快斗達が先ほどいた場所から少し歩いて、同じフロアのはずれまで来ると、無機質な鉄の扉が並んでいた。
それぞれの部屋にセキュリティカードを認証する端末が取り付けられており、銀三はその一番奥にある扉の前で立ち止まると端末にカードをかざした。
ピッっと確認音がした後、扉の内側からガチャリと固い解錠音が聞こえてくる。

「入りなさい。」
銀三は険しい表情のまま扉を開けた。

快斗とスザクはその言葉に従い部屋の中に足を踏み入れる。

部屋の中はさほどの大きさではなく、長机とパイプ椅子がいくつか並んでおり、壁に電話機が一台取り付けられているだけのシンプルな配置だった。
おそらく、それぞれの所属、部署ごとに会議室兼休憩所として同じ様な部屋がそれぞれ割り当てられているのだろう。

銀三はそこで椅子を引くと、腰を下ろし深く溜息を吐いた。
快斗とスザクも数瞬だけ顔を見合わせるとその目の前に座り目の前の銀三を見つめる。

「それで。何の為に今君達がここにいるのか説明しなさい。」
いつも青子の家で聞くのとは違う厳しい口調に快斗は背筋を伸ばすと真剣な顔で口を開く。

「話す前に警部、聞いてもいい?」
「ああ、構わんよ。」
応えた銀三に快斗がたずねる。

「このサミットの会場には日本の首相もいるんだよね。」
「ああ、当然だ。」
銀三が応えると快斗は頷いて言った。

「それじゃ、警部。日本の首相、つまり、総理大臣の名前を言ってみて。」
その問いに銀三は目を丸くすると苦笑を浮かべる。
「今更何を・・・。」
「いいから。言ってみて、警部。」
促した快斗に銀三は息を吐き応える。

「枢木ゲンブ首相だ。当然だろう。」
その答えに快斗とスザクが顔を見合わせる。

「やっぱり。」
「間違いないみたいだね。」
そう言葉を交わす二人に銀三が首を傾げる。
「何の筝だね?」
訝し気にたずねる銀三に快斗は軽く息を吐くと、スマートフォンを取り出し、いくつか操作して表示した画像を銀三の目の前に差し出した。

それは、展望台から上の部分がまるでSF映画に出てくる巨大怪獣にでも捥(も)ぎ取られたかの様な、本来の赤く光る美しい姿とはほど遠い東都タワーの姿だった。
「これ、知ってる?」
「ああ。」
応える銀三に動揺はない。
つまり、この状態を、当然な当たり前の情景だと認識しているという事だ。

「どうしてこのタワーがこんな姿になっていると思う?」
「それは先の大戦で・・・。」
言い掛けた銀三に快斗が頭を振る。

「違うよ、警部。このタワーは・・・。」
快斗はそう言うと、一旦スマートフォンを自分の手許に戻して操作をした後、もう一度銀三の前に差し出した。
「本当の姿はこっちが正解。」
それは、快斗が数か月前に青子と二人でデートに出かけた際に、青子と二人で東都タワーをバックに撮影した写真だった。

「これは・・・。」
言い掛けた銀三が大きく目を見開く。
「どうしてこんな事に?」
首を傾げた銀三に快斗が目許を細める。

「警部、それが今、オレがここにいる理由だよ。」
快斗はそう告げると、テーブルの前で掌を組んで話し始めた。

「警部。さっきもスザクが話してただろ?今、この世界は、スザク達の世界の影響を受けて、この世界が本来あるべき姿とは別物に成り代わろうとしている。しかも、その事実に大多数の人が気づかないまま・・・ね。」
快斗のその言葉に銀三が再び苦笑を漏らした。
「何をバカな。そんな事があるはずがないだろう。」
その答えは、刑事という仕事柄からも、実直な人柄からも、現実主義な警部らしい・・・と快斗は思った。
だからこそ快斗は唇を引いて噛み締めた。

これがギアスの力。
人の意志を捻じ曲げ、歪曲した世界を真実のモノとして誤認させる。
絶対的な力として。

「それよりも快斗君・・・。」
銀三が言い掛けた。

その時だった。

部屋の奥から、パンッパンッパンッ・・・と。
掌をリズミカルに叩く音が聞こえた。

その音に快斗とスザクは素早く立ち上がった。
「警部、こっち来て。」
快斗はそう言うと、銀三の腕を掴み、入り口に最も近い部屋の角に向かった。

そして、角に立たせた銀三を背後に立たせる形で、快斗とスザクはその音がする方へ鋭い視線を向ける。

「快斗、もしかして彼を知ってるの?」
たずねたスザクに快斗が口許を上げつつも額に汗をしたたらせながら応える。
「ああ。前にスザク達の世界に行った時に学園の中で会った、っていうか、向こうが勝手に暗闇の中で話し掛けて来た。だから姿は見てねぇけど。」
「そうなんだ。」
応えるスザクも張りつめた表情でその段々と近づいて来る音に強く前を見据えた。
「父さんがここにいるくらいだから、本当になんでもありなのかな。まさか、彼もここにいるだなんて。」
そう口にしたスザクが掌を強く握り締める。

