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座頭市を、うしろから切ることは、できない。


なぜなら、彼は兆しを読むプロであるから。


優れた武道家は、相手の動きを予兆するシステムを身体に確立している。


筋肉とスジと骨がある方向に激しく動くために、その直前に準備される、反対方向への微動。


達人はそれを見逃さない。


兆しを読む極意は、古武道の皆伝書に書かれている
(よーな気がする)。


「感覚を閉ざせ」。
あなたは多く観すぎている・・・。


座頭市がフツーの武道家よりも、より兆しを読むのは、このためだ。


蝶が羽根をフワッと動かす。空気のかすかな動きは、離れた綿毛をほんの少し押す。


かすかな予兆のあとにくるのはしかし、「凶兆」とは限らず「吉兆」の可能性もある。


だって座頭市は、意外に、モテちゃったりするから。


後ろから静かに近づいてくるのは、きれいなおねえちゃんかもしれない・・・。


人間はサバイバルの歴史から、凶兆を読むことに、より慣れてしまった。


座頭市になれないひとのための、世界の秘密。


「凶兆と吉兆は、同じ神の別の名である」・・・。




明けまして、おめでとうございます。
今年も一年、いっしょに遊んで下さい。


平成十七年、元旦
株式会社ヴォイス/シンクロニシティジャパン株式会社

★このハガキを壁に貼って日々見ると、兆しが読めるようになる可能性があります・・・。



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インナーヴォイス・マガジンの新年号に毎年同封されて来る『朱色のハガキ』、

約6年間、部屋の片隅に貼ったままになっていたのを引越しの準備の際に
処分しようとした・・・


懐かしくなって
捨てる前にジックリ読み返してみた。。。



なかなか面白い^^



果たして腕はあがっただろうか・・・と・・・。^^;
とても感動したので紹介しますキラキラ



『小さな物語』(作者不詳・菅原裕子訳)




インドのある水汲み人足は二つの壷を持っていました。


天秤棒の端にそれぞれの壷を下げ、
首の後ろで天秤棒を左右にかけて彼は水を運びます。



その壷の一つにはひびが入っています。



もう一つの完璧な壷が、小川からご主人様の家まで一滴の水もこぼさないのに


ひび割れ壷は人足が水をいっぱい入れてくれても
ご主人様の家に着くころは半分になっているのです。



完璧な壷は、いつも自分を誇りに思っていました。


なぜなら、彼が作られたその本来の目的を、彼は常に達成する事が出来たからです。



そしてひび割れ壷はいつも自分を恥じていました。


なぜなら、彼は半分しか達成する事が出来なかったからです。



二年が過ぎ、すっかりみじめになっていたひび割れ壷は、ある日、川のほとりで水汲み人足に話しかけました。



「私は自分が恥ずかしい。そして、あなたにすまないと思っている。」



「なぜそんな風に思うの?」 「何を恥じてるの?」
水汲み人足は言いました。


「この二年間、私はこのひびのせいで、あなたのご主人様の家まで水を半分しか運べなかった。



水が漏れてしまうから、
あなたがどんなに努力をしても、その努力が報われることがない。
私はそれが辛いんだ。」
ひび割れ壷は言いました。




水汲み人足は、ひび割れ壷を気の毒に思い、
そしてこう言いました。



「これからご主人様の家に帰る途中、道端に咲いてるきれいな花を見てごらん。」



天秤棒にぶら下げられて丘を登っていくとき、
ひび割れ壷はお日様に照らされ美しく咲き誇る道端の花に気づきました。



花は本当に美しく、壷はちょっと元気になった気がしましたが、
ご主人様の家につくころには、また水を半分漏らしてしまった自分を恥じて、
水汲み人足に謝りました。



すると彼は言ったのです。



「道端の花に気づいたかい?
花が君の側にしか咲いていないのに気づいたかい?



僕は君からこぼれ落ちる水に気づいて、
君が通る側に花の種をまいたんだ。


そして君は毎日、
僕たちが小川から帰るときに水をまいてくれた。



この二年間、僕はご主人様の食卓に花を欠かした事がない。




君があるがままの君じゃなかったら、


ご主人様はこの美しさで
家を飾ることは出来なかったんだよ」と。






〈『小さな物語』(作者不詳・菅原裕子訳)〉





この素敵な物語がたくさんの人の目にとまり、
そのままの自分を愛するということのきっかけに
なりますようにキラキラ










そう締めくくられていた
日記。

以前マイミクだった彼女の優しい愛に


一年ぶりに触れ


さらに感動でしたキラキラキラキラキラキラ



清々しく目覚めた朝、
ふとカレンダーに目がいき…はっ!と思い出す







今日は母の誕生日







思わず電卓で年齢を確認する





生きていれば・・・





もう81歳なんだな~と、
しばし静寂の中で母への思いと母との記憶いろいろをひもといていた。





48年という決して長いとはいえない年数の母の生涯をとおして私は…



生と死の不思議さと
ある・・・洞察力


に関心が強くなっていったのはまぎれもない事実。







記憶いろいろをひもときながら気がついたことは…





記憶の色(みたいたもの)が以前とは少し変わってきている、ということだった










生きていれば
誕生日おめでとう☆





なんだけど…





今日はいちにち
母への感謝の思いで過ごしていた。