「快斗、どうだった?」
問いかける声に快斗は振り返ると、わずかに唇を引いて頭を振る。
「忙しいから今は難しいって。」
「そっか。やっぱり、いろいろテレビとかにも出てるし。世界的に有名な小説家さんだもんね。」
「ああ。」
応えた快斗は、横目でリビングのテレビモニターに視線を向ける。

そこには、先ほど快斗が電話で連絡を取った江戸川コナン。
その本来の姿である工藤新一の父親、工藤優作が、テレビニュースで取り上げられた殺人事件のコメンテーターとしてゲストに招かれ語っている姿があった。

「工藤君のお父さん、忙しいんだね。すっごい有名人だし。」
うちのお父さんとは大違い・・・と青子が苦笑する。
「そうだな。」
やはり応えた快斗だが、快斗は真剣な表情で腕を組み、口許に指先をあててその映像を目許を細め見つめる。

確かに、世界的に有名な小説家であり、最近では警察に助言を求められたり、テレビ番組への出演などで非常に多忙な状況であるのは快斗にももちろん理解できる。
だが、快斗にとって理解出来ないのが、先ほどのコナンのあまりにもそっけない返答だった。

工藤優作には快斗が組織と戦っている真っただ中で情報の提供を受けたという恩がある。
だから、その礼をさせて欲しいと以前から何度もコナンに頼んでいるのだが、コナンはそのうちに・・・とその場では返事をするものの一向に手配をしてくれる様子はなかった。

もちろん、超多忙であるだろう優作に会って話がしたいというのは、快斗の我が儘でもあるし、そこまで強く押し通す事は出来ない。
だが、コナンのあの態度は快斗の中で非常に大きな違和感を残していた。

(なんなんだ、あれ・・・。)
納得のいかない快斗は右手で髪をクシャクシャとかきまぜた。

元々癖のある髪なので、多少乱したところで、大して変わらない。
そう思いながら、小さく首を横に振った。

考えててもしょうがない。

そう頭を切り替えて、視線を前に向けたところ、青子が「快斗!!」と名前を呼んでいた。
「どうした?」
応えると快斗は青子のいるキッチンへ向かう。

「はい、コーヒー。」
笑顔で手渡されたマグカップに快斗は一瞬だけ目を丸くすると「サンキュー。」といってそれを受け取る。
それから青子がニコニコしながら快斗を見上げた。

「そういえば快斗、これ見て。」
それは、写真をA4サイズの紙にプリンターで印刷したのだろう。

引き延ばされた分、かなり画像が荒くなってはいるが、それが何の写真かは快斗にはすぐにわかった。

「青子、これって・・・。」
「そう!!これって、蘭ちゃんと工藤君の修学旅行の清水寺での写真だよね。」
「ああ。」
それは、蘭が新一のネクタイを手で引いて、まさに頬に口づけをした瞬間をとらえたレアショットだった。

「けど、これって・・・なんで髪の毛こんな落書きされてんだよ。」
快斗が溜息を吐きつつ言うと、青子が楽しそうに話し始めた。

その写真の出どころは、青子の親友の恵子の親戚が今海外に留学していて、その海外のSNSで話題になっている写真らしい。
その投稿者は、その写真に写っているのが、日本では高校生探偵として有名な工藤新一である事は知らず、名前なども出ていないが、有名なインフルエンサーが撮影した日本でのあまりにも可愛らしく、とてもほほえましい写真として、その国ではかなり広まっているらしい。

「なるほど。それで・・・、なんで恵子が青子にこれを?恵子はオレと名探偵の関係とかは知らないだろ?」
「うん。それはね、恵子はこれが工藤君だからっていうのじゃなくて、この工藤君が快斗に似てるよねって。だから、髪型をこうやってしてみると、快斗そっくり!!!っていって。」
「それをわざわざプリントアウトして青子に?」
「うん!!」
応えた青子に快斗は溜息を吐いた。

そして、次の瞬間。
「中森さん。」
呼び掛けると同時に、右手でポンとバラの花を出して差し出す。
「何かお困りの際は、この名探偵にご用命を。」
青子はバラの花から視線を上げて、そう口にした快斗を見上げる。

そこには、その写真とまったく同じ顔があり、青子は数瞬目を瞠った。
「工藤・・・君?」
呟いた青子に快斗は口元を上げると、クシャクシャっと髪をかき混ぜて、いつも通りの笑みを浮かべる。

「驚いたか?」
「うん。声まで別人だし。本当に工藤君がいるのかと思った。」
本当に驚いた顔を見せる青子に快斗は満足そうに微笑むと、青子に笑い掛けていった。

「サラっと髪型変えればすぐになりすませるから。名探偵に変装するのは一番楽なんだよな。」
「そうなんだ。」
応えた青子に頷くと、快斗は少しだけ目を細める。

「まあ、でも。声や外見を変える事は出来ても。あの名探偵の強いメンタルだけは絶対にどうあっても真似できないものだから。」
「うん。」
微笑して頷いた青子に快斗はフッと息を吐くと、再び、青子の手の中にある紙を見つめた。

「でも、この写真、海外でそこそこで回っちゃってるって事だよな。」
「うん、そうみたい。」
「だとすると・・・まずいな。」
快斗は再び腕をくんで、口許に指先をあてる。

「青子、恵子に頼んで、このSNSのリンク送ってもらうよう依頼してくれないか?」
「うん。いいけど・・・どうして?」
たずねた青子に快斗は目許に皺を寄せて険しい表情を浮かべる。

「これが、名探偵や哀ちゃんを狙う組織の目に入ったら。かなりヤバい事になるかもしれない。」
それを聞いた青子が目を瞠った。

「だから、頼む。」
「わかった。」
応えた青子はすぐにスマートフォンを取り出して、恵子に送るメッセージの作成を始めた。

「名探偵・・・。」
快斗は、手の中にあるその1枚の紙に視線を落したまま、やはり険しい表情で呟いていた。