こんにちは エレナ です_(:3」∠)_


ゆるんでますか?



聖書の中に『汝の隣人を愛せよ』という言葉がありますが、



そうはいっても、愛せないっす(・ε・`)



っていうシチュエーションや情況の時ってありませんか?



私はあります。


特に、電車ですごい勢いで人を押しのけて席をとるおばさんとか、


電車を降りる時、降りる人を待たないでぶつかりながら我先に乗っていくサラリーマンに出くわすと、二度と立ち上がれないほどの屈辱を与えたくなります。。(•ω•`)


右の頬を打たれたら左の頬を差し出すほど人間できてないので、


右の頬を打たれたら相手の頬を往復ビンタです。



と、そんな時、私と彼らとは同じ土俵の上にいるのです。



そうなれば当然、ぶつかることも出てきます。


それはそれで、お互いに学ぶことがあれば良しなのです。


ところが、自分が愛に満ち溢れているときは、同じシチュエーションの中にいてもぶつからなくなります。


それは、『ああ、疲れてるから座りたいよね』とか、『サラリーマン、いつも仕事大変だしね』とか言って良い解釈をして納得するのとも少し違います。


まったく別の世界で起こっている事のように気にならないのです。



次元が違うという言葉がありますが、



まさに、愛の状態でいる次元とイライラの次元がちがうので、すれ違うのです。



そして、その次元では争いごとが生まれないばかりか、イライラの次元の人が愛の次元に気づくこともあります。



自分を愛していれば、他人を愛することにつながります。



他人を愛せない自分を責めたり、これじゃいけないと言う前に、愛せない自分をそのまま受け入れて愛してあげてください。



ムカッとしたり、お互いにコノヤローなんて思ってるの、かわいい♡


って思えるようになると、とても心が自由になります(^-^)


そして、相手を憎むなんてできなくなります。



自分を許せば、相手も許せます。


相手を許せないのは、自分の汚い部分を許していないから。


愛の次元で生きる人たちが増えれば、きっと本気のケンカなんてできなくなりますね。


お互い腹が立って、取っ組み合いをして、その滑稽な姿に気づいてケンカの途中で吹き出したりなんかして。。(^-^)



そんな平和な世界がもうそこまで来てるような気がします。




今日はこの辺で(:3[____]