友だちは必要か【燕燕の生きづラジオ/第6回】 | 杜若るみの生きづらさ体験記

杜若るみの生きづらさ体験記

小説家兼イラストレーター兼ゲームクリエイター。

不登校/リストカット/いじめ/養護施設など、
さまざまな生きづらさを抱える当事者として、
その想いを多くの人たちに伝えるために日々活動中。

こんにちはこんばんは、

燕燕です。

 

昨日、

わたしのYouTubeチャンネルで『燕燕の生きづラジオ第6回目』を配信しました。

 

以下に記載しておくので、

興味がある人はぜひ。

▼参考動画

内容は、

「友だちの必要性」について。

 

わたしは友達がいなく、

陰キャと呼ばれるタイプです。

 

というのも、

小学生と中学生には陽キャと言われるタイプで、

高校生からは陰キャと言われるタイプになりました。

 

両方とも経験し、

両方のいいところ悪いところを知っているわたしが、

結局友だちは多いほうがいいのかどうかについて教えます。

 

また、

前回の生きづラジオの記事も載せておくので、

参考にどうぞ↓

 

 量より質

 

まず結論から言いましょう。

 

友だちは少ないほうがいいです。

 

この時点で反論したい人もいるかもしれないですが、

もう少し待ってください。

 

なぜ少ないほうがいいのか解説します。

 

前提として、

成功したい人や自信をもって生きたい人は、

友だちが少ないほうがいいという話なので、

当てはまらない人はいますぐ閉じちゃってください。

 

少し辛口にはなりますが、

今までの学校教育ではみんなでいることが求められ、

共同こそが美しく、

集団の輪こそが正しい。

 

そうわたしたちは刷り込まされたため、

実際に周りの判断にゆだねて自分で考えることをやめてしまっているんですね。

 

そもそもみんな一緒でみんな同じことをやって、

どうやってオリジナリティーが生み出せるんですか?って話ですよ。

 

「みんなちがってみんないい」なんて言葉がありますけど、

まさにその通りで、

一人ひとりが違っているからこそ、

それぞれの才能が開花するのです。

 

その開花時期は人によってもちろん違います。

 

たとえばトマトを育てるとしましょう。

 

最初は種を植えて水やりをし、

餌をまいて毎日あるいは定期的に世話をする必要があります。

 

では、

そのトマトの苗をいきなりキュウリのある苗に混ぜたとしましょう。

 

それで一緒に植えれば効率がいいし、

お互いに切磋琢磨してより成長すると意味不明なことを考えていたとします。

 

しかし、

結果は伸びてきた蔓がからまり、

ほとんど育たなかったという結末になります。

 

挙句ひどい場合は「ここから学べばいい」なんてぬかしだす人もいますが、

「はぁ?どの口が言っとんじゃゴラ!」と声を大にして言いたい。

 

捨てられた生徒は先生の身勝手な行動で、

今後の人生のレールが決められてしまうんですよ。

 

トマトやキュウリは無惨にも捨てられ、

先生はいつしかそんなことも忘れていく。

 

トマトやキュウリの立場からしたら一生を棒にふるケースもあるでしょう。

 

なかには命を自ら断つ場合も考えられます。

 

これがこれまでの学校教育のあり方です。

 

そんな学校が教え込ませようとする集団行動が、

ほんとうに正しいと言い切れますか?。

 

わたしは絶対無理です。

 

これでもまだ友だちが多いほうがいいという人にひとつだけ。

 

友だちは、

数ではなく質です。

 

数が多ければいいわけではなく、

どれだけ親密になれるか、

どれだけお互いを励ましあい共に進めるかだとわたしは考えています。

 

皆さんはどうでしょうか。

 

もし少しでも考えが揺らいだ方は、

わたしが読んだおすすめの本を載せておくので、

読んでみてください。

 

 

 

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