第5回目の情報リテラシー論の講義ノートです。

 

iPhoneのアプリに審査があるのは初めて知りました。iPhoneユーザーなのになぁ…

AndroidにはこのアプリあるのにiPhoneにはなんで無いのや!チクショ〜!と何度も思ったことがあるんですが、そういうことだったんですね。

 

 

右利きの人が左手でスマホを持って操作していたらスマホ依存〜!?の話には少々ドキリとしました。私もそうしている時が時々あります…

まあ主には、左手で持って右手で操作というのが多いです。両手持ちですね。レジュメの画像14のグラフの③に当てはまります。全体の14パーセントしか私のタイプがいないのかぁ…なんだか変な気分です(笑)

 

スマホがあれば何でもできる時代になりましたね。それ一つ持ち歩けば、迷子になっても地図を開いて道を導けるし、電卓開けば計算できるし、電車の乗換案内も調べられるし。

電卓といえば、Calculatorというアプリがすごかったです。手書きで計算式を入力するんですが、なんとルートや分数の計算ができちゃうんです。ナンテコッタイ、と驚きました。

 

 

と、少々ずれた方向にいってしまいましたが、ここでレポートを終わりにしたいと思います。ここまで読んでくださりありがとうございました。

 

 

 

 

 

先々週の情報リテラシー論の講義ノートです。遅くなりました。

 

フェイスブックを作った張本人がハッカーだったなんて、驚きでした。

フェイスブックは昔、登録してみようかと試みたことがあるんですが、本名で登録!?ということに驚いて、登録をやめました。(笑)

本名=身元バレ ということが嫌だったんでしょう。今も嫌です。

なのでTwitterの匿名性は個人的に有難いです。個人的な情報が多いと、身バレはしますけどね。

 

 

ネット友達は、私にもいたことがありましたねぇ…

私はネット友達より、現実の本当の友達に相談事をしたいですね。

というか、そういう相談ができる友達が欲しいです。

ネットの友達はネットだけで十分だと感じてます。

 

 

以上でレポートを終わります。

 

10/11(火) 情報リテラシー論第3回目の講義ノート(画像上)です。

 

 

ハヤカワさんの動画、なんだか心にきた。

先日の講義を受けて数日経つが、未だにハヤカワさんの「(SNSで)発信した言葉・文章を紙に書いて町を堂々と歩けるか」という言葉はTwitterで投稿する度に思い出す。

ネットに書いたことは絶対的に残る。

去年・一昨年あたりに”バカッター”というのが話題になった。バイト先の業務用冷蔵庫に入って、その様子を写真に撮り、Twitterに投稿、そして炎上・・・というような事件が何件も起きた。

投稿主は写真を削除したが、瞬く間に広まったそれはまとめサイトや他のユーザーのアカウントに投稿されたり、画像を保存されたりで、削除どころか拡散されていった。

これを見た当時の私は「(こんな投稿して)バカだよなぁ・・・」と思うと同時に、ネットの拡散力というか、怖さを知った。

軽い気持ちで投稿してはいけない。投稿する前に、自分の心にもう一度「この投稿は必要か?」と問いかけることが大切だと思う。

 

 

そして、メニューの選択肢に数字が関係していたなんて考えたこともなかった。

iphone6のホーム画面には横に4つ、縦に7つのアプリが存在でき、Twitter(アプリ)の下部のメニューには最大5つ存在している。

なるほど、媒体の使いやすさやウェブデザインの美しさはこれに起因しているのか・・・と感慨深くなった。

 

 

 

物事を頭で記憶・記録するのではなく、記録した媒体を覚える。どこに記録した?何に何と書いた?アナログからデジタルへ。そんな時代に変わりつつある。

iphoneがあればメモ帳というアプリがあるのでメモができる、記録ができる。困ったこと、疑問に思ったことはsafariで検索すれば知りたいことが知れる。

非常に便利だ。

だが、考えることをやめてしまったらそれは人間じゃない。ロボットだ。

情報化社会だからと言ってネットに依存するのは良くない。

 

検索エンジンで調べる前に、自分でよく考えて答えを導き出すのも大切だと考えた。

 

今日の講義ノートです。

 

 

 

私は97年生まれなので、インターネットは2年先輩ってことですね。

全然そんな気がしないです。私たちが生まれる10年くらい前からありそうな気がしてました。

 

インターネットは生活の”一部”なんてものじゃないですね。今。

インターネットを使わない日なんてないくらいですから。

初めてパソコンをいじったのは小2のときですかね・・・

そんなときからパソコンをいじっていたので、学校の調べものをするときは本ではなく間違いなくインターネットでしたね。

ネットだと早く調べられる=効率が良い と思ったんでしょうね。まあその通りだとは思いますけど、本を読まずにすぐネットって・・・子どもなのに・・・(呆れ)と今は思います。

時間をかけてじっくり学ぶほうが、子どものためになるかと。

 

 

次回の情報リテラシー論も楽しみです。