その夜、飛行船の乗客はそれぞれの客室に宿泊して、翌日の朝、大阪の空港に無事到着した快斗達は、待ち合わせをしていた平次と和葉と合流し、その足で直接USJへと向かった。
アトラクション待ちの行列の中、前には博士と子ども達が並んでいて、その後ろには青子と和葉と蘭が楽しそうにおしゃべりを続けていた。

その光景を見ながら、久しぶりに3人で顔を合わせた快斗と平次とコナンは声を潜めながら話をしていた。

「ほな、その飛行船に乗る前に工藤があの嬢ちゃんの薬で元の体に戻って黒羽に変装して、黒羽は飛行船の従業員に変装して乗り込んでたっちゅうわけやな。」
「ああ。」
「そういう事。」
応えたコナンと快斗に服部が楽し気に笑みを浮かべる。

「黒羽が工藤に変装するんは今までに何度もあった事やけど、今回はその逆っちゅうんがおもろい発想やな。」
「だろ?」
やはり楽しそうに応えた快斗だが、コナンは大きく溜息を吐いた。

「もう二度とやらねぇからな。なんせ、二週間もリモートでこいつに演技指導とかいって、あれが違うこれが違う、オレはそんな風にいわない・・・とか言いたい放題言われまくって。本当に散々だったんだからな。」
「しゃーねぇだろ?すぐに見つかっちまうような変装じゃ意味ねぇんだから。しかも、名探偵が元の体に戻れるのは当日本番だけだし。それまでにある程度話し方とか癖とか違和感ない様にきっちり体に叩き込んどかねぇと。」
真剣な顔で中腰になり顔を覗き込む快斗にコナンが苦笑いを浮かべる。
そんな二人を交互に見ながら笑みを浮かべると、平次は手元のスマートフォンを操作して、WEBニュースを二人の前に差し出した。

「まあそういうなや。おかげでバッチリ残っとるで。『怪盗キッド引退宣言』その見出しのトップ写真にどれも、キッドと同じ枠の中に黒羽がおさまって、今日のニュースの一番の注目記事になっとるからな。」
その言葉にコナンと快斗は顔を見合わせると、フッと息を吐いて笑みを浮かべた。
「まあ、とりあえず、作戦成功・・・だな。」
「ああ。これで、キッドの候補者リストから『黒羽 快斗』は外される。相変わらずキッドは狙われてるけど、ひとまずオレは普通の生活を続けられる・・・ってわけだからな。」
「そういう事。」
コナンは応えると、写真の隅に映る自分の姿を指さして言った。

「ついでに灰原のおかげで、その場に俺、江戸川コナンがいたのも証明されてる。」
「という事は、まあもし万が一あの姉ちゃんがお前と新一が同一人物じゃないかと疑ってたとしても、それが一つの物証になるっちゅうわけやな。」
「ああ。」
応えたコナンが目を細めて前の列に並び楽しそうに笑みを浮かべる蘭の横顔を見つめる。
そんなコナンの顔を覗き込んで快斗が言った。

「そう言えば名探偵、オレ昨日お前に『ほっぺにチュー以上の事をしてくるまで部屋から出てくんな!!』っつったんだけど。当然、ちゃんとしてきたんだよな。」
ニヤニヤしながら問いかける快斗にコナンがフイと横に視線を逸らせる。
「別にいいだろ?なんでオメーにわざわざ逐一報告しなきゃなんねぇんだよ。」
その反応をしばらくじっと見つめていた快斗が顔を上げると、平次に視線を移し言った。

「まあ、こっちも無事に進んだみたいだな。」
「そうみたいやな。」
顔を見合わせる二人にコナンはポケットに手を入れると、睨む様な視線で顔を上げる。

「だから~っ!!何にも言ってないだろ??」
「だから~、顔に書いてあるって。」
「しのぶれど・・・やな。」
そう言ってケラケラ笑い合う二人にコナンが唇を引くと、再び前にいる蘭に視線を向けた。
その顔を上から見下ろして快斗が言った。

