「ここだね。」
スザクはそう言ってドアの前で立ち止まると、隣に立つ快斗に視線を向けた。
「ああ。」
快斗は頷くと、目の前にあるその扉を見つめる。
その扉には『警備室』と四角い白いプレートが貼られてあって、その下には『関係者以外立入禁止』の文字が大きく赤文字で書かれていた。

「問題は・・・。」
快斗はドアの右側に目を向けた。

そこには案の定、電子パネルに数字を入力するタイプの電子端末があり、しかもそのパネルの数字はランダムに配置が変わる為、さすがの快斗でもどの番号が入力に必要な数字なのかさえ割り出す事が出来なかった。
この厳重さだと、恐らくパスワードそのものも、その都度必要な本人とセキュリティの責任者にのみその都度送れられてくるタイプだろう。
更に、パスワード入力で認証がされた後、セキュリティカードをかざして本人確認をしてようやく解錠がされるシステム。

あらかじめこの場所に入る事を想定していたのであれば、事前に誰がどの様にセキュリティの管理をしていて、誰になりすませばパスワードを入手出来るのか。
また、IDカードの偽造なども出来たのかもしれないが、さすがに今日初めてここに来たばかりの快斗の今までの経験と知識を総動員してもこの認証システムに手出しが出来ない。
下手にさわれば即効警備の人間が中からも外からもぞろぞろ集まってきて、情報収集以前に快斗とスザクはこの場で警察に捕まり手錠を掛けられる事になるだろう。

「さて、どうすっかなぁ。」
快斗が頭を掻いた

その時だった。

ポケットの中で快斗のスマートフォンがバイブレーションモードで震えているのに気づいて快斗はそれを取り出した。
画面を見るとそこには『青子』の文字。

「青子から電話?」
「ああ。」
応えた快斗はわずかに目許を細めると、あえてその電話には出ずにそのまま留守電に切り替えた。

青子が快斗に電話してきた経緯は大方流れが読めている。

おそらく、目を覚ました青子が快斗がいない事に気づき、蘭にもたずねただろうが蘭も快斗達の行先は知らない。
だから、快斗達がどこへ行ったかはわからないと答えるだろう。
それから、キッドがこの場にいるという報告を受けた警部も青子に電話を掛けたに違いない。
そうして、快斗がここにいる事を知った青子が心配して電話を掛けて来たのだ。

「快斗、いいの?」
電話に出ずにスマートフォンをポケットにしまう快斗を横目に見てスザクがたずねた。
「ああ。今はこっちが先決だし。それに、青子を巻き込むわけにはいかないから。」
そう前を向いた快斗にスザクが頷く。
「うん。そうだね。だけど・・・。」
「ああ、厄介だな・・・これは。」
呟いた快斗が溜息を吐いた。

「ルルーシュに連絡してみる?ルルーシュならこういうの得意そう。」
「そうだな。システムに外部からハッキングが出来れば・・・。」
快斗が呟いた。

その瞬間、快斗の肩に掌が置かれる。

「残念ながら、この端末のセキュリティシステムは独立回線だ。絶対に外部からのハッキングは出来ない様になっているんだよ。怪盗キッドくん。」
その声に快斗はギクリと背を伸ばすと、ゆっくりとした動作でそろりと後ろを振り返る。

そこには快斗が予想していた通りの人物が腕を組み鋭い視線で快斗を見て仁王立ちしていた。

「中森警部・・・。」
苦笑いで頬を掻いた快斗に、怪盗キッド専任責任者であり、青子の父親でもある中森銀三が快斗をジロリと睨んだまま言った。
「快斗君、何をしているんだね?こんなところで。」
「いや、ちょっと急用で・・・。」
応えた快斗に銀三が組んでいた腕を解いて溜息を吐くと快斗の肩に手を掛けた。

「どうして今君がここにいるのかは知らないが、今すぐ家に帰りなさい。さもないと、ワシは本当にここで今すぐ君に手錠を掛けなくてはならなくなる。下手をすれば、この世界の要人が集まる会議を妨害するテロリストとして射殺命令が出てもおかしくない。そういう状況も君ならわかるだろう!!」
銀三はそう言うと、快斗の肩を押しつつ、片腕で強く腕を引くと、踵を返し快斗を出口の方向に向かい半ば強引に歩かせた。

「青子も家で待っている。頼むから大人しくしててくれんか。」
「ちょっと、警部。待って!!」
そう声を上げる快斗だが、さすがに武道の有段者である警部に快斗が真っ向勝負で力でかなうはずがない。

「警部!!理由があるんだ!!話を聞いてくれ!!」
「ああ、家に帰ったらゆっくり聞かせてもらうよ。」
銀三はそう言いながらぐいぐい快斗の腕を強く引いていく。
快斗は溜息を吐くと、警部相手に本意ではなかったが、その場からマジックで抜け出す事も考え始めていた。

その時だった。

「待ってください、中森警部。」
背後から呼び止める声に銀三が足を止め振り返る。

「その・・・声は・・・。」
呟いた銀三に、警察の制服を身に纏うスザクが敬礼し柔らかく微笑む。
「お久しぶりです、枢木スザクです。」
「スザク君。君は・・・。」
以前、一度だけだが面識があるスザクに銀三は目を大きく開いた。

「どうして君がここに・・・。君は・・・。」
「ええ。僕は本来この世界の人間ではありません。」
スザクは銀三に歩み寄り応えると、真顔で目の前立ち、銀三の目をまっすぐ見据えて言った。

「この世界は今、僕達の世界の影響を受けて、とてつもない大きな危機に晒されているんです。」
「大きな危機・・・?」
首を傾げた銀三にスザクが頷く。

「この日本という国が戦争により失われてしまうかもしれない。その可能性に気づいた僕達と快斗は、その危機からこの世界を救う為にここに来ました。」
目を丸くした銀三が訝し気に首を傾げる。
「何を大袈裟な。」
応えると銀三は苦笑した。

「このサミットの目的は世界の友好の為に諸問題について話し合う、そういう会議だ。それに、そんなに今すぐいきなり戦争など起きるわけがない。」
そう笑うと、再び快斗の腕を引いて歩き始めた銀三の背中を見つめたままスザクが言った。

「僕達も、そう思っていました。」
わずかに顔を伏せてそう口にしたスザクの昏く沈んだ声に、銀三が足を止め再び振り返る。

「スザク君・・・?」
「スザク・・・。」
呼び掛けた銀三と快斗にスザクが顔を伏せたまま再び口を開く。

「戦争なんか起きない。僕もルルーシュもそう思っていたんだ。あの日までは・・・。」
そうわずかに唇を噛み締めるスザクを見て顔を上げると、快斗は銀三の腕を逆に引いて叫んだ。

「警部、頼む。オレ達の話を聞いてくれ。」
その快斗のあまりの真剣さと、いつになく強い訴えに銀三は大きく目を瞠ると、諦めた様に息を吐いた。

「わかった。それでは話を聞こう。私についてきなさい。」
そう告げると、銀三は快斗の腕を離し、その場からひとり歩き始めた。
快斗とスザクは顔を見合わせると、早足でその銀三の背中を追った。

既に時刻は夕刻に差し掛かり始めていた。