人道を尽くしての祈願
感想
「日月清明、風雨順時」を祈る心は、本当に忘れることが多い、
古から朝日に向かい朝を迎えさせて頂いたことに感謝し、
今日一日の安全や家族の無事をお願いする。また夕陽に向かい
今日一日の安全に感謝し家族の無地を報告する。
これはすべて生活に入っていることで、改めてしていることではない
朝になれば顔を洗うがごとく人の道です。
以前の生活は自然と同じリズムで自然から頂いているという思いでした。
今の生活は自然から人間に価値ある物を大事にして利用するという思いです。
ですから以前は生活に祈願が織り込まれて生活していたのじゃないですかね。
ある意味生活が祈願であるような、何だかチベットの方々の生活もそうですよね。
ネイティブといわれる方々の生活もそうですよね。日本もそうだったし、
私たちにも遠い記憶として残っていますがね。
ウスイツカサ