部屋を出る為に快斗は扉の鍵穴を覗き込むと、細長い金具を取り出して鍵穴の中に入れた。
それから間もなく、ガシャンと解錠音が響き、快斗は扉の取っ手に手を掛ける。

「蘭ちゃんはその壁際にいて。」
「うん。」
声を掛けた快斗に頷くと、蘭は扉のすぐ壁際立ち息をのんだ。

次の瞬間、扉が開くと、見張り役と思われる男達が数人、一斉に発砲してくる。
快斗はひらりとその弾丸をかわすと、一旦全力で男達の前を通り過ぎて振り返った後、トランプ銃で男達の手の中にある拳銃を弾き落とした。
そして、懐から取り出したスプレー缶を一気に噴射すると、男達がその場でフラフラとよろめきながら前のめりに倒れて、そのまま床の上でスースーと寝息を建て始める。

快斗はトランプ銃を懐にしまうと、再び部屋に戻り、壁際で不安そうな表情を浮かべている蘭に手を差し出す。

「蘭ちゃん、大丈夫?」
「うん・・・。この人達は?」
その問いかけに快斗が口許を上げる。
「大丈夫。眠ってるだけ。だから、今のうちに。」
その言葉に蘭は頷くと、快斗の手を取り走り始めた。

階段を上がっていくと、やはり黒いスーツに身を固めた男達が突然現れた怪盗キッドに戸惑いの声を上げながら、銃で発砲してくる。快斗は、トランプ銃やワイヤーガン、煙幕などを駆使して蘭を守りながらようやく地上に繋がる階へと辿り着いた。

だが、既に連絡がいきわたっていたのだろう。
そこで周囲を20人ほどのマシンガンを脇に抱えた組織の構成員に囲まれる。

そして、中央にいる快斗達の元にゆっくりとした足取りながらも、明らかな殺気を放ち近づいてくるのは、長身長髪に鋭い視線を快斗に向けるジンと、その隣にはガッチリとした体躯のサングラスの男、ウォッカだった。

快斗は蘭の目の前でマントを広げると、近づいてくるジンを見据えた。

「怪盗キッド・・・とかいうコソ泥だな。どうしてお前がここにいる?」
その問いかけに快斗は口の端を上げる。
「どうしてって。当然、お宝をいただきに来たんですよ。」
「お宝・・・だと?」
問いかけたジンに快斗は微笑して頷く。
「ええ、大切なお宝です。」
応えた快斗にジンはハッと蔑む様な視線を向け嘲笑を上げた。

「それじゃ、さっきまでここにいた工藤新一はお前の変装って事か?」
「当然、そういう事になりますね。」
応えた快斗の胸にジンが拳銃を突きつける。

「ふざけんな。だったら、工藤新一はどこに行った?この写真に写っていたあのクソガキ探偵は!!」
声を荒げるジンに快斗はポーカーフェイスのまま頭を振ると笑みを浮かべながら応える。

「さあ。彼がどこにいるのか、怪盗であり、彼の敵である私に知る由もありませんし。そもそも、そこに写っている工藤探偵も私なんですよ。」
その言葉に蘭は快斗の広げたマントの後ろで目を見開いたが、両手で強く口を閉じて声を押し殺した。

「なんだと!?どういう事だ。説明しろ。」
「ええ、ご要望とあらば。」
そう言うと、快斗はフッと息を吐いて語り始めた。

「その頃、京都の美術館で、平安時代から伝わる秘宝と呼ばれるビッグジュエルの展示がされていたのですよ。かの平等院鳳凰堂の奥深くに普段は保管されていて、滅多にお目に掛かれない貴重な代物。私の狙いはそのお宝でした。それで、ちょうど彼の高校の旅行日程の中にその美術館見学が組み込まれていましたので、都合がいいと思い、休学中で旅行に参加する事はないだろう彼の代わりに私が彼になりすまして参加していました。」
「そんな与太話を俺が信じると思ってるのか?」
なおも鋭い視線で問いかけるジンに快斗は微笑して応える。

