明日、町内会での除染活動についての説明会があります。ここでの生活を続けるためには放射性物質をできるだけ減らさないといけません(正確に言うと生活圏から隔離しなくてはいけません)ので、具体的取り組みについて細かく聞いてくるつもりです。
雨樋や吹きだまりなどのマイクロスポットを除染すれば、空間線量は多少下がるでしょう。
また、水道工事などでアスファルトの張り替えを行った道路上では確かに空間線量は低下しています。
しかし、去年作物を作ってしまった農地では、深いところでは30 cmも掘って地表の放射性物質を混ぜてしまっていますので、土の入れ替えをするのはほぼ不可能となってしまいました。
それでは柏の作物はいつになったら事故前のように食べられるようになるのでしょうか?
セシウムのベクレル数の減り方については以前の記事で書きました。
http://ameblo.jp/infinitykatu/entry-11228136550.html
まとめると、10年で半減期の短いセシウム134はほとんど考えなくて済むようになりますので、ここで半分になります。
セシウム137も8割くらいになりますので、0.5(セシウム137)x0.8=0.4
10年経ってでようやく柏は「管理区域」から脱出できる見込みです。
30年経つと、セシウム137の半減期を迎えますので、更に半分になります。今の1/4ということになりますね。
60年でその半分の1/8、90年で1/16、100年で1/20となります。
文科省の航空モニタリングの結果から、今の柏の土壌汚染は1000~2000Bq/kg程度と推定できますので(土壌について農水省では柏市は1箇所しか測っていませんので、自治体の方で数十箇所は測定する必要があると思います。)、私が事故前の水準として許容している20Bq/kg程度になるには今の1/100以下にならなくてはなりません。
なお、事故前の土壌のセシウム量については次の記事をご参照下さい。
http://ameblo.jp/infinitykatu/entry-11214352954.html
http://ameblo.jp/infinitykatu/entry-11225859674.html
100年経ってもまだ50~100Bq/kgですので、1960年代の大気核実験最盛期の水準(よりもややひどい)ということになります。
20Bq/kgまで下がるには更に1/5に減らなくてはなりません。セシウム137が1/5になるには70年くらいかかります。
結論:柏を中心とする「首都圏のホットスポット」の作物を事故前と同じように食べられるようになるには最低100年、普通に考えると200年はかかります。
それまでの間に少量食べることがあるかもしれませんが、「被ばく食」と割り切らないといけないですね
汚染地域の中ではまだ軽い方の「首都圏のホットスポット」でこのありさまですので、福島の作物をまた食べられるようになるには更に100年、つまり200~300年かかることになります。
再びこの地の作物を食べられるのは7代先の子孫ということになりますね
大変厳しい結論ですが、この地域の農家はこの冷徹な現実を受け入れざるを得ません。
雨樋や吹きだまりなどのマイクロスポットを除染すれば、空間線量は多少下がるでしょう。
また、水道工事などでアスファルトの張り替えを行った道路上では確かに空間線量は低下しています。
しかし、去年作物を作ってしまった農地では、深いところでは30 cmも掘って地表の放射性物質を混ぜてしまっていますので、土の入れ替えをするのはほぼ不可能となってしまいました。
それでは柏の作物はいつになったら事故前のように食べられるようになるのでしょうか?
セシウムのベクレル数の減り方については以前の記事で書きました。
http://ameblo.jp/infinitykatu/entry-11228136550.html
まとめると、10年で半減期の短いセシウム134はほとんど考えなくて済むようになりますので、ここで半分になります。
セシウム137も8割くらいになりますので、0.5(セシウム137)x0.8=0.4
10年経ってでようやく柏は「管理区域」から脱出できる見込みです。
30年経つと、セシウム137の半減期を迎えますので、更に半分になります。今の1/4ということになりますね。
60年でその半分の1/8、90年で1/16、100年で1/20となります。
文科省の航空モニタリングの結果から、今の柏の土壌汚染は1000~2000Bq/kg程度と推定できますので(土壌について農水省では柏市は1箇所しか測っていませんので、自治体の方で数十箇所は測定する必要があると思います。)、私が事故前の水準として許容している20Bq/kg程度になるには今の1/100以下にならなくてはなりません。
なお、事故前の土壌のセシウム量については次の記事をご参照下さい。
http://ameblo.jp/infinitykatu/entry-11214352954.html
http://ameblo.jp/infinitykatu/entry-11225859674.html
100年経ってもまだ50~100Bq/kgですので、1960年代の大気核実験最盛期の水準(よりもややひどい)ということになります。
20Bq/kgまで下がるには更に1/5に減らなくてはなりません。セシウム137が1/5になるには70年くらいかかります。
結論:柏を中心とする「首都圏のホットスポット」の作物を事故前と同じように食べられるようになるには最低100年、普通に考えると200年はかかります。
それまでの間に少量食べることがあるかもしれませんが、「被ばく食」と割り切らないといけないですね

汚染地域の中ではまだ軽い方の「首都圏のホットスポット」でこのありさまですので、福島の作物をまた食べられるようになるには更に100年、つまり200~300年かかることになります。
再びこの地の作物を食べられるのは7代先の子孫ということになりますね

大変厳しい結論ですが、この地域の農家はこの冷徹な現実を受け入れざるを得ません。