「まあ、名探偵の反応を見る以前に、あの蘭ちゃんの晴れ渡った笑顔を見ればわかることだろ?」
「確かにそうやな。」
頷いた平次が笑顔でコナンに笑いかける。

「めっちゃ幸せそうな顔して笑っとるで。誰かさんは、あっという間にまた次の事件に警察のヘリで飛んでったっちゅうことになっとるのに。」
「そうそう。」
相槌を打つと、快斗はコナンを横目で見つめながら微笑む。

「良かったな、名探偵。」
「ああ。」
息を吐いたコナンは快斗の顔を見上げた。

「まあ、ありがとな。」
「何が?」
問いかけた快斗にコナンは息を吐いて瞼を伏せた。
「まあ、いろいろだよ。」
そう言うとコナンは、列が進み始めた人波と共に前に歩き始める。

その時。

「コナン君!!」
前の列にいた歩美が早足で駆けてくると、コナン達の前で躓(つまづ)きそうになりぐらりと前のめりに体を傾ける。
そして、顔から倒れこみそうになる直前、快斗はその瞬間、歩美の手を取り、ひょいと上に持ち上げた。

「危ないよ、歩美ちゃん。」
「快斗お兄さん・・・。」
「靴のサイズあってないんじゃないか?今の時期は靴のサイズがすぐに変わるからこまめにチェックしとかねぇと昨日みたいに・・・。」
言いかけた快斗の顔を歩美が大きく目を開いて見つめた。
「快斗お兄さん、どうして歩美が昨日転びそうになった事知ってるの?」
その問いに快斗は苦笑すると、頬をかいて歩美に笑いかけた。
「いや、それは・・・。」
言いかけた快斗の耳許に歩美が顔を寄せた。

「ねぇ、もしかして、快斗お兄さんはキッドさんなの?」
その問いに快斗は目を瞠った。
「えっ?いや・・・。」
直球勝負のその問いかけに快斗は思考をフル回転させるが、それよりも先に歩美がやはり耳許でまわりに聞こえない様に小さな声で言った。

「快斗お兄さんの手の感触と、昨日歩美が転びそうになった時に助けてくれたお兄さんの手の感触が一緒だもん。それで、そのお兄さんはキッドだったんだって、博士言ってたよ。」
歩美は快斗の手をしっかりと握りしめたまま言った。
快斗はそんな歩美にフッと息を吐くと、微笑して応える。

「だったら・・・どうする?」
その問いに歩美は真剣な表情で快斗を見つめた後で満面の笑みを浮かべて言った。
「快斗お兄さんがキッドさんで良かったって思う。」
「えっ・・・?」
その予想外の意外な答えに快斗は目を丸くして声を漏らした。

「だって、歩美は歩美の家のベランダでキッドさんに会った事あるもん。だから、キッドさんがキラキラした綺麗な目をしたとっても優しいお兄さんだって知ってるもん。だから、それが快斗お兄さんだったら良かったって。歩美はそう思うよ。」
「歩美ちゃん・・・。」
呼びかけた快斗に歩美は踵を返した。
「あっ、博士たちが先にいっちゃうから歩美は行くね。」
手を振って走っていく歩美の背中を快斗は目許を細めつつ見送る。

「子どもっちゅうのはあなどれんもんやな。」
「まったく。その通りだな。」
後ろで二人並んで顔を見合わせる平次とコナンに快斗はフッと息を吐くと、無事に博士のところに辿り着いた歩美を見つめた。
それから、その後ろに並ぶ子ども達や、蘭に和葉、青子。
みんなの穏やかな笑顔を見ながら快斗は目を細める。

「やっぱ、守らなくちゃ・・・だよな。」
快斗は掠れるほどの小声で呟くと、数瞬瞼を伏せて、それからコナンと平次と共に前に進み始める。

その一日は快斗にとって、とても穏やかで。
また、心から幸せを感じられる。
そんな一日で。

快斗は、その穏やかな日々を守れるようにと。
また、守れる自分である為に、強い自分になろうと。

そう、強く。
心から誓ったのだった。