先日撮影してきた素材を元に、PR動画の編集です。「何者なのか」をシンプルに認識していただけるよう、過去の映像も少しインサートしようと、古いDVDなどを掘り返していました。
 
YOSHIKIを心の底から崇拝していたドラムが、故郷の島根に帰って結婚と就職することを告げたあの日。背中まであった髪をバッサリ切って、スタジオに現れたあの日。すぐには受け止められなかった感情。そんな記憶が甦ります。
 
急遽となった「送別会」は、200人でいっぱいになるような箱だったけど。ステージでは常に上半身裸だったドラムに合わせるように、黒タンクトップ(謎)とすっぴんで臨んだ彼とのラストステージ。
 
久しぶりに見返すと、やはり熱いものがこみ上げます。会場みんなの温かな笑顔。一人ひとりの顔も、今でもかなり覚えています。
 
元気にやっているだろうか。しばらくぶりにメッセージしてみようか。
 
想い出はいつだって優しい。
 
それに甘えることなく、そこに浸り続けることなく。自分自身を奏でていくこと。
 
それこそが人生だと思うのです。

 

 

 

ずっと前。もうずっと前のこと。
 
久しぶりにしたここの食事に、この地下に停めた車にインキーをしたことを思い出す。
 
食後のマルボロを味わいながら、キーケースがないことにふと気づき。オレンジティーを手に戻ったてきた彼女に「やっちゃった」と告げ、苦笑いをしながらJAFへ電話したんだ。
 
まだ東京モード学園のコクーンタワーも、前職の本社が入居するグランドタワーもなかった頃。スマホもなかったし、アフィリエイトなんてものもたぶんなかった頃。
 
もうずっと前のこと。
 
街は変わり、人々の暮らしも変わってゆく。
 
煙草をやめて10年以上が経った。
 
変わらないことを願った僕自身も、きっとすっかり変わっている。
 
また新しい桜が舞う。

 

 

6年前の今日、僕は汐留の高層ビル25階にいました。窓の外の景色がスローモーションのように大きく横に揺れ、このままビルが折れるんだと観念したことを今でもよく覚えています。
 
揺れが収まった直後はまったくリアリティがなく、何が起こったのかもわかりません。それから、眼下に望むお台場の建物から立ち上った黒煙や、パニックに陥る社員の声によって現実であることを思い知らされたのです。
 
すべての交通機関が麻痺する中、徒歩で10km超の帰路につき、そして部下たちの帰宅確認をしながら、テレビに映し出される映像をただただ見つめていました。
 
仙台は、かつて一緒に暮らした女性の実家がある街です。その後、彼女や家族が無事だと知ることができた時、それまでの後悔とともに声をあげて泣きました。

 

幾度か参加した石巻のボランティアは、容易に言葉にできるものではありません。そこで目撃した光景は、おそらく一生この目に焼きついていることでしょう。
 
僕たちは、きっと「偶然」いまこの瞬間を生きています。
 
与えられたこの命に無駄にしていい時間など一切ないし、「いつか」と願う機会は絶対に訪れません。
 
いくつもの偶然と意思が重なり合って、未来を紡いでいくような気がします。
 
祈りを捧げるだけでなく、行動を伴わせる。声を上げる。そうやって歩いていこう。
 
一歩一歩を大切に踏みしめながら。
 

 

 

その時の音、色、風、香り。そして想い。
きっと、どちらかでは曖昧なものだから。
両方を刻んでいこう。
 
WEBにコンテンツを創っていくということも同じ。
それが自身の軌跡となり、収益をもたらし未来を豊かにしてくれる。
まだ知らない人へ、これからもっと伝えていこう。
 
偶然HDDから見つけた、ちょうど7年前の自分。(若干目が怖い笑)
当時まだ目新しかったビデオチャットで、友人と飲みながら話していたキャプチャーかな。
こんな画像でも、いろいろ回想させるものです。
 
そんなことありますよね笑

 

 
仕事が面白い。

きっとこれはとても幸せなことで
1日の終り、お酒を飲みながらもなお手が止まらない。
 
もう半年以上
リビングのソファには座ってない気がします。

その昔、ギターやピアノを弾きながら
曲作りに没頭する日々がありました。
 
ヘッドフォンをしたまま時計の短針が2周することも珍しくなく
「カラダ壊すからちゃんと食べてちゃんと寝て」と
よく叱られたものです。

いまは食事も睡眠もしっかりとっている。

あの日々があって、いまの僕がいる。