日々は何ら変わりなく、僕自身も楽しく過ごしているのに

こういったそよ風吹く春の日にふと寂しくなって

隣にいるわけでもない彼女の声や優しさをどこか探してまう。




そんな歌詞ELTの曲にあったな~。あー切ねーって思って傷ついたふりをしてる俺嫌いじゃないぜw



昨日はスヌーカーに行ってぼろ負けしてき思ったんだけども、



高校生の時とか何に負けても悔しい想いなんか1ミリもした事なかったのに。。



あああー悔しい スヌーカーの棒を台に何回も殴りつけて折ってやりたい。



なんか変わったんだよね、



あの人と出会えた事で色んな事が良い意味で人間ぽくなったというか。。



そういった意味ではあのころ過ごした日々は決して無駄ではなかったのかも。
今朝方オサマビンラディンが戦闘でなくなったという情報が入った。



気持ちよくない。





10年前に起きた9.11では多くの人が亡くなり、人々はこの戦争の首謀者であるオサマビンラディンを殺害することを目的とし、



またテロ組織を地球上から根絶する事が唯一の平和への架け橋であると信じ、狂ったように武器にお金をかけてきた。




だがあの9.11から世界は何か変わったであろうか?



確かに今回のように、多くの作戦でも使われたであろうアメリカの無人偵察機グローバルホーク



ビンラディンが鼻くそをほってるのさえ見逃しやしない高性能カメラで24時間何ヶ月もストーカーのように敵兵を追廻、適時に効率よく兵隊を送って射殺



それなりにアメリカ国民へのリスクをへらしたり、現地の治安を回復させたかもしれない



だがしかしそれは、アメリカの思惑とは反対に亡くなった敵兵の家族の悲しみ、憎しみの連鎖を増さしただけなのではないだろうか? と僕はおもってしまう。




戦争とは平和を得るという表向きの目標とは別に、裏側の思惑が存在する。だがその裏側の世界はメディアという大きな力に制御されていて、多くの国民はその存在すら知る機会はなく、騙されている。



なんの為に人は戦っているのか?




その真実を知らない限り平和はおとずれないであろう。

今日はベバリーロード沿いのスヌーカーセンターにスヌカーをしにいった。

結果;SーT T勝ち YーK K勝ち → 決勝戦 K-T K勝ち