「快斗君、スザク君、まだ話の途中なんだが・・・。」
言い掛けた銀三の問いを無視して快斗が問い掛けた。
「警部、隣にも部屋があるの?」
「ああ。隣は隊員達の仮眠室になっているよ。」
「そうか。そうすると、どうやら、先回りされたらしいな。」
快斗がそう口にするのと同時に、ガチャリと扉の開く音がした。

そして、顔を出した男が、鼻の下まで伸びる長い白髪の前髪にサンバイザー、耳には大きなヘッドフォン。
快斗からすると異様な姿をした男が、掌を叩きながら楽し気に口許に笑みを浮かべ一歩ずつ快斗達に近づいて来る。

「久しぶりだね。泥棒ネコの黒羽快斗君に父親殺しの枢木スザク。」
話し始めた男のその言葉に、快斗とスザクは鋭い視線で目の前の男を睨みつける様にして言った。

「お前は、あの時学園の図書館でオレに勝手に話し掛けて来たヤツだよな。」
「その通り。」
応えながらも、その男は手を叩く音を止めようとはしない。

「君の名前はマオというそうだね。ルルーシュから聞いたよ。君のギアスは人の心の声を読む事だと。」
「そう。だから僕にはなんでもわかっちゃうんだ。」
応える声が無邪気なほど高らかに部屋の隅々まで響き渡る。

「どうしてお前がここに?」
「なぜ僕がここにいるかというとね・・・。」
問いかけた快斗の声と、応えたマオの声は同時だった。
その声が重なるとマオは楽しそうに笑った。
快斗が心に思い浮かべた瞬間、マオが瞬時に読み取り応え始める。
効果範囲を絞れば、人の深層心理までも読み取る事が出来るマオのギアスがあるからこそ起きる現象だ。

「実は僕にもわからないんだ。」
マオはやはり胸の前で両手を広げつつもとても楽し気に応えた。

「わからない?」
「そう。気づいたら僕という存在がここにいた。そして、君達の声が聞こえた。それで、君達の声を聞いてたら状況は大方把握できた。」
マオはそう言って口許を上げる。

「C.C.はこっちにはいない。僕が心の声を読み取Þれる半径500mの範囲にはいないけど、僕からC.C.を奪った僕が大嫌いなルルーシュは枢木スザク、君と共にこの世界に来てる。だとしたら、僕としては楽しいゲームが始められそうだよね。」
その声に快斗が唇を強く引いた。

声とその話し方を聞いているだけで、心を読む・・・などという特別な力を持たない快斗にもすぐにわかった。

この男、マオには、自分がなぜこの世界に存在するのか・・・とか。
そんな事は、本当にどうでもいい事なのだと。

ただ、ゲームの様に人の心に傷を負わせて自分が勝者となる事だけを望んでいる。
その望みの為には、人はただの駒(コマ)でしかない。

「快斗君、彼は・・・。」
快斗達の後ろにいる銀三が軽く快斗の腕を引いた。
すると、それを見計らった様にマオが言った。

「警視庁捜査二課、怪盗キッド逮捕に関して全責任を負うキッド専任の中森銀三警部。その泥棒ネコは警部の天敵なんじゃないの?」
マオは手を叩く音を止めずに前に進むと、快斗の目の前で足を止めた。
そんなマオに銀三は訝し気な視線を向けた。

「なんだね、君は。」
「僕に聞く前に、警部。自分の心にちゃんと聞いてみてよ。警部の仕事は何?その泥棒ネコを捕まえる事じゃないの?」
その問いかけに快斗は無言で掌を強く握り締める。

それはもちろん、快斗が何よりも認識している真実だ。

警部はキッド専任の捜査官。
キッド逮捕の責任者。

だからこそ、快斗は何度も銀三に問いかけた。
自分を逮捕しないのか・・・と。

「警部、ダメですよ。彼の言葉に耳を貸しちゃ。彼は・・・。」
「ちょっと黙っててよ、父親殺し。」
マオのその言葉にスザクも強く唇を噛み締める。

「警部、この男はね、自分の父親を殺した。その後も数えきれない数の人間を殺してる。だから警部。泥棒ネコと父親殺しの上に大量殺人を犯してる重罪人。さっさとこの二人を逮捕しちゃってよ。」
そう言って手を叩きながら高笑いを始めるマオに銀三は鋭い視線で見つめていた。