トゥルルルルル

飛行船の更に上空で軍用ヘリの中、待機していたジンの携帯が鳴った。
「ベルモットか。状況は?奴を殺ったか?」
確信を込めてたずねたジンに電話の相手の女、ベルモット。
今日は変装して招待客の中に紛れ込んでいた組織の幹部だが、ジンの問いには「いいえ」と頭を振り答えた。

『彼は先ほど鈴木次郎吉氏に、自分には今は宝石は必要ないと言って別れを告げて、宝石には見向きもせずに窓から外にハンググライダーで飛んでいったわ。』
「なんだと!?」
声を上げたジンにベルモットが溜息を吐く。

『今警察と鈴木氏が大急ぎでいなくなった乗客と乗務員の照合にあたっているけど・・・。』
「けど、なんだ。それでいなくなった奴を俺達が殺りにいけばいいだけの事だろう。もったいぶらずに早く話せ。」
急き立てるジンにベルモットが再び溜息を吐く。

『従業員の中に一人この船から消えた人物がいる事は突き止めたわ。でも、その人物がこの世にそもそも存在しない人物らしい・・・という結論が出たらしいのよ。』
ベルモットはそう言うと、息を吐いて続けた。
『その従業員が提出した身分証。それを照合したところ、一切それに該当する人物がこの世界のどこにも存在しなかった。』
「身分証を偽造してたって事か?」
ジンの問いにベルモットが頷く。

『ええ。そうよ。それで、警察の見立てでは、どうも、その身分証は素人がつくったものじゃないらしいという事。キッドを追っている警察の所属は詐欺犯罪などを担当する二課なんだけど、その身分証はどうも詐欺グループの大物、フィクサーと呼ばれる人物を通して委託された業者が特別に作成する、絶対に足のつかない身分証であったらしい・・・というのが警察の見立てよ。』
「何!?だとすると、奴の足取りはまったく追えない・・・という事か?」
『ええ、そういう事ね。』
声のボリュームを上げたジンにベルモットが頷く。

『それどころか、彼が存在しない今、私達がここにいる事さえまったくもって無意味な状況・・・という事よ。早急に撤収命令を掛けた方がいいわ。』
「クッ・・・!!」
悔しそうに唇を噛みしめたジンが無言で終話ボタンを押した。
それから、通信機のボタンを押そうとしたその時、ヘリが大きく傾きぐらりと揺れた。

「何だ?何が起こってる!?」
前のめりになり操縦士を問い詰めたところ、操縦士がパネルを操作して応えた。

「いつの間にかヘリのプロペラにワイヤーの様なものが絡まっていて、まともに動かなくなっています。このままでは確実に数秒後にこのヘリは墜落します。早く脱出を!!」
「なんだと!?」
ジンはすぐに窓の外に視線を向けた。
するとそこには、遠ざかっていく白い影が見えた。

「あれは・・・、怪盗キッド!!今すぐ奴を追え!!」
そのジンの指示に操縦士が溜息まじりに応える。
「無理ですよ。まともに操縦出来る状況ではありま・・・。」
その操縦士が言い終わる前に、ジンは、彼のこめかみをピストルで撃ちぬいていた。
当然のごとく、即絶命した操縦士の体をどかすと、ジンは操縦席に座り、操縦桿を握る。
だが、先ほど操縦士が言っていた様にまったく操作がきかない状態で、それどころか、機器の至る所からアラーム音が鳴り始めていた。

「くそっ・・・!!これまでか!!」
ジンはそう言うと、パラシュートを背負い、ヘリの自爆装置をセットした。
そして、扉を開き外に飛び出す。

ジンがヘリから離れて数秒後、自爆機能が作動して、上空でヘリは大きな爆発音と共に粉々に砕けて落下していった。
順調に空を飛び続けていた飛行船は、その落下してくる破片をするりとすり抜けて空を悠然と飛び続ける。
その光景にジンは唇を噛んだ。

それからジンは再び上空を見上げると、先ほどキッドが飛んで行った方向へ目を向けた。
先ほど見えた白い影は既に空のかなたに消えて既に目視出来なくなるまで遠ざかっていた。
「クソッ、キッドめ・・・。」
ジンは苦々し気に唇を噛みしめると、開いたパラシュートで空中に揺られながら、先ほど着信していた携帯の番号に電話を掛けた。

「ベルモット。奴にヘリがやられた。撤収指示はお前が出せ。あいつらの回収は別のヘリを手配させろ。わかったな。」
『オーケー、それじゃお疲れさま。』
どこか楽しげにも聞こえる声で電話を切ったベルモットにジンは視線を鋭くして再び上空を見上げる。

「怪盗キッド、いつか必ずお前を俺の前に引きずり出して、その脳天をぶち抜いてやる。」

恨みのこもる声で呟いたジンだったが、空に漂うパラシュートに頼りなく揺れる一人きりの状況で。
その声を聞く者は誰もいなかった。