「さあ、信じるか信じないかはあなた次第ですが。少なくとも、私は彼とはまったく面識がありませんし。」
「そうか。じゃあ、この女が工藤新一と登録していた電話をお前が持っていた。その理由を聞かせてもらおうか。」
沸々と湧き上がる怒りを声に滲ませつつ、トーンが低くなったそのジンの問いかけに快斗は応える。

「それは当然、私が彼になりすまして彼女と連絡を取り続けていたからですよ。」
「ほお。苦しい言い訳だな。その理由は?」
その問いに快斗はシルクハットの鍔を手前に引くと、口角を上げて笑う。

「当然、私の仕事に必要な情報を得る為です。」
「情報だと?この女にそんな価値があるというのか?」
「当然でしょ?彼の父親は探偵。しかも世間で名探偵と謳われる眠りの小五郎。キッドが予告状を出せば真っ先に彼に声が掛かります。その時に彼女からあらかじめ情報を聞き出しておけば、私の仕事は格段にやりやすくなる。そう思いませんか?」
快斗はそう言うと、ジンの隣で困惑の表情を浮かべているウォッカに視線を向ける。

「確かに・・・。それに、調べたところによると、その女の友人は鈴木財閥会長の令嬢です。鈴木財閥の相談役である鈴木次郎吉はキッド確保に執念を燃やしており、そいつからキッドに挑戦状が送られる事もたびたびあるって世間では話題になってやす。」
「その通りですよ。さすがに、そろそろ諦めてもらいたいと私としては念願しているところではありますが。」
苦笑して応える快斗の、それは心からの本音だった。

「なるほど。だったら、その戯言(たわごと)を信じて俺達には手を引けというのがお前の望みか。」
「ええ、まあ・・・無理でしょうけど。」
応えた快斗の胸、ちょうど心臓の真上に次の瞬間バンッという発砲音とほぼ同時に強い衝撃が走る。
その直後、純白の衣装が胸許から噴き出した赤い液体で一気に染まり、その赤い染みは徐々に広がっていく。

その姿を見下ろしてジンが氷の様な冷たい瞳で快斗を見下ろした。
「次は後ろの女だ。」
そう言ってジンが動き出そうとした、その時。
快斗は、ジンに手を伸ばし、その腕を強く引いた。

「絶対に・・・させない。」
「ほう、まだ動けるのか。」
そう言ってジンは今度は腹部めがけて引き金を引いた。

「ぐわぁっ!!」
声を上げた快斗だが、ジンの手を離さずに胸許を抱えたまま視線を上げる。

「いっただろ?大事なお宝だって。だから、絶対にお前達には渡せない。」
「フンッ。」
応えてジンが再び引き金を引こうとした。

その時。

「ビルの周辺に警察のパトカーが集まっています。それと、門の前に『キッド確保ーーーー!!!』と大声で叫ぶ刑事の姿も。」
駆け寄って来た構成員にジンはチッと舌を鳴らした。
その瞬間、快斗は煙幕弾を床へ向かって投げつけると、快斗達を取り囲む組織の人間が皆濃厚なスモークに包まれる。

「撃て!!」
ウォッカが命じようとしたのをジンが制した。
「やめておけ。このスモークの中でこの陣形、撃ち合いをしても同士討ちになるだけだ。」
「しかし兄貴・・・。」
言い掛けたウォッカにジンがその場でコートからタバコを取り出し口にくわえる。

「それに奴はもうここにはいない。あの女と二人で消えた。」
「えっ・・・?」
ウォッカは段々とスモークの引いてきた部屋の中を首を回して見渡すと、青ざめた顔をする。

「逃げられやした。」
「ああ。その上、サツにも囲まれてる。」
ジンはそう言うと、火がついたままのタバコを放り投げて、床の上で踏みつけた。

「ここは撤収だ。地下通路から全員脱出。いいな。」
「わかりやした!!」
応えたウォッカがその場で指示を出し始める。

「怪盗キッド、次の獲物はお前だ。」
騒然とする場の中で静かに呟いたジンは、その場から一人歩き始めた。