったりと特に探求心や向上心もなく
生きているのも原因かも。
感動にも言えると思うけど、
もう頑張らなくてもいいんだよ
みたいな歌詞の唄に
感動する人多いと思うけど
とっくに頑張るのを止めた私は
今はこういう類に感動しない。

とどのつまり
ぼーっと生きてっから
感動や笑いをキャッチする
感性が鈍ってるのかも。
なので直接的に笑いを探しにいく前に
まずは1日1刺激を目標に生きていこう!

わかい

小松市のとある経営者に会う。
本も出版したそうでサイン入りで貰う。
経験が豊富なこういう成功者は
洞察力に長けている方が多い。
仕事の方で安定求めにいっちゃってるから
圧し殺しているおまえ本来の奔放な部分が
ジョギングなんかにいっちゃってんだよ 笑
と言われる。

考えた事もなかったけど
そうかもしれない。

大人になるにつれて
あなたはこういう人だ
と核心的に突かれる事がなくなる。
面倒臭がりだよねぇとかの
タイプ分類レベルなら
寧ろ増えるかもしれないが。

彼は三大テーマに
笑い 感動 生き甲斐
を掲げている。
これってシンプルだけど
的を射ている気がする。

笑いって最近ないなぁ。
愛想笑いの方が多いだろう。
感動ははじめてのおつかいを
見るたびにしている。
子供嫌いの私がなぜかこれに弱い。
生き甲斐も現状怪しい。
細かいやりがいはあっても
生きていくに値する事って何だろう。
死ぬわけにはいかない責任感が
生き甲斐なんじゃないかとすら思う。
暗すぎる。

趣味探しはもう成功したから
次は笑い探し始めようかな。
続く。

何分の何の何とかの何

松任ロードレース10kmに
こっそりエントリーしたので、
手始めに7キロ走ってみた。

ジョギング歴もまだ2ヶ月、
5km以上は初めてなので
息が荒れない程度のスピードで走ってみる。
完走したものの足が小鹿。
2週間後なのに大丈夫!?
松任ロードレースはフラットなので
いけるだろうと過信したが
単純に7kmという距離自体に
体が弄ばれている。

今年最後のレースなので
1時間以内の完走で
今年の新趣味を締め括るの!

the biggest yes

ケツと足のブツブツが気になり
地元の診療所へ。

駅前なので駅に車を停める。
商店街専用駐車スペースがある。
この殺伐とした駅前を
商店街と呼ぶ図々しさ。

駅前のボロボロの建物では
おぐら座という意味不明の劇団。
今日の演目は
オランダ坂に雨が降る。
客が入る様子もなく中も暗い。

隣の隣のボロ診療所に入る。
久々に先生に会った。
お父さん元気?
剣道もうやってないの?
グイグイきやがる。
この先生は好きだ。

ちょっとケツ見て、
ブツブツがでけた。
なんでだろ、まぁ薬出しとく。
はーい。

あともう一個。
乾燥してきたらまた足が痒いげん!
見て見て
(…あれ、治っている)
…先週まで痒かってん

んじゃ6年前と同じ薬出しとくか。
2本でいっか。
はい、お願いしまーす。
…やっぱり3本!

更に2つ隣の建物で処方薬を受け取る。
間の花屋は客どころか花もほぼ無い。
道の向こうの時計屋のあんちゃんは元気だろうか。
あ、ヤンキーカップル。

帰る。

金沢ロードレース

全力失走-P1000005.JPG

朝5時半、辛うじて起きる。
金沢ロードレース参戦。
朝っぱらから本多の森公園に
とんでもない人の数が集まる。

今からマラソンって時に
ジョギングで来てる人がいる。
クレイジーすぎ!
また開始まで一時間あんのに
「オーッ」と気合を入れてるチームもある。
この時点でオヤオヤ!?
と思い始めてましたよ。

早々と受付を済ませてパンフレットを見てみる。
歴代優勝者のタイム5km16分だと!!?
え?と思い周りを見渡すと
ウォーミングアップに公園を走ってる人が沢山。
何か格好もみんな違う。
ジャマイカジャージでアホ面してる私。
ここで確信、本気なんです。
どうしよ…
私上のジャージ脱いで走るつもりなのに
ジャージの下ピンクドクロの桜Tシャツなんだけど…。

とりあえず落ち着こうと
喫煙コーナーでタバコ吸ってても
2000人以上いるだろう人の中で
数人しか吸いに来ない。
所属団体フラフラの会で
エントリーしようかと思ってたけど
そんなノリやんなくてよかった…。

