【明るくない話】人の誕生日を祝うこと | GO★ROCK 30+

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かえるおばさんが何か言います。

お久しぶりです!

夏の暑さと派遣切りで心身疲労しつつも、推したちの存在で何とか日々を保っているもりさんです!

 

皆さんお元気ですか、お水飲んでますか、冷房入れてますか、ちゃんと寝てますか。

自分の関わる人々が健やかな日々を送れるといいなあと祈りつつ、本日の本題なのですが、タイトルにもある通り注意事項から書かなければなりません。

 

※注意!

以下の文章は人の幸せや記念日を妬む内容が含まれます。

また、誕生日前後の方は読んで気分を害される可能性があります。

なんでも大丈夫だよという方のみ読み進め下さい。

 

 

 

 

最近、気づいた事があります。

「誕生日」という行事がとても苦手だという事に。

それは自分の誕生日は勿論のこと、人のものも、誰も悪くない寧ろ祝うべきめでたい日なのにも関わらず、私は勝手に苦痛を感じてしまいます。

 

 

昔の話をします。

若い頃、まだ実家にいた頃に、ある時私は専門学校に通っていました。

所属クラスの人たちは仲が良く見え、誰かが誕生日になると皆で祝ったりしている様子でした。

その「誰かの誕生日」なのですが、クラスでも特に目立ったハキハキした方が主導で、「皆で少額ずつお金を集めて、誕生日の人に贈り物を贈ろう」と毎度提案する様になりました。

私も勿論協力し、誕生日の方はサプライズで好きな作品のグッズや欲しかったものを贈られ、とても嬉しそうでした。

 

お察しの方はもうお気づきでしょうが、私の誕生日には何も起こらなかったんですね。

誰かの誕生日になる度に少額ながらお金を出して一緒に祝った気でいましたが、真に馴染めてはいなかった様でした。

私の誕生日を誰も知らなかっただけかもしれません。

しかし私の心が卑屈で醜いからでしょう、「仲がいい人を祝うためにダシにされたのだろうか」と思うようになってしまいました。

 

そして、私の性質がそうさせるのかもしれませんが、ここ近年でも似たような事が起きたのです。

自分の所属したコミュニティで何度か「誕生日の人をみんなで祝おう」と声をかけられ、あとは殆ど一緒でした。もうあとは「自分が人から好かれるような人間性ではないからだ」と思いました。

 

 

仲良くしてくださる方、普段お世話になっている方、周りの方々が誕生日を迎えると、自分もお祝いの言葉をかける事があります。それは心から「この人が生まれて今まで生きてきて、縁があったから私と話す様になってくれた、ありがたい」という気持ちで祝っています。

 

しかし、沢山の方に祝われている様子を見ると、「私が祝ったことなどこの人にとっては沢山のお祝いの中の一つでちっぽけなものに違いない」とか「私の誕生日にはこんな風にはならないだろう」と、もうどんよりとした気持ちが湧いてくるのです。その人に恨み一つなくても。

そんな自分が嫌になります。人に言っても周りの人を嫌な気分にさせるだけですし、本当に誰も悪くないのです。

 

自分だって、自分の誕生日を祝ってくれた人全員にお返しが出来ている自信はありません。誕生日を祝われた事がない訳でもありません。なのに誰かが誕生日になると、深く落ち込んでしまって、気持ちを外に出すわけにもいかず、泣きながら布団で過ごしたりします。自分でもとても難儀なのです。誰も責めたりしたくありません。本当はただただ明るい気持ちで、人の誕生日を祝いたいのです。

 

自分の誕生日を考えるともう恐ろしく、自分から祝って欲しいオーラを出すのは烏滸がましく、いっそ自分の誕生日なんてなかったら良かったとさえ、最近は思います。SNSをやるのに向いていないのでしょう。なのに「人や社会との関わりが現実では希薄」という理由で、寂しいからとやめられないのでしょう。

 

 

もしここまで読んで下さった方がいらしたら、どうか誰かの誕生日などに私に気を遣わないでください。誰かが何かを改める必要はありません。未熟で成長の遅い私ですが、時間をかけて考え方や感じ方を変えて行けたらいいなと思います。

 

お付き合い下さり有り難うございました。