今更すぎるけど、CDが売れなくなったと言われて久しい。
その昔、CDはシングル1,000円、アルバム3,000円で売られていた。
子供の頃は一月にアルバム一枚買えるか買えないかだ。
レンタル屋さんで借りて、カセットテープにダビングして、友達同士で交換したりしてライブラリーを増やしていった。
レンタル屋さんのレジの横には、必ずカセットテープが売られていたもんだ。
何十年も昔から、音楽に飢えた若者は
どうにかしてお金をかけずに、ありったけの音楽を聴いてやろうと必死だった。
悪いことをしているというよりも、それが音楽への愛だった。
良い音楽を見つけたら、友達にダビングして渡して、逆に友達が持ってきてくれたカセットテープに狂喜したものだ。
大好きなヒット曲が入っているからと、頑張ってアルバム買ってきてみたら、その曲以外はまったく好きじゃなくて『あの曲以外いらないじゃん…』なんて、そんなこともたまにはあったけど…
そういう点では『今も昔も大して変わらんのじゃないか』と思う。
音楽を求める若者というのは、多くの曲をあれもこれもと、もっともっと聴きたい。
でもお金はない。
やがてその少年はギターを手にすることになる。
ボロボロのアコースティックギターを抱きしめ、リスナーからプレイヤーへの第一歩を踏み出そうとする。
そして思う。
『いつか自分もレコードを作りたい』と。
だけど当時は作り方なんて全くわからなかった。
作曲の真似事は学生でもできたけど、どうやったらあんな音が出せて、それをどうやって録音するのか?
結局ラジカセのマイクに向かって『あ~う~』と言うだけのデモテープが完成する。
そのうちカセットMTRなるものを手に入れるが、自宅にあるのが一本のギターと、オモチャのようなリズムマシンじゃoasisやGREEN DAYは録れないわな。
そんな少年も10代後半になり、バンドでライヴハウスに出演したりするようになると、出会いや別れを繰り返し、そのうち気の合う仲間と仕事の合間にリハと録音と麦酒に明け暮れる日々を送りながら、20代をあっという間に駆け抜け、30代に突入。
汗水垂らし、理不尽な社会に揉まれ、時には下げたくない頭を下げて稼いだお金でありったけのCDとレコードを買い、時間があればスタジオに入り、10代の時にはどうしていいか分からなかった、キラキラした音を作ることに夢中になる。
そしてその音を自分達で録音して自分達でCDにする。
そう、『自分で』レコードを作る、というあの頃の夢がこうして実現できるようになったのだ。
10年以上にも及ぶ、音楽との関わりあいが、こうして自分の音となり形となる。
音楽少年としての原点がそこにあるんだと思う。
しかし彼はきっと、もっともっと多くの曲を、音を作りたいと渇望し、大切な人達に聞いて欲しいと思うだろう。
その時に『データ配信』という手段を使うことになるかもしれない。
CDが売れなくなったと言われて久しい。
そこにはリスナーの意識の変化や、配信などといった新たなシステムの影響があると言われる。
そしてそれらは『ビジネス』に取り込まれてしまっている、と。
そうじゃないと思う。
リスナーは常に飢えている。
そしてミュージシャンもまた常に飢えている。
多くのこの飢えと渇きを凌ぐ為には、今までのやり方ではもう間に合わないってことなのかもしれない。
つまりは音楽への愛だけは変わることは無いということ。
そうに決まっている。
現在、5月末までという期間限定の新バンドで録音作業をしていてる。
たった数曲だけど、自分にとっての新たな試みもあって、まだまだ音楽への飢えは収まらない。
僕は一生、パッケージングされたCDやレコードを買い続け、この輝きを追いかけていく。
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