『執念』について
「チャップリンほど自分を愛し誇った映画作家も他にはいまい。
愛し誇った……ということは自分に誠実ということである」
映画評論家の淀川長治さんはそう語っている。
昔の映画はサイレント映画だった。
音はなかった。
そして、トーキー(発声映画)嫌いで知られていたチャップリン。
チャップリンが映画の中で初めて言葉をはっきりしゃべったのは『独裁者』だった。
しゃべらない男が『独裁者』ではしゃべった。
なぜなら、どうしても肉声で伝えたいことがあったから。
その頃のチャップリンはすでに名を遂げ、結婚もして、まさに人生の春を謳歌してもいいとき。
しかしチャプリンはヒットラー生存中にヒットラーとナチズムへの怒りとメッセージを『独裁者』という映画に込めた。
反ファシズム映画は、アメリカとドイツの中立状況の中ではリリースできないだろうと予測されていた。
事実、初公開当時ナチス・ドイツと友好関係にあった日本では公開されなかった。
『独裁者』がリリース不可能になれば、 150万ドルを個人資産から投資していたチャップリンは破産するという状況。
しかし、そんなことよりも、チャップリンにはすべてをかけて皆に伝えたいことがあった。
ラストの長い長い演説のシーン……。
「他人の幸福を念願としてこそ生きるべきである。
お互いに憎しみ合ったりしてはならない」
「知識よりも思いやりこそが重要である」
「愛を知らぬ者だけが憎しみ合うのだ。
人生はもっと美しく、もっとすばらしいものだ」
ラストのこの演説にチャップリンの映画への執念が表れている。
この執念こそチャップリンの「誠実さ」。
チャップリンの両親は彼が1歳の時に離婚。
11年後、父はアルコール依存症によって死去。
母ハンナ・ヒルも精神病にかかり施設に収容される。
どん底の貧困生活を余儀なくされながらも、チャップリンはその悲劇の中に喜劇を見出した。
悲劇の底にはなにかしら美しいものがあると。
チャップリンはなんとしてでも伝えたかった。
この人生は、どんなにつらくとも生きるに値すると。
トーキー嫌いで知られていたチャップリンが全財産をかけてでも僕らにその肉声で伝えたかったこと、それはこの言葉。
「すべてを創造する力は君たちの中にあるのだ」
Android携帯からの投稿