福島原発が地震と津波で爆発を起こしたことを世界中の人が認識した以上、これから日本で原発を再稼働させて事故が起こったときは、爆発を防止する措置を十分とらなかったことに関し、「不作為」「未必の故意」による故意犯が成立することになります。
具体的な罪状は次の通り。他にもあるかもしれません。
国内法
1.建造物損壊罪(刑法260条)
5年以下の懲役 死傷者が出た場合には15年以下または30年以下の懲役(傷害または傷害致死と同じ量刑 刑法204条、205条)
(建造物等損壊及び同致死傷)
第二百六十条 他人の建造物又は艦船を損壊した者は、五年以下の懲役に処する。よって人を死傷させた者は、傷害の罪と比較して、重い刑により処断する。
(自己の物の損壊等)
第二百六十二条 自己の物であっても、差押えを受け、物権を負担し、又は賃貸したものを損壊し、又は傷害したときは、前三条の例による。(前三条とは259条から261条)
原発は「原子力損害賠償責任保険」に加入しているため、「他人の建造物」とみなされます。 保険がかかったマイホームに放火したら「現住建造物等放火罪」となるのと同じです。
「器物損壊罪」は被害者の「告訴」がないと起訴できない「親告罪」ですが、「建造物等損壊罪」は親告罪ではなく、誰でも「告発」できます。外国の市民団体でも日本の司法当局に告発することは可能です。日本に支部があれば確実ですね。
これは、福島のような「過酷事故」でなくても、原発の施設の一部(配管などでも良い)が破損すれば適用可能です。建屋にヒビが入っただけでもそれを知った人は告発できます。それで電力会社の幹部、責任者・・・、許認可を与えた官僚、政治家・・・ 全て5年以上の懲役にできます。
地震で破損するような原発を稼働させているということだけでこの罪に問われるリスクを往古になるわけですね

2.傷害罪(刑法205条)、殺人罪(199条)
最高刑は死刑、傷害罪の最高刑は懲役15年
原発を爆発させれば放射線障害による死傷者が出ることは小学生でも理解できる事項となりました。再稼働決定に関与した人物は全て、原発が地震、津波で破壊され、「死傷者が出る蓋然性」について認識しており、これに十分な防止策をとらない「不作為」の状態のまま運転を継続するわけですので、「未必の故意」が認められるのは明らかです。
また、再稼働後にこれを止める権限がありながらそれをしなかった人物も全て「不作為」による同罪が成立します。
他にも「爆発物取締罰則」の適用も検討しました。「治安ヲ妨ケ又ハ人ノ身体財産ヲ害セントスルノ目的」とする「目的犯」を罰するものなのでひとまず保留しました。
もっとも、爆発させたことが「治安の妨害、身体財産の侵害を目的としていない」ことの立証責任は被告側に転嫁されているので、この罪に問うことも可能かもしれません。 法定刑は死刑、無期懲役または7年以上の懲役。 「爆発物」の製造が故意であれば「うっかり爆発」の例でもこの犯罪で処断された判例はたくさんありますので、「爆発」について「未必の故意」を立証できれば適用可能かも。
国際法 人道に対する罪(国際刑事裁判所ローマ規定 第7条)
量刑は終身刑または30年以下の拘禁刑
上の2(殺人または傷害)の故意が認められれば、同時にこの罪にも問うことが可能になるでしょう。告訴、告発できるのは地球人なら誰でも。
参考
http://ameblo.jp/infinitykatu/entry-11276872742.html
http://d.hatena.ne.jp/kazuma_002/20040609#p1
第7条
1 この規程の適用上、「人道に対する犯罪」 とは、文民たる住民に対する攻撃であって広範又は組織的なものの一部として、そのような攻撃であると認識しっつ行う次のいずれかの行為をいう。
(a)殺人
・・・・(j)「アパルトヘイト犯罪」まで列挙
その他の同様の性質を有する非人道的な行為であって、身体又は心身の健康に対して故意に重い苦痛を与え、又は重大な傷害を加えるもの
「認識しつつ」というのは「故意に」と同義です。「未必の故意」も含まれますし、「不作為」が「故意」と認められれば「攻撃であると認識しつつ」という構成要件は満たされることになります。
(「攻撃する意図を持って」とは書いていないことに注意
結果が「攻撃」の形になれば構成要件を満たします。)。なお、福島原発事故に関しても「故意犯」として処断するのを排除するものではありません。
中部大学の武田邦彦教授も、「これからは原発再稼働を受け入れる者は事故が起こったときは加害者となる(みなされる)」と明言しましたね

緊急考察・・・大飯原発はなぜ再開されるのか?(2)
http://takedanet.com/2012/06/post_d8e3.html
大飯原発が再開された後、北海道泊、九州玄海など現在、停止している原発が次々と再開されるでしょう。そして、どこでも同じ事が行われるはずです。
1)国が「電気がいるから安全である」というメッセージを出し、地元に多額の税金を投入することとなどを裏で工作する、
2)地元市町村長、知事が「苦渋の選択」をして再開を受け入れる、
昔はこのようなことをあまり良い言葉ではないですが、「田舎の猿芝居」と呼んだものです。なぜ、このようになるかというと、もともと原発は「危険だからへき地に作る。それを安全と言って良いと国民全部が認めてきた」ということだからです。
今までも原発は「危険だけれど地元と地方議員にお金が行くからやる」というのが基本でしたから、原発事故が起こってもこのことは変わりません。
もともと原発が安全だというのは「安全神話」であることも国民は承知の上ですから、神話が原発事故で覆らないからです。その証拠に主として保守の論陣(テレビ、新聞の論評、雑誌の記事など)は「原発が危険であるかどうか」の論議を避け、「日本は電気が必要だ。それに反対するのは非国民だ」という事故前の論理を展開しています。
だから、大飯原発再開は日本人のこれまでの「理」にかなっていて、その他の原発も同じ「理」によって再開されることになります。つまり「金がすべて。日本の将来も何も関係なし」というスタンスを少なくとも日本の保守層、指導層が持っているし、それを国民が支持しているのです。
地方の人は農林業、水産業、工業で日本に貢献しているのに、何もしていない東京にお金をピンハネされ、その東京の人がもともと自分たちが稼いだお金をもって来るとひれ伏しているのです。
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ただ一つだけ、事故によって変わったことがあります。それは「原発の地元は加害者になる」ということです。自分たちはお金が欲しいから「危険を安全」と言って「苦渋の選択」で原発を受け入れますが、事故が起こると受け入れた県は加害者になるということが現実として理解されたのです。
今後は原発を受け入れた県は事故が起こったら、その償いをしなければならないでしょう。もちろん、誰も助けようとはしない・・・それは自分たちの判断で危険なものをうけいれ、それでお隣さんに被害を与えたのですから。
最後に「核廃棄物を片付けずに原発の電気だけ欲しがるのか?」、「電力会社は巨大なリスクを背負ってまでなぜ原発をやりたいのか?」などの謎が残るでしょう。
「tdyno.138-(9:02).mp3」をダウンロード
(平成24年6月15日)
