
下北沢の氏神で、芸能人の参拝もあったり、規模のわりに結構有名な神社です。
拝殿の扁額には「七澤八社随一正八幡宮」と書かれているのはご存知の方も多いかと思います。
この七澤八社について、江戸時代の新編武蔵風土記稿に「吉良家所領の頃七澤八八幡」と書かれています。
吉良家というのは室町~戦国時代に世田谷あたりを所領していた武家ですね。
この七澤八八幡がどこなのか、知りたくなって調べたのですが…
北澤八幡では七澤について
「北澤・上馬引澤・下馬引澤・野澤・奥澤・深澤・池澤のこととされる。」
と説明しているのですが、そもそもこれがちょっとあやしい
笑まず、池澤は池尻村からの分村で、池尻村の成立が江戸時代初期なのでアウト。
そして野澤は江戸初期の開拓のようで、おまけに沢とは関係なく人名に由来した地名。
もうひとつ、上馬引澤・下馬引澤も「馬引澤」が江戸中期に分村してるので、吉良さんの頃はまだひとつだった。
あれ?七澤が四澤になっちゃいました。
では3つの澤とは?
駒沢、松沢は明治に入ってから村が合併してできた地名なので違います。
代沢は昭和になってから代田村と下北沢村の一部が合併してできた地名。
さて、ここで出てくるのが「廻澤」「吉澤」。
廻澤は今の世田谷区千歳台一帯の村名。
吉澤は今の世田谷区鎌田から二子玉川あたりのこと。
どちらもバス停や建物などにその名がわずかにみられる程度で、現在の住居表示には残っていない地名です。
さてあと一ヶ所…
古い地名を探しても、該当しそうな場所が発見できません。
「これは行き詰まったか?」と思ったのですが、ふと「等々力渓谷」のことを思い出しました。
あれです。23区内唯一の渓谷で有名な、あそこです。
そんなに遠くないし、

デートとかにいいよね(笑)すみません、話を戻します

地名に「沢」の文字はないのですが、流れているのは「谷沢川(やざわがわ)」。
流路変更があって本来は九品仏川、つまり奥澤に流れが通じていたので、推論としては微妙なのですが、この地形を無視するのも不自然な気がするのです。
ということで、ちょっと無理やりですが(笑)、「七澤」は北澤・馬引澤・奥澤・深澤・廻澤・吉澤・谷沢川と推測しました。
では「八八幡」は?
七澤に一社以上必ず八幡社・八幡宮が鎮座していたのかと思っていましたが、どうもそうではなさそうです。
「七澤」と「八八幡」は世田谷の特徴を示す別々の単語を並べた言葉、じゃないかと。
で、吉良さんと家臣が勧請した八幡系神社は以下の神社。
北澤八幡神社・駒留八幡神社・世田谷八幡宮・奥澤神社。
この4社は確定とみた。
残り四つですが、
代田八幡神社と太子堂八幡神社、岡本八幡神社は、八幡神社として成立したのが吉良さんの時代から外れているようなので除外。
粕谷八幡神社、勝利八幡神社、尾山台の宇佐神社は吉良さん勧請じゃないけど、創建時期が平安~鎌倉なので有力。
あとは寒村だったため少し疑問があるのですが八幡山八幡神社かな、と。
現存する神社での有力候補はこんなところですが、「八八幡」の特定には至りませんでした。
もしかすると、上記以外に合祀されたり廃社になった神社の可能性もあります。
用賀神社とか弦巻神社に合祀されているんですよね、八幡様。
う~ん

この件、真相を調べたいけどそこまでヒマじゃないよ…(笑)
あ、御朱印のブログなので、最後に。
この記事に登場した神社で、御朱印を拝受できるのは以下の各社です~。
北澤八幡神社(小田急線・井の頭線)
代田八幡神社(小田急線)
太子堂八幡神社(世田谷線)
駒留八幡神社(世田谷線)
世田谷八幡宮(世田谷線)
勝利八幡神社(京王線)
宇佐神社(大井町線)
奥澤神社(東横線・目黒線)
用賀神社(田園都市線)
※用賀神社は宮司さん・神職さん常駐してませんので、本務社・玉川神社に要確認。