ゼッケンで柄を隠してスタート地点へ。
「よーっ!」
嫁の親父だ…
何教えてんだよ…
こっそり走って煙の様に帰りたいのに。
周りはゲストランナー柏原さんに歓喜。

バンッとピストルと共にこぞって走り出す。
はえぇな!
第1カーブで既に白バイが見えない。
自分のペースがわからない。
完膚なきまでのパニック。
2kmあたりで柏原様が横を抜いて行った。
「これからも応援してますぅー」
なんて声を掛ける余裕微塵もない。
ただ背中を見送った。
山の神の足取りはアームストロングの様に軽かった。

タイム制限も無事通過して、
エントリー237人中124位でゴール。
そんな後ろにいなかった気もするが。
28分15秒はUPDOWN厳しい
このコースなら私の現状まずまず。
中盤フラフラだったけど
最初自分を見失い暴走したので
+-されてタイムはいつも通り。

ゴール地点で放心してたら
ハーフのトップが白バイと共に帰ってきた。

凄まじい速さだ!!!

全身の筋肉が躍動してる。
どんな世界でも1位を取る人間の力には
驚きと感動がある。

閉会式を待たずに帰ることにした。
明の傍ら暗もある。
タイム制限に引っ掛かった5,10kmの
人達がゼッケンを外されてもなお
歩道を走ってゴールを目指していた。
(公道は制限時間過ぎると閉鎖の為)
でもみんな目はキラキラしてた。
あと200!!
って声が出かけて出なかった。

もっと自信が持てるよう
今後も走るのを続けてみよう。
目指すは2015金沢フルマラソン。

You're my sunshine

YouTubeのYou're my sunshine
CDTV映像を相変わらず観賞。
最初の方で安室さんの肩紐が
ぽろっと落ちる衝撃。
この年になると落ちる瞬間より
紐を戻す瞬間に興奮する。

この一曲の拘りは
そんなエロチズムのみならず
小室の深さにもある。

"控えめな思春期と引き換えに夏をあげたい"

って部分は長考する。
暗めで大人しい女生徒が
今風に言えばリア充の男子と
付き合うことになる、
と私は連想した。

ただもう1つ意味があるんじゃないか。
もしかしてこれは小室が安室さんに
宛てた歌詞なのでは。
控えめな10代の安室さんに
陽の目を見せてあげたいって意味では。
このフレーズさらに
"誰より幸せな太陽を1人占めして"
とフォローアップする。
やはり丁度この少し前に
スーパーモンキース(MAX)と離れた
安室さんを指すんじゃないか。

I'm a your sunshine
You're my sunshine
私はあなたの太陽
あなたは私の太陽

という意味の一方で
私(安室自身)はみんなを照らす光
みんなは私を照らす光
という意味も込めてる気がする。

文頭の変態発言払拭の為、
この熟考がまた情けない。

輪廻脱出

仏陀の目覚め即ち悟りとは
全てが平等に見え存在の中の
自分を定義した事であるとするならば
目に見える全情報の知識を
瞑想で備えられるはずもないので、
瞑想で全てを忘れて何一つ記憶の無い
ただのパカになったんじゃないのか。

無心なんて格好良い言葉も
単細胞ってことなんじゃないのか
なんて思ってしまう。

天才と馬鹿は紙一重って言うけど
天才を仏陀とするならこの紙一重が
その違いなんだろう。
無心で言えば邪念がないか
知識がないかで違うし、
解脱を説いた十二支縁起で言えば
無明を滅する事が出来るか出来ないか。
ソクラテスの無知の知なんてのも
少し仏教っぽく感じる。
でもソクちゃんの無知の知ですら
無明を滅するに事足りない気がする。
瞑想で無明を滅するというのは
空(くう)を体感するという事なんだろうか。

ヒンドゥー教徒は毎日ステーキを
我慢しなきゃいけないんたから
私もせめて月一回くらいは
仏教について考えうと思う。

Facebook

Facebookに入ってみた。
高校の同級生がわんさか出てくる。
こえぇー!!
しかもみんな顔写真公表だと!。
大胆不敵にも程がある。
職場や出身校も公表しちゃってるし、
騒がしかった個人情報って一体…。
プライバシーの縛り厳しきこのご時世に
アメリカ人の作ったネットワーク上の
半仮想世界でオープンに繋がるという
母国見捨てられ感が複雑。
こんなご時世だからこそ
オープンスタンダードのシステムに
新しさがあったのかもしれない。

察するに、
過度のプライバシー保護は
一人では生きてゆけぬ人間を
更に孤独に追い詰めてるのかも。
これ以上監視カメラが増えたら
Facebook理論でいくと
人口流出が起こると推測。