「うん、そうか。わかった。それじゃ、伝えとくよ。」
コナンから探偵バッジで連絡を受けた快斗は、その話に一瞬だけ驚愕の表情を浮かべたが、すぐにそう応えると、そのままコナンとの通信を終えた。

(マジかよ・・・。)
心の中で呟きながら快斗は、通路際の壁に隠れる様に隣で腰を下ろし、周囲の気配を探っているスザクに視線を向ける。

「快斗、どうしたの?」
さすがに厳しくブリタニア軍の中で訓練された戦士であるスザクにはすぐにその視線は気づかれてしまった。
快斗は数瞬だけ唇を引いた。

スザクにすぐに伝えてくれ。
そう考えるルルーシュの意図ももちろんわかる。

(だけど、いいのか・・・?)
快斗はスザクを見つめながら先ほどのコナンの話を頭の中で反芻(はんすう)していた。

この世界には、枢木ゲンブが存在する。そして、現在の日本の首相として、そのサミットに枢木首相が参加している。
その事を至急スザクに伝えて欲しいというのがコナンを通しての、快斗へのルルーシュの指示だった。

だが、快斗は以前スザク本人から聞いた話で、スザクの過去を知っている。

スザクは父親を殺した。
それも、10歳のまだ幼い少年の時に。

その事が本来明るく活発な性格であろうスザクに暗い影を落とす大きな要因になっているという事も。

「快斗?」
呼びかけたスザクが不思議そうに小首を傾げた。
それから目許を柔らかく細めてスザクが言った。

「何か言いづらい話?」
「いや・・・、えっと・・・。」
曇りのないまっすぐな瞳で自分を見つめるスザクに快斗は頬を掻くと、軽く息を吐いた。

「ルルーシュからお前に伝えてくれっていわれたんだ。」
「うん。それで?」
促したスザクの瞳から目を逸らさずに快斗が答える。

「ギアスの力で・・・・。今、なぜか理由はわからないけど、枢木ゲンブ。お前の親父さんがここに存在する。しかも、その人が日本の首相としてこのサミットに参加しているらしい。」
そう告げた快斗にスザクは大きく目を見開いた。

それから数瞬唇を引いて顔を伏せる。
何も言わないスザクと、その横顔をやはり何も言わずに見つめ続ける快斗。

実際にはそう長い時間ではなかったのかもしれない。
それでも俯いたまま無言で唇を噛みしめるスザク。
その静寂にスザクを思い不安を感じていた快斗には、その時間はとても長く感じた。

スザクは以前快斗に語った。
自分は既に一度死んだ人間だと。

スザクの世界には、もう枢木スザクという人間は存在しない。
スザクという本来の自分は死人であり、『ゼロ』という英雄の仮面を被り生き続けて、ルルーシュが残した平和を守り続けていくのが、多くの人を殺し命を奪ってきた、自分の使命であり贖罪なのだと。
そうスザクは快斗に話していたのだった。

それでも、スザクはそんな辛い過去に、今、ここでもう一度向き合わなければならない。
たとえそれが、過去の自分として割り切っている事だとしても。
ここにいる枢木ゲンブという人間が、ギアスによって生み出されたただの幻の様な存在であったとしても。

その事実にスザクは何を思い、どう向き合うのか。
充分それは、スザクを過去の苦しみに引きずり込む引力を持っているのではないか?
そう快斗は考えていた。

「スザク・・・。」
沈黙を破り呼びかけた快斗にスザクが顔を上げた。

「快斗、わかった。」
そうきっぱりと応えると、スザクは立ち上がり、再び快斗を見つめる。

「快斗。人の意思を捻じ曲げ、世界を本来あるべきではない方向に向かわせる。それがギアスの力だ。」
「ああ。」
強い意思が込められたその言葉に快斗は頷き掌を握る。

「この世界に『枢木ゲンブ』という、本来いるべきではない人間がいて、世界を戦乱へ導こうとしているならば、僕らは必ずそれを食い止めなければならない。」
「スザク・・・。」
呼びかけた快斗にスザクが応える。

「それが、僕がここで、今ここにいる父さんの為に出来る事だと僕は思うんだ。」
その言葉に快斗は大きく目を瞠った。
それからフッと息を吐いて笑みを浮かべる。

「やっぱ強いな、スザクは。」
「そんな事ないよ。」
応えるとスザクは目を細め微笑を浮かべる。

「快斗がそこにいるから、そう思えるんだ。」
スザクはそう言うと快斗の瞳を見つめ言った。

「一人じゃないから大丈夫・・・って。そう、思わせてくれる。快斗の瞳が。その存在が。たくさん伝わってくるその想いが。」
「スザク・・・。」
名前を呼んだ快斗にスザクは微かに瞼を伏せた。

「本当に凄いのは、そう僕に思わせてくれる快斗の方なんだよ。」
スザクから告げられたその言葉に快斗は数瞬目を瞠ると、息を吐いて微笑む。

「自分の何が凄いとか。そういうのは良くわからねぇけど。とりあえずオレが少しでもスザクの力になれてるのなら良かった。」
応えると快斗は真剣な顔でスザクを見つめる。

「スザクが言う通り、この世界にいるべきでない人間がここにいる。という事は、やっぱり確率的にはここで何かが起きる可能性が格段に高くなったって事だとオレは思う。」
「そうだね。僕もそう思うよ。」
応えるとスザクは言った。
「だから、僕達はその『何か』が何なのかを見極めて、絶対に最悪の事態を阻止しなければならない。」
スザクの言葉に快斗が深く頷く。

「この世界を守ろう、快斗。」
「ああ、もちろん。」
そう頷き合うと、快斗とスザクは通路の中央を並んで歩き始めた。

向かう先は、この国際会議を守る厳重な警備の要(かなめ)であるセキュリティルーム。
おそらく、会場全体を見渡せる数十台という防犯カメラのモニターが立ち並んでいるだろうその場所へ二人は向かう。
その場所へ行けばきっと、スザクは必然的にモニターの中に映る枢木ゲンブと出会う事になるだろう。

二人とのその事は良くわかっていた。
快斗とスザクはじっと前を見据えたまま歩いていたが、ふと顔を見合わせると、徐々に歩調を速めて前へ進み始める。

この世界の侵食を深めるギアスの力を二人とも強く感じていた。
だからこそ、急がなければならない。

罪なき人を守る為。
平和な世界を守る為。

この場に潜む闇を必ず見つけ出し、未来を変えていく。

そう、それぞれの心に。
固く誓って。