蘭はゆっくりと目を開いた。

「ここは・・・。」
呟いた蘭は大きく目を見開く。

そこは、蘭にとっては良く見覚えのある場所だった。
空を悠然と飛ぶ大きな船の最上部。

蘭の親友である鈴木園子の親族が経営する鈴木財閥。
その鈴木財閥が社の威信を掛けて造り上げた超大型飛行船。
『Bell Tree(ベルツリー)一世号』
その中でも蘭が今いるのは、『スカイデッキ』と呼ばれる、園子のおじである鈴木次郎吉が、キッドを捕まえる為に特別にしつらえた自慢の場所だった。

「どうして・・・。」
再び呟いた蘭は、すぐに目の前の人影に気づいた。

屋根が開いていて、空からは降る様な星空がとてもロマンティックな雰囲気を醸し出していて。
その暗がりの中で風に音をたててたなびくマントとシルクハットの影がとても幻想的に見えた。

「オレが一番欲しかったお宝をおめえがくれたら。」
そう言いながら、その影が蘭の頬に手を伸ばした。

そして、切なげに目を細めながら顔を寄せる。
その顔を蘭は見上げて。
影が重なり一つになる。

そして、唇が重なる・・・。

寸前、声が聞こえた気がした。
「蘭!!」
(新・・・一?)
かすみゆく意識の中で、蘭はその声を聞いていた。
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「蘭姉ちゃん!!」
気づくと、目の前にはコナンがいた。

新一がいなくなった直後、新一の家の書斎で出会い、その日のうちに蘭の家に居候する事になった小学生。

とても利発で、博学で。
細かいところにも良く気づき、警察や探偵である蘭の父、小五郎が気づかないようなところまで先に気づいて、警察の犯人逮捕の手がかりを見つける事も多い。

キッドキラーと今では世間で呼ばれていて、新聞などにも顔が出る有名人だ。
そういえば、あの時も・・・。

そう思いながら蘭はベッドの上で体を上げると、目の前にいるコナンを見つめた。
「蘭・・・姉ちゃん?」
その顔をコナンが不思議そうな顔で小首を傾げ見つめ返す。

『キッド、てめぇ!!』
蘭がキッドにキスをされそうになったあの直後、スカイデッキに飛び込んできたコナンはそう叫んでいた。

あの時は、キッドを捕まえる事に執念を燃やすコナンがキッドを見つけて気持ちが昂っているのだと思っていたけど。
今思うと、それは少し違う様な・・・。

そう思いながら、蘭は更に顔を寄せると、目を細めてコナンを見つめる。

「コナン君・・・あの時・・・。」
言いかけた蘭にコナンが言った
「蘭姉ちゃん、大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ。」
たずねたコナンに蘭は微笑して頭を振る。

「ごめんね、いつも早起きな蘭姉ちゃんが起きてこないから心配で、勝手に部屋に入っちゃった。」
「そうなんだ。ゴメンね、心配かけて。」
蘭はそう言うと、下に足を下ろし、ベッドの端に腰掛けて言った。

「蘭姉ちゃん、具合悪いの?」
問いかけたコナンに蘭が頭を振る。
「ううん、違うの。ちょっと、夢を見てただけ。」
「夢・・・?」
コナンは呟くと、顔を上げ、少し大人びた表情で蘭を見つめる。
子どもとは思えないそのまなざし。
その瞳を見つめ返して蘭は目を細める。

「どんな夢をみたの?」
その問いかけに蘭は切なげに微笑むと、何も言わずに立ち上がった。
それから中腰になり、コナンの頭に手を伸ばしサラリとその癖のないまっすぐな髪の毛を撫でる。

「なんでもないよ、ゴメンね、心配かけて。」
「蘭・・・姉ちゃん。」
呼びかけたコナンに蘭は笑いかける。

「本当に、なんでもないから。」
「うん。」
応えると、コナンはわずかに顔を伏せる。
それから再び顔を上げて言った。

「蘭姉ちゃん、いいんだよ、無理しなくて。今日は・・・。」
「どうして?子ども達や黒羽君、青子ちゃん達とみんなで、この前の園子の家の飛行船にまた乗せてもらえるんでしょ?楽しみだね。」
「うん。だけど・・・。」
心配そうに顔を上げると、珍しく何かを言いよどんでいるコナンに蘭はいつも通りの笑みを向ける。

「大丈夫。それじゃ、ごめんね、着替えてすぐにご飯の支度するから。コナン君は外に出ててね。」
そう言ってコナンの背中を押して部屋の外に出すと、蘭は扉を閉じた。
そして、ドアにもたれてわずかに瞼を伏せる。

「あの場所で・・・。どんな顔して会えばいいんだろう?」
蘭は小さく呟くと溜息を吐いた。

その声を、コナンは扉の向こうで。
蘭と同じ様に。
扉に背中を預けたまま、聞いていたのだった。