5月なのに、真夏かってぐらい暑い日

事前に電話で問い合せたら、予約は不要との事だった。
初めて行くお寺は、ホームページで見た通りこじんまりとしていて、小さな庭園が綺麗だった。
受付で、住所や名前、赤ちゃんが亡くなった日付などを用紙に書き込む。
命日は、赤ちゃんが亡くなったと思われる、手術の一週間前の日付にした。
そして、案内されたのは「地蔵堂」という離れのような場所。
中には、中央に大きなお地蔵様、その両脇に小さなお地蔵様がたくさん並んでいた。
そして、たくさんの子ども向けのお菓子やおもちゃ、千羽鶴がお供えされていた。
ホームページで水子供養を謳っているだけあって、たくさんのパパやママたちがここに来て赤ちゃんの冥福を祈ってるみたいだった。。
そして、お地蔵様の前では、まだ新しいお線香が煙を上げていた。
暫くすると、お坊さんが来てくれた。
最初にお話があり、
私たちの赤ちゃんに法名をつけていただいた。
高貴で透明感があって、とても綺麗な名前。
私たちの赤ちゃんを、1つの生命として尊重してもらえたように思えて、嬉しかった。
赤ちゃんのエコー写真を持参している、と言うと、快くお地蔵様の前に立ててくれた。
読経が始まった。
目を閉じて手を合わせて聞いていた私たち、途中で薄目を開けて横を見ると、長男が不思議そうに私たちの顔を覗き込んでいた。
3歳の長男には、赤ちゃんがいた事も、亡くなった事も伝えてない。
彼の4歳の誕生日頃にちょうど安定期に入るから、その頃に発表しようか?と、夫と話していた。
結局その前に流産してしまったけれど。。
いつか、彼にも亡くなった弟か妹のことを話す時が来るのかなぁ。
お経を上げてもらって、一つの区切りがついた気がした。
赤ちゃんは、お地蔵様に守られて、これからも唯一無二の存在であり続ける。
綺麗な法名も付けてもらったから、名も無き胎児から一つの生命になった。
供養とは、生きてる者にとっての気休め、精神安定剤なのかも、と思っていたところもあった。
それでも、手を合わせることで、赤ちゃんのことや赤ちゃんがお腹にいた日々が綺麗な思い出になって、忘れずに居られるなら、それでいいと思えた。
最後に、お世話になったお寺と透き通った青空の写真を撮った。
また会いに来るね、と空に誓って。
