妙義基地反対運動 | 因業爺のブログ

妙義基地反対運動

1953年…米軍は上毛三山の1つ妙義を接収しようとしました。朝鮮の山岳地帯に似ているとかで射撃訓練をすると聞きました。私は当時13歳でしたが、反対運動に参加して山に入りました。以来60年、米軍と日本の保守政党を注視して生きてきました。
幸い憲法九条が歯止めとなって父や叔父達の様に(兵隊さん)に成らずに済みました。叔父の一人は(南方)と知らされただけで、何処でどの様に死んだかも解りません。私は孫達にそんな時代を生きて欲しくないのです。
安部一味の企む徴兵制が敷かれ…そして戦争が始まれば…金もコネもない孫達は最前線で戦う事になるでしょう。孫の父、つまり婿の一人は孫を医者にしようとしています。軍医は比較的安全だからです。因みに彼は軍需産業の技術者です。彼にとって戦争はかなり身近な事なのです。
さてその戦争ですが、軍需産業が儲かり政治家が潤い、しかも自分達は安全な程度…小競り合いや局地戦が望ましいのでしょう。其処では米軍は空爆専門で参戦した日韓の兵隊が地上戦を引き受ける…そんな構図でしょう。もし全面戦争になり核ミサイルが飛び交えば、資本家も安部一味もトケますからね!
戦争のどの段階かで休戦にし、緊張を維持して軍事予算を増大…そんなふうに企んでいるのです。実は前回も日本軍の上層部はその様に考えていたのですが、結局最後までやってしまいました!ソ連も日米の間に立ってくれませんでした。戦争を途中で停めるのはかなり難しいのです。
そんな綱渡りに国民を引き摺り込もうとしているアブナイ閣は許せません!今すぐ辞めないと斬る!寄らば爺が斬る(*`Д´)ノ!!!