「おい、そこの無茶ぶりウエィター。」
快斗が部屋を出てから10分ほど経過して。
ラウンジに一人で歩いてきた新一が、そばかす顔のウエイターとして招待客に飲み物を運んだりと忙しく走り回っている快斗に呼びかけた。

「これはお客様、何が御用ですか?」
新一に近寄ると、快斗は小声で話始める。

「蘭ちゃんは?」
「蘭のおじさんに預けてきた。」
「そうか。」
「そっちは?あいつと彼女は?」
頷いた快斗に新一が問い返すと、快斗は少し離れた場所にいる阿笠博士に目を向けた。

「名探偵は阿笠博士に預けてきたよ。それと青子は警部に警護を任せてきたから心配ないと思う。」
「了解。それじゃ、作戦開始といくか。」
「オーケー!!」
快斗は応えると、ウェイター姿のまま、鈴木次郎吉相談役の元に歩み寄り頭を下げた。

「なんじゃ、お主は。」
「私ですか?私はあなたに呼ばれてこの場に来た者ですよ。」
そう言うと、快斗はその場で肩を強く掴んで下にバッと引き下ろす。
すると、次の瞬間、その場に早変わりした怪盗キッドが現れ、その場にいた一同が大きく目を瞠った。

「お主は・・・怪盗キッド!!!やはりこの船に乗り込んでいたか。だが、鉄壁の警備システムで守られた宝石は絶対に盗ませんぞ。」
その言葉に快斗はゆっくりと鈴木相談役に歩み寄ると、微かに目を細める。

「相談役。私は今日は宝石を盗みに来たのではありません。」
「なんじゃと!?」
大きく声を上げた次郎吉に快斗が答える。

「今日はあなたに最後のお別れをお伝えに来たのですよ。」
恭しく次郎吉の前で礼をする快斗を、新一は快斗の姿で少し離れた場所から見守っていた。

「どういう事じゃ!?詳しく説明せい!!」
その言葉に快斗は両掌を胸の前で上に広げた。
「そうですね。あなたには説明しておくべきだと私も考えておりましたので。せっかくですからお話しましょう。」
そう言って快斗は息を吐くと話し始める。
「まず、鈴木相談役。結論から言うと、今の私にはどんな高価なビッグジュエルも必要ないのですよ。だから、私は必要のないものを盗んだりはいたしません。」
「必要がない・・・じゃと!?」
「そうです。あなたが私の為にいくつも世界中で珍しい宝石を見つけては買いあさり、挑戦状をいくつも送っていくださっていた様ですが、すべて私には必要のないものでしたので、お返事申し上げず、大変失礼いたしました。」
快斗はそう言うと、もう一度、次郎吉の前で礼をした。
それから再び顔を上げる。

「私には今、たった一つ。とても大切な宝石がわたしの手の中にあります。」
快斗がそう言いながら、右手を左胸にあてて柔らかく微笑む。

「私にはその宝石以外はすべて無用の長物、まったくもって不要なモノ。ですので、今後わたくしの挑戦をおやめいただきたい。その為にあなたにお別れを申し上げようと本日私は参上した次第です。」
そう告げるキッドに次郎吉は目じりを釣り上げた。

「それでは、お主の勝ち逃げではないか。そんなのは絶対に許さんぞ。」
「そうですか。では、私の今までの勝ちをすべてあなたに返上いたします。今の私にとっては、その勝ち負けという理念すらまったくもって意味のないものですので、いくらでもお好きなようになさってください。」
そう口にした快斗の顔を新一はじっと見つめていた。

快斗の口にしている言葉に一つも嘘偽りはない。
すべて心からの本心だ。
新一はその事を、この場にいる誰よりも良く理解している。

そして、最終的には、それが何より、鈴木次郎吉相談役自身の為の快斗の提案であるという事も。

「キッド、許さん。許さんぞ!!ならば今すぐお縄につけ。さもなくば・・・!!」
そう言って、取り巻きのSPに次郎吉がジェスチャーでキッド確保の指示を出した。

その瞬間、キッドのいた場所にポンッと濃い煙幕が上がる。
「それではいつまでもおお元気で。相談役。」
煙幕の中でキッドの声が響いた。
そして、次の瞬間、バリンッとガラスが割れる音がすると、キッドが割れた窓から外に飛び出しハンググライダー空中を舞った。

「くそーーーーっ!!キッドめぇーーー!!許さん!!わしは許さんぞーーーー!!!」
騒然とするラウンジの中で、高らかに。

いつまでも、鈴木次郎吉相談役の叫び声がこだましていた。