「よぉ、待たせたな。」
「いや。オレも今来たばっかりだし。」
そう言って顔を合わせる二人。

一人は、この初夏の季節には少し不似合い丈の長めの黒いコートを羽織っており、髪は短髪。
一見普通の青年に見える。
かたや、その青年よりはいくつか年下ではあるが、すらっとして細身で、癖のある髪が特徴の高校生。

その二人が入っていったのは、今オープンしたてと世間で話題のスイーツバイキングだった。
二人が店内に入ると、店員が少し小首を傾げながら「お二人様でよろしいですか?」とたずねる。
「見ればわかるだろ?」
無愛想に応えた青年に隣の少年が苦笑して応える。
「ああ、二人でお願いします。」
店員はもう一度小首を傾げてから頷くと、二人を窓際の席まで案内した。

当然の事ながら店内は女性の割合が圧倒的に高く、少し険しい目をした黒スーツの男と、また、年齢差もあるがどこか人の目を引く魅力がある少年の存在は、ものすごく浮きまくっている状態だった。
だが、二人はそんな事まったく意に介さず気にせず、席に一旦通された後、すぐに席を立って若い女性達が並ぶバイキングの列へと向かった。

そして、二人とも、思い思いにスイーツを皿に移しては、トレーにのせて、何皿も席まで持ち帰ってきたかと思うと、再び新しいスイーツを求めに行く・・・と。
それを繰り返して何往復かした後、大満足した二人は、食後のコーヒーを目の前に用意してやっと顔を見合わせて会話を始めた。

「それで、今回は、ありがとな。すげぇ助かった。」
そう言ってさわやかな笑みを浮かべるのは、江古田高校に通う、黒羽快斗という高校生。
だが、その正体は、世間で今大注目の怪盗キッドと呼ばれる世界的泥棒なのだ。

「それは良かった。お前には命を助けられた借りがあるからな。それじゃ、あの時の借りはこれで帳消しだぜ。」
そう言って口許を上げる黒コートの青年は、実は詐欺師だった。
しかも、ただの詐欺師ではない。

詐欺師の中でも超大物フィクサーと呼ばれる人物の下で、世界で唯一詐欺師を喰う詐欺師、「クロサギ」と呼ばれる圧倒的に異端の存在だった。
まわりからは『黒崎』と呼ばれているが、本人は仕事柄その名前を名乗る事はほとんどない。

なぜそんな世界的泥棒と超大物異端児詐欺師がスイーツバイキングで向かい合っているのかというと・・・。

実は先日、怪盗キッドがある凶悪組織に命を狙われる事件があった。
その組織は、怪盗キッドをあぶりだそうと、鈴木財閥と呼ばれる大会社が運営する飛行船にキッドを呼び込む様仕掛けをして、そこで必ず動いた後一人姿を消すだろうキッドの足取りを追って、怪盗キッドの正体を暴こうとしていた。
それに対して快斗は、目の前にいる黒崎に、絶対にこの世には存在しない人間で、組織に正体を辿らせない身分証を偽造して欲しいと頼み込んだ。

もちろん仕事柄、快斗も身分証の偽造はお手の物だが、今回に限っては、この世界のどこかに存在するであろう人間の身分証を使い、その存在を快斗がキッドとして利用することで、快斗に入れ替わられた人間が組織に命を奪われる可能性があった。
だからこそ快斗は、以前ある縁で知り合った黒崎に、絶対に組織に足がつかない身分証の偽造を依頼した。

もちろん詐欺師相手にタダでやってもらえるとは思わなかったので、必要だったら金も出す・・・と話したのだが、黒崎は金の受け取りは断り、快斗の身分証の偽造については快諾した。
ただし、自分が命を助けられた代償として、たった一度だけ・・・という条件をつけて。
快斗がその条件を了承すると、黒崎から、雇い主のフィクサー桂木を通して、その道のプロが快斗の身分証を偽造して、快斗はそれを受け取り飛行船に従業員として潜り込んだ。

その結果、無事に飛行船は招待客にその組織が乗り込んでいた存在すら気づかせることなく無事に航行を終え、快斗も組織にその正体を辿られる事なく無事に難局を乗り切る事が出来たのだった。

「『怪盗キッド引退宣言』って物凄い話題になってるな。」
「ああ。」
応えた快斗がフッと息を吐き笑みを浮かべる。

「まあ、元々二度と盗みをするつもりはないけど。別に引退したつもりもないんだけどな。」
「だろうな。なんだかんだいって、最近お前の名前は良くニュースに出てくるし。そう簡単にはいかないだろう、一度そういう世界に手を染めちまったら。」
そう言うと、黒崎はその場で立ち上がり、目の前の快斗を鋭い視線で見つめる。

「蛇の道は蛇・・・って事だよ。そう簡単に抜け出せるもんじゃない。」
「今のお前の様に?」
顔を上げた快斗に黒崎は口許を引き上げる。

「そもそも俺はこの道を抜け出そうとは思ってないからな。その問いは愚問だぜ。」
そう告げると、黒崎は踵を返し歩き始めた。

「それじゃ、約束通り。この店の支払いは任せたぜ。」
「ああ。」
応えた快斗は息を吐くと、その場から立ち上がった。

またな・・・と。
その言葉がのどの奥まで出かかっていたが、快斗はそれを声に出す前に自分の中に引き戻した。

きっと、黒崎はそれを望んでいない。
それがわかったからだ。

快斗だけじゃない。
黒崎は、誰との関りも望んでいない。
たった独りで生きていく事を決めている。
そういう人間だ。

「蛇の道は蛇・・・か。」
頭を掻きながら伝票を手に持ち会計のレジへと向かうと、快斗は支払いを済ませて外に出た。
昼下がりの街は人波で溢れかえっていた。

「わかってるよ。それでも・・・。」
言いかけた快斗はその波に逆らうようにその場から歩き出す。

自らの背負うべきものはわかっている。

それでも。
守りたいもの。
目指すべきものがあるから。

だから、何があっても、必ず前に進み続けると。
そう強く決めて。

そして、それがいつか。
あの、黒崎をも変えていく。

そんな力になる事を。
心から願って。

Fin.