百九十五話 二宮翁  夜話より | コール通信 UsuiTukasa

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   神道すなわち開びゃくの大道

 翁のことばに、神道は開びゃくの大道で、皇国本源の道だ。豊葦原をこのような瑞穂の国、安国と治めたもうた大道なのだ。この開国の道が、すなわち真の神道だ。わが神道が盛んに行われてから後にこそ、儒教も仏教もはいってきたのだ。わが神道すなわち開びゃくの道が盛んにならないうちに、儒教・仏教がはいってくる道理はありえない。わが神道すなわち開びゃくの大道がまず行われて、衣食住が十分事たりるようになってからのち、世の中にむずかしいことも起きてくる。そのときこそ、儒教も入用、仏教も入用なのだ。これは、まことに疑いのない道理だ。たとえば、まだ嫁のないときに夫婦げんかはありようがない。こどもがまだ小さいのに親子げんかがあるはずがない。嫁が来てから後に夫婦げんかがあり、こどもが生長して後に親子げんかがあるのだ。こういうときになってこそ、五倫五常も悟道治心も入用となるのだ。それを、世人はこの道理に暗いため、治国治心の道をもって本元の道としている。これは大きな誤りだ。・・・・・

私はこの迷いをさますために、「古道につもる木の葉をかきわけて天照す神の足跡を見ん」とよんだ。よく味わうがよい。大御神の足跡のあるところが、真の神道なのだ。世間で神道といっているのは、神主の道であって神の道ではない。・・・・・


 私はきょうの一話を読んで、本当に道理というものがあり、道理は自然でありみんなが納得するものであります。むずかしく思ってよく偏った観方をしているものだが、簡単なことである。簡単と言うよりシンプルと言った方が良いのかもしれない